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第五百二十七話 気丈な振る舞い

 

(えっと……これどうしたらいいんだろう)


 周囲のどこか重たい雰囲気。

 サナの家へと行くことに決まったのは結局ヨハンとカレンとニーナ。両親に事情を説明するのに来てもらうことになっており、先にスネイルとバリスは馬を引くサイバルを伴って宿へ人数分を抑えに行っている。


(うーん、まさか父さんがそんな約束をしていたなんて)


 思い悩むのはニーナのこと。ルンルンと表情を明るくさせる少女にどう対応したらいいものなのか。

 今のところはまだリシュエルからの一方的な話でしかないので鵜呑みするのはどうかというカレンの言葉によってその場は一旦落ち着きを取り戻しているのだが、口を開き始めたカレンの動揺は間違いないと見て取れていた。


(カレンさん……)


 話し始める直前、その瞬間、明らかに唇は震えており、すぐにいつも通りのカレンを見せたことで他の面々は微妙な違和感には気付かなかったのだが、カサンド帝国でカレンの感情の機微を見てきたヨハンにははっきりとした感情の変化として連想できている。


『リシュエル様。あなたのいうことを信用していないわけではありませんが、全てを鵜呑みにするわけにはいきません』

『しかし本当の話だが?』

『ええ。ですが彼も多方面から注目される逸材。安易に婚約者の数を増やすわけにはいかないので。それに現在わたしが彼の婚約者だということは互いの国も認めていることです。加えると、わたし達は自分達の意思で婚約を結んでいますが、ニーナの場合は親同士が取り決めたことですよね』

『ああその通りだ』

『ですのでその辺りの話は腰を据えてじっくりと話をしたいので今回の件を終えるまでは預からせて頂いてもよろしいでしょうか? ニーナは大切な仲間ですので』


 ジッと互いの顔を、目を見るカレンとリシュエル。

 少しの間を置いてフッと笑みをこぼす。


『なるほどな。葛藤が入り混じっているといったところか』


 小さく呟かれるリシュエルの言葉。それらの言葉を口にしていくカレンを視界に捉える表情の移り変わり。

 話し始めた当初の揺れる眼球と不安気な眼差し、それに微かに震える唇。動揺が隠しきれていなかった。


 そして話している間にチラと向けられるヨハンへの想い。恐らく恋慕。

 自身の皇女という立場による自尊心も多少はあるだろうがここに至る迄のカレンの態度や様子からして周囲に高慢といった節は見られない。友好な関係は築けている。

 それだというのに話を収める為とはいえ自身の立場を明確に主張したことからして譲る気はないのだと。


 そうして最後に移る表情が娘への、ニーナへの確かな思いやり。先程自身で口にした皇女と既に周囲が認知している婚約者としての立場を使って無理矢理引きはがすこともできたはずなのだが、ヨハンの腕にくっついている娘に対して溜め息を吐きながらも笑みを向けていた。

 それらの感情の機微を正確に捉えたことで深く追求する必要もないという判断。


(オレにも非があるしな)


 ニーナにそのことを伝えていなかったこと。

 リシュエルがそんなことを考えている最中、ヨハンもカレンに対して思考を巡らせている。


(もしニーナが僕の許嫁だったらどうなるんだろうって不安なのかな?)


 シグラム王国での居場所を失くしてしまうのではないかという不安という推測。

 婚約者の定義が先約制なのかどうなのか詳しいことはわからないが、もしその通りであればニーナの方が先。せめてここにラウルがいれば話もまた違うのではないかというヨハンの見解。


(そもそも、ニーナが婚約者って……)


 苦笑いしかできない。

 確かに可愛らしい外見はもちろんのこと、兄と慕って触れ合うニーナはまるで本当に妹でもできたかのような印象を抱いている。


「じゃ、じゃあ明日また迎えに来るから」


 突然の話の流れにスフィアもどう対応したらいいものなのかと困惑してしまっていた。

 結果選択したのは無言。流れに任せることにしており、それはモニカ達にしても同じ。


「サナさん、お父様によろしくお願いします。カレン様も」

「……はい」

「ええ」


 そうして着いた先は二階建ての家屋。サナの実家。


「……じゃあ、ヨハン、お願い、ね」

「うん。大丈夫。明日には良い報告ができるようにお父さんに話しておくから」

「そう、ね」

「ねぇモニカ?」


 どこか視線を彷徨わせるモニカの表情が暗い。


「なに?」

「大丈夫だよ。サナのお父さんの腕はこの辺りでは一流らしいから安心してもいいよ。魔石を取り扱うこともできるらしいし」

「「そぅ、いうことじゃないんだけどな」」


 その言葉に重なるモニカとサナの声。


「えっ?」


 どういうことなのか理解できなかったのだが、不意に背後の扉が開く。


「そこにいるのは誰かしら?」


 ドアの向こうには黒髪の女性。サナとよく似ていた。


「サナ!?」


 外で話し声が聞こえていたのでドアを開けたのだが、そこにいたのは思いがけない少女。突然自分の娘がいる。


「お母さん」

「あんた、どうして?」


 サナの母親が見回すのは周囲にいる人物。まるで状況の理解が追い付かない。


「ではあとのことはよろしくお願いします」


 疑問符を浮かべるサナの母に対してスフィアは軽く頭を下げながらモニカとナナシーを連れ宿の方へと歩いて行った。


「どういうことだい?」

「うん、できればお父さんも一緒に話したいから入ってもいいかな?」

「かまわないけど?」


 疑問符を浮かべるサナの母親、イザベラは困惑しながらも招き入れる。

 そうして家の中へと入っていった。



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