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第五百二十六話 セラの入り口で待ち受けるもの

 

 竜窟から出たあとはニーナとリシュエルが家の中に入るがすぐに出て来ている。元々定住するための住まいではなかったので中にはこれといって大事な物があったわけではない。


「予定より遅くなってしまったな」


 向かっている先はセラの町。森を抜けた頃には日が暮れてしまっていた。

 遠くに見える水平線。ほんの微かに見える程度。夜の闇がどこまでも吸い込みそうな暗闇を映しながらも、夜空の光を僅かに反射する不思議な光景。


「今日は宿を取りましょう」


 サナの実家を訪れる予定は翌日へと繰り越すというスフィアの提案。


「そっかぁ。私はどうしようっかなぁ」


 ヨハンと二人で乗る馬の背で小さく呟くサナ。


「え? せっかく帰って来たんだし今日は実家に泊まればいいんじゃないの?」

「でも、私だけ自分の家に泊まるのってなんだか違う気がするんだよねぇ」


 ヨハン達キズナに同行する形で来ているとはいえ、あくまでも任務の一環。帰省ではない。


「じゃあさ、お父さんに竜木の話を先にしておいてくれない? 明日の朝にはお願いにいきたいからさ」


 少しでも話をまとめやすくするために事前に話しておいてもらった方が効率は良い。


「…………わかった」


 僅かに思案に耽るサナは、数秒後にゆっくりと口を開く。


「だったらさ、ヨハンくんも一緒に来てくれないかな?」

「え?」


 突然の提案に驚くのと同時に、腰に回されていた腕がギュッと力を込められた。


「サナ?」


 チラリと後ろを振り向くと、上目遣いで不安そうにしている表情。


「どうかしたの?」

「ううん。実はね、帰って来る時には一人前になっていないといけないってことが条件だったの。それで、こんな半人前で帰ると怒られるんじゃないかって心配なの」

「そんなことないよ。サナは十分強くなってるし、大丈夫だよ」

「ダメなの。お父さんかなり厳しい人だから、こんな私が帰ったところで竜木の加工なんて引き受けてくれないよきっと」

「そうなんだ……」


 本当にそんな心配などいらないと思えるほどにサナはその実力を大きく上げているし、学内におけるC級といえば例年で云えば十分上位に位置する。


「だからね」

「うん」

「お願い、ヨハンくんも……一緒に来て」


 その表情からははっきりと不安が窺えるほどの涙目を見せていた。


「う、ん。わかったよ」


 これだけサナが不安に感じているようであるならば承諾しないわけにはいかない。



「そういうわけで、サナの家に行こうと思ってるんだけど、いいかな?」


 小さな町、セラに着くなり提案する。

 伏し目がちにしているのはモニカ。いつの間にかそんな打算が仕込まれていたのかと。


「確かにその方が無難ね」


 スフィアとしては問題ないと、その方が騎士団としては予定の進行に支障を来さないのでそれで良かった。


「……だったら、私も行くわよ。説明するのなら多いに越したことはないでしょ」


 意を決してモニカが口にするのだが、サナはニヤリと笑う。その提案は想定内。


「ごめんなさいモニカさん。私の家そんなに大きくないから客室は一つしかないの。それともヨハンくんと同じ部屋で寝るの? そんなはしたないことするの?」


 事実客室は一つしかない。


「っ!」


 ヨハンと同じ部屋で一晩過ごすなど諸々の羞恥に耐えられない自信があった。

 モニカがそう反応を示すのはサナからすれば狙い通り。


「だったらカレンさんが一緒に行けば?」


 隙間を縫うようにして間に差し込まれるのはナナシーの言葉。


「「えっ!?」」


 思わず同時に声を発すサナとカレン。まるで想定外の言葉。


「だって、カレンさんはヨハンの婚約者なのでしょ? なら同じ部屋でも何も問題ないのじゃないの?」


 首を傾げながら言葉にしていくナナシーは実際にそう思っている。


「それに、カレンさんは知識も豊富だし、会話の掛け合いはもちろん話術も相当に上手いわよ? サナのお父さんがもし断るようであれば言いくるめるのにカレンさんがいた方がなにかと便利だと思うのよね。って、あっ、今の便利って言ったことイルマニ様には内緒にしていてね」


 片目を瞑りヨハンとカレンに目配せするのは、日頃から主であるヨハンとその婚約者であるカレンのことを敬い立てるように指導させられている。


「確かにそうだけど、そ、それはそれで困るのよ」


 チラチラとヨハンを見るカレンにもまた羞恥が込み上げて来ていた。その様子を見るサナにはまだ断る機会が残されていることを見越すのだが、それよりも早く口を開いたのはリシュエル。


「今の話はどういうことだ?」

「今の話って?」

「いや、ヨハンの婚約者にその女性がなっているのだということだ。聞けばラウルの妹らしいが?」

「あっ、すいません。言ってなかったですね。僕がカサンド帝国に行っていて、リックバルトさんと会ったのもそこなんですけど」

「ああ。それは聞いている」

「それで、色々ありまして、まぁ最終的になんと言いますか、カレンさんと婚約することになったんです」

「それはおかしいだろ? お前はニーナの許嫁のはずだが?」

「…………え?」


 突然告げられる言葉。思わずその言葉に対して理解が追い付かなかった。


「許嫁?」

「聞いていないのか? アトムのやつとはそう約束しているぞ? 確認してくれてもかまわん」

「あっ、そう、なんですか?」

「なんだ? 知らなかったのか?」

「えぇ。はい、まぁ」


 まるで覚えのない話。チラと見る視線の先にいるニーナは呆けた様な顔を見せていたのだが、目が合ったその瞬間には笑みを浮かべる。


「お父さん、それ本当なんだよね?」

「ああ。だから旅に出る前にお前をアトムのところに行かせたのだが?」


 さも当然のように答えるリシュエルの言葉を全員が受け止めきれていない。


(ニーナと僕が許嫁?)


 どういうことなのかと整理の付かない思考を巡らせていると、グイっと腕を引っ張られる。


「やったねお兄ちゃん」


 そこには満面の笑みを浮かべているニーナの姿。


「あたしもお兄ちゃんの婚約者なんだって」


 嫌がる素振りを見せるどころか、むしろ歓迎しているようにすら見えた。



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