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第五百二十九話 父の思惑

 

「そりゃあできればこっちに連れて来いと言いたいところだけど」

「相手のこともあるから一概に無理は言えないわね。どこで生活しようとも、結局はあなたの幸せが一番だもの」

「だな。そういうお父さんだってお母さんを故郷から連れ出してここに来てもらってるからな」


 なんとなくそういう感じに答えるだろうという推測は立っていた。


「だよね。それだったらいいってことよね」

「「まぁ……」」


 同調するガッシュとイザベラ。


「では、その辺りのお話しは家族水入らずでお話ししていただいて、わたし達は失礼しますね。いくわよニーナ」


 立ち上がるカレンはニーナと二階へと上がろうと背を向ける。


「あらやだ先生、碌にお構いも出来ず。すいません、こんな身内話ばっかりで。お恥ずかしいわぁ」

「いえ。お気持ちはわかりますよ。わたしも国を出た身でありますから」

「あら? そうなのですね」

「ええ。色々と事情がありまして。ではせっかくですからサナもゆっくりしていってね」

「は、はい」


 教師然としたカレンの態度や仕草には流石の一言。


「じゃあ僕も」


 もうこれ以上はここにいても仕方ないなと、同じようにして立ち上がった。


「そういえばサナ、綺麗なブレスレットしてるわね。もしかしてそれ彼氏からもらったもの?」

「あっ、これ?」


 イザベラの言葉を耳にしたカレンはピタと足を止める。

 それは確かにヨハンがサナへと贈ったものであり、サナが普段から大事に身に着け、今ではウンディーネの力を宿す最も頼りにしている力の源。


「ヨハン――」

「それ、僕がサナにプレゼントしました」


 嫌な予感がしたカレンが余計なことを言わないように口を挟もうとした次の瞬間にはヨハンが事実そのままに伝えてしまっていた。

 途端に目を輝かせる母とヨハンを睨み付けるガッシュ。


「あらまぁ!? やるじゃないサナっ!」

「けっ! それは本当なのかサナ?」

「う、うん」


 恥ずかしさを滲ませ、上目遣いのサナ。三者三様の反応。


「さて。詳し話を聞きたいので、まだ話しはできるかい? えぇ? ヨハンくん?」

「え? はい。できますけど?」


 突然態度を豹変させるサナの父に疑問を抱きながらも再び着席する。


「お話しって?」

「いやなに、簡単なことだ。つまり、今の話だとキミがサナにアレを贈ったということで間違いはないのだね?」

「はい」

「ほぅ。堂々としている辺り、さすがは冒険者だ。中々肝が据わってるじゃねぇか」

「……どうも」


 妙な怒りを向けられている気がしなくもない。


「それで、キミはサナと付き合っているのかい?」

「いえ」

「だったらどういうつもりでこのような装飾品を?」

「それは、サナに似合うと思ったからです」

「……ふぅん」


 じろじろと値踏みするような視線をヨハンに向け、次には確認するようにサナを見ていた。

 淡々と受け答えするヨハンとは対照的に、気恥ずかしさを滲ませているのはガッシュには容易に見て取れている。


「母さんはどう思う? 俺はアリだと思ってるんだが?」


 その見解に相違はないのかと確認するように問いかけると、イザベラも小さく頷いていた。


「そうね。間違いなくサナの方はあるわね」

「……そうか」


 深刻そうに深く頷くガッシュ。


「ではヨハンくん。単刀直入に聞こう」

「はい」

「サナのことはどう思っている?」

「え?」

「忌憚のないキミの正直で素直な気持ちを聞かせてくれないか」

「お、お父さん」


 戸惑うサナをお構いなしに、両肘を机に着くガッシュはヨハンの一言一句を聞き漏らさまいと前のめりになる。


「サナのことですか?」


 僅かに視線を逸らすサナを見て、問いかけに対する答えに思考を巡らせた。


(まぁ、別に思ったままのことを言えばいいのかな?)


 忌憚のないと言われようとも、悪いことなど何一つない。そうしてゆっくりと口を開く。


「そうですね。サナは、いつも明るく元気で、楽しそうに学校生活を送っています。あと、何より頑張り屋だと僕は思っています」

「あら」

「ほぅ」

「「…………」」


 聞き耳を立てているのはサナだけでなくカレンも同様。


「おやすみぃ」


 ニーナは欠伸をしながら階段を昇って行っている。


「それで?」

「それでって」

「どうしてそう思う?」

「どうしてって……――」


 どう言葉にすればいいのかと迷うのだが、今現在のサナは間違いなく頼りになる仲間。もしかすれば不安を煽る様な事になるかもしれないが、誠心誠意を持って伝えればわかってもらえると考えた。


「――……こんなこと言うと驚かれるかと思いますが、サナと僕たちが初めて出会った時、サナ達は窮地に陥っていました。下手をすれば死んでしまっていたかと」


 今思い返しても危なかったと思えるそのビーストタイガーに襲われていたこと。

 黙ってヨハンの言葉にガッシュは耳を傾ける。


「結果的に僕たちのパーティーが助けに入ったことで難を逃れました。その時のサナの印象は、あくまで僕個人としてですが、このまま冒険者になれば命の危険は何度となく訪れることになっていたと思います」

「やっぱりな」

「でも今いたって」

「ええ。ですが、それは当時のことでしかありません。僕がサナを頑張り屋だって思ったのは、それからのサナのことです」


 気弱な女の子だったサナが頼りがいのある仲間になるとは思ってもみなかった。


「サナは向上心をしっかりと持ち、熱心に取り組み、それでいて諦めない強い心を身に付け、学年でも上位に位置する程に戦う力を手に入れたサナを僕は尊敬しています」

「……ヨハンくん」


 小さく呟くサナに大きく頷き返す。

 サナだけに限った話ではないのだが、サナのそれは飛び抜けているように見える。それはありのままにサナに対して抱く本心。同時に紛れもない事実。


(本当に強くなったと思うしね)


 出会った当初の印象はもうない。気弱な女の子だったサナは普段は明るく接してくる可愛らしい女の子。そのサナが一学年時の学年末試験の時点では実力の程を大きく上げていた。

 それどころかヨハンがカサンド帝国に行っている間もサナの向上心は確かに継続されており、エルフであるナナシーに対して負けはしたものの最後の最後まで諦めない姿勢を貫いていた。

 それだけでなく、記憶に新しい二学年の学年末試験とその直前の水中遺跡。水中遺跡の詳しい事は記憶には残っていないのだが、間違いなくサナ自身の力がウンディーネに認められ、その力を以てして見事にシーサーペントの討伐を成し遂げている。


「そうかい。褒められるのは嬉しいからそれは素直に受け取っておこう。で? サナは可愛いかい?」

「もちろんですよ。間違いなくサナは可愛いと思いますよ」


 多少童顔ではあるのだが、間違いなく可愛い。

 顔を赤らめるサナを横目でチラと視界に捉えたガッシュは腕を組んで頷いた。


「よしわかった。認めよう」

「え?」

「いやなに。サナが卒業後も王都で過ごしてかまわないということを、だ」

「良かったねサナ」

「ただし……――」


 指を一本伸ばして真っ直ぐにヨハンを差す。


「――……キミが彼氏として面倒を見てやってくれないか? それが条件だ」

「えぇっ!?」


 唐突な提案。驚きを禁じ得ない。


「それとだ。できないようであれば竜木の加工の話はなかったことにして他を当たってくれ。付け加えると、この近辺に俺以上の職人はいないと思うがね」


 ニヤリと笑うガッシュ。

 直後、サナと目が合ったのだが、困惑に目を点にしていた。



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