第五百二十三話 竜窟
陽の光がぎりぎり届く程度に洞窟を進んだ先にあったのは大きな空間。
「……すごい」
天井から滴り落ちている滴は山からの湧き水。その大半は滝の方へと流れているのだろうが、染み出る様に空間の中央へと落ちては小さな湖を作っている。
「でもどうしてこんなものが?」
滴を受け止める様にも見える、目の前にある巨大な物体自体が仄かに光を放ち、その光によって洞窟内部が照らし出されている。
リシュエルとニーナ以外の全員が驚かざるを得ない。それ程のモノがこの場にはあった。
「……信じられないわ」
口に手を当て驚くスフィア。スネイルとバリスに至っては声すら発せない。
「いったいいつの時代なのよ」
「こんなのがあったなんて」
モニカとサナも同様。
目にする生物の骨。その巨大さに驚きはしたものの、そもそもそれがどの生物の骨なのかということは誰の目に見ても明らか。
「これって……――」
途方もない年月が経過しているからか、大きく崩れ落ちている骨。骨格を見ただけで何の生物だったのかということは誰もが一目でわかるのだが、ヨハンとカレンにはその骨に見覚えがあった。正確にはソレと同じ存在。
「――……竜、ですよね?」
カサンド帝国の闘技場の入り口に飾られていた骨と酷似している。
「ああ。竜の死骸だ。いつからここにあるのかオレも知らないが、その軀が朽ち果てる時の栄養が竜木を生み出す。それも相当な年月を要するらしいのだがな」
「……そぅ。なるほどね。納得したわ」
「カレンさん?」
一人感心するようにその死骸を見ていた。周囲に漂う微精霊もまた格が違っている。
「だから竜の巣の近くに原生林があるのね。そりゃあほとんど手に入らないわよ」
嘆息するように息を吐くカレンのその隣ではジッと観察するようにして見るナナシー。
どうにもその魔力反応には覚えがあった。
「確かに凄い魔力を感じるわ。死んで尚それだけの魔力を感じさせるなんて、よっぽどの竜ね」
どこか感覚を刺激するような反応。しかし覚えがあるその感覚とは明らかに決定的な違いがあるのだが、それがどう違うのかが判断がつかない。説明しようにも説明できないような感覚。
「オレもその辺りは詳しくは知らないが、それも条件の一つらしい。加えると、このような場所、竜窟は幼少期の竜人族の成長にも一役買うのだがな」
「へぇ。そうだったんだ」
ニーナが初めて聞くその話。
それが一時とはいえここに住居を構えていた理由。幼いニーナを成長させるためなのだと。
「それで、竜木は?」
肝心な竜木をまだ目にしていない。
「ああ。こっちにある」
そうして前を歩くリシュエルは湖と竜の死骸を前にして回り込んでいった。
「これがその竜木だ」
立ち止まったリシュエルの奥に見える一本の大きな木。巨木とも言えない程度の大きさではあるのだがその存在感が尋常ではない。スネイルとバリスは呆気に取られている。
「これって……もしかして……――」
目を見開いて見るのはヨハンとモニカとナナシーとスフィア。
「なんて綺麗なの」
その木を見たことのないサナは類を見ない輝きを目にして感嘆の息を漏らした。
死骸の背後で凜として立ち昇るように真っ直ぐ伸びる一本のその木。
「――……世界樹?」
見間違えるはずがない。あれだけの樹などそうそうお目にかかれるものではない。
木自体が光り輝いている様は、かつてエルフの里で見た巨木と酷似している。
「ん?」
ヨハンの呟きに対して、目を細めるリシュエル。
「そうか。そちらのお嬢さんはエルフだったな」
「え、ええ」
「確かに世界樹と似てはいるが、別のモノだ」
確かにリシュエルの言う通り、それはナナシーも感じ取っていた。そして先程抱いたどこか不思議な感覚、覚えのある魔力反応にもどこか納得してしまう。目の前にあるこの竜木が放つ魔力反応がそう感じさせたのだと。
「リシュエルさんは世界樹をご存知だったんですね」
「ああ。一度だけだが目にしたことがある。しかしアレは魔王を封印している聖なる樹だろう?」
「…………」
確認する様にナナシーへと問い掛けるのだが、ナナシーは無言。
「お嬢さん?」
「え? あっ、は、はい。確かにそう聞いています」
「世界樹のことは詳しく知らないが、恐らくという程度だが、アレもコレも魔力を元にして成長しているのだろう。そのことからしてその根源は同じなのだろうな。違いがあるのだとすれば、それが魔王か竜かという程度だが」
まるで理解が及ばないその話。しかし、誰よりも理解できないのはスフィアに同行してきたスネイルとバリスの二人の騎士。
「……隊長」
「なに?」
「ちょっと、自分には付いて行けない話みたいです。なので外で待ってますね」
「……俺もだ」
現実離れしたその話。まるで御伽噺のような光景が目の前にあるのだから。
「…………そうね。そうしてちょうだい」
二人の青ざめた顔を見て、溜息を吐きながらスフィアは承諾する。
(リシュエルさんも魔王のことを知ってるんだ)
それは正にヨハンの両親であるアトムとエリザと同じように。
以前ニーナから聞いた話からすると、リシュエルは父の旧友だということらしいのだが、ふと思い出したのは竜人族という種族自体の話。
(じゃあ、やっぱりアインツって……――)
脳裏を過るのは、幼い頃に読んだ絵本『アインツの冒険譚』。その中に竜人族と喧嘩した話があったことを思い出した。
元々は互いの勘違い、行き違いによることから発展してしまっている。
(――……だったらあの竜人族……確か、リールエールだったっけ?)
後に和解したアインツとリールエールはその戦いを喧嘩だと言っていたのだが、それはとても喧嘩と呼べる代物ではない壮絶な死闘。死闘の末にアインツが辛うじて勝利を手にしているのだが、子どもながらに手に汗握る程。
「あ、あの」
「じゃあさっさとコレ取って帰ろうよ」
その物語について問い掛けようとした矢先、軽く跳躍するナナシーは竜木へと到達していた。
「ちょ、ちょっと待てニーナ!」
慌てて声を掛けるリシュエル。
「へ?」
しかしその声がニーナを制止させたのは竜木の枝を勢いよく切り落とした後。
「しまった!」
「リシュエルさん!?」
竜人族として強大な力を持つであろうリシュエルでさえも苦い顔をしている。
「あ、あれ? まずかった?」
困惑して枝を持ちながら元の場所に戻るニーナ。
「当たり前だ。竜木を切るのにも手順があったのだ」
「手順……?」
「ああ。竜木の中に流れる魔力を抑えてからでないと流れる魔力が暴走してしまう」
「それってつまり……?」
苦笑いするヨハンの横でリシュエルは大きく頷いた。
その言葉通り、切り落とされた竜木の先端からは溢れんばかりの可視化された魔力の渦が巻き起こっている。その影響を受けているのか、竜木の枝が形状を変えうねうねと動かしていた。ニーナの手に納まっていた竜木の枝はすぐさま炭となり崩れ落ちる。
「どうしたらいいですか?」
「基本的な対処法としては通常と同じだ。ただし、一度溢れた魔力の流れを元に戻し、そこから根本を断ち切る必要がある。だが見ての通り厄介なことには変わりはない。死なない自信のある者は全員手を貸せ」
ザッと後方全体を見渡すリシュエル。そう言い放つものの、その場に居合わせる者は確かにほとんどが子どもだとはいえ、娘のニーナも含めて実力者達に相違ない。
「はい!」
「よし。先頭はオレがいく。あとは指示する通りに動けッ」
突如として巻き起こった事態への対処に当たることとなった。




