第五百二十五話 魔力制御
竜窟の外で溜息を吐き地面を見ているスネイルとバリス。互いに流し目で目を合わした。
「なぁ、これって現実なんだよな?」
「夢だと思いたいが、どうやら現実のようだな」
共に肩越しに背後に目を送る。
聳える薄暗い洞窟の中で目にしたモノを未だに信じられなかった。
「なんだぁ!?」
「中で何かが起きている?」
突如として響いてくる鈍い音。地響き。
「……収まった?」
「見に行くぞ」
「……どうせ俺達が行ったところで役に立ちやしないって」
「…………」
臆病風に吹かれているスネイルを見るバリスは大きく溜め息を吐く。
「そういうところ、お前が向上心に欠けているところだがな」
入団当時から変わらないスネイル・ドルトマンスの姿勢。威勢が良かったのは一番始めに同期のスフィアに食って掛かった時だけ。
そういった二人の騎士が不安を抱く中、竜窟の中では凄まじい勢いで攻防が繰り広げられていた。
「はあああっ!」
「ふっ! はあっ!」
迫り来る無数の枝。鞭のようにしなる枝をモニカとスフィアが前に立ち切り払う。
「だったあっ!」
その二人の間を掻い潜るニーナ。
迫り来る極太の枝を大きく振り上げる拳によって弾き飛ばした。
「お兄ちゃん!」
この一瞬のために三人が道を切り開いてくれている。
ようやく竜木の幹へと辿り着いた。
「よしっ!」
剣を鞘に納め、両手の平を当てると練り上げるのは最大級の魔力。
ゴオッと地面から巻き起こるその風の魔法。まるで根を掘り起こされるかのようにしてミチミチと音を上げる。
「魔法も凄まじいのか」
しかしそれは正確には狙い定められたもの。
竜木を全損しないよう緻密に練り上げられたヨハンの魔法により、竜木はこれまで見せていた複雑な動きの一切が見られない。
「ナナシー!」
「任せて。自然の恵み」
生み出されるのはナナシーの腕に巻き付く蔓。一直線に竜木へと伸びていった。
モニカとスフィアとニーナとヨハンによって開かれた道。竜木の幹に到達した蔓はしっかりと巻き付く。
(よしっ、これで)
魔力の流れを正確に読み取り、あとは自身の魔力を流し込んで正常に循環するようにすればいいだけ。それは根から水を吸い上げる植物の性質そのもの。
「ぐっ!」
ここまで来れば簡単だと思っていたのだが、蔓から得られる反発するような魔力の波動に思わず片膝を着いた。
「どうかしたの?」
「いやぁ、これは一筋縄じゃいかないかも」
ナナシーの様子をジッと見つめるカレン。
「わたしも力を貸すわ」
そっと肩に手を置き、微精霊をナナシーの周囲へと飛ばす。
結果、ナナシーが得ていた負担が和らいでいった。
「これは?」
「この間のマリンさんの魔法を見て、わたしも似たようなことをできないかと思って色々と試してみたの」
他者の能力の向上などといった特異なことはできないが、魔力に関することだったら微精霊を通じていくらか肩代わり、引き受けることができる。
反対に魔法の性能だけであれば微精霊によって向上させることも可能なのだがそれは今は必要ない。
「ありがとうカレンさん」
ニコッと笑みを浮かべ、軽減した負担の分だけしっかりと竜木の魔力を感じ取ることに集中した。
「なるほどな」
一連のやり取りを見届けるリシュエルは感心している。竜木が暴走した当初は沈静化が難しいかと思われたのだが、この様子では問題なさそうだった。
「果たしてアレに気付いているのか?」
チラリと視線を向ける先はニーナが斬り落とした最初の枝。
根本的な原因の対処をした上でなければ意味がないのだと。
「むっ?」
しかしそんなリシュエルの不安も杞憂なのだとばかりに、光る弓を射る姿勢になっているヨハン。
「ここっ!」
枝の先端目掛けて飛来する光る矢。寸分違わずその最初の枝へと刺さる。
「良かった。落ち着いて来た」
鞭のようにしならせていた枝はだらりと落としていっていた。
「これでどうですかリシュエルさん」
「想像以上の出来だ。オレの出番などなかったな」
「なら良かったです」
そうしてニーナの不注意によって招いた事態、竜木の暴走を収めることに成功する。
「さて、エルフのお嬢さん。ついでだ。そのまま魔力の流れを視ておいてくれ」
「わかりました」
スッと竜木へと歩いて行くリシュエルはそっと手の平を当てていく。
「ここがいいかな」
ピタと足を止め、感じ取った場所で素早く大剣を振り下ろした。
「これで足りるだろう」
落ちてくる枝をパシッと受け止める。
ナナシーが魔力の流れを落ち着かせてくれているおかげで本来の竜木を得るための手順を踏みており、目的の素材である竜木を手に入れることができた。




