第五百十九 話 閑話 入浴時間(中編)
建物内、女性陣達はわいわいと嬉しそうに衣類を脱いでいた。
想像以上にしっかりとした造り。脱衣室も用意されている。
「それにしましても、あなたって着痩せするタイプだったのね」
マリンが羨ましそうな視線を向けるモニカの胸。
「普段は動き易いように締めているからね。でもそういう意味ではエレナの方が大きいわよ?」
「それは……確かにそうね」
幼い頃から知るエレナの容姿端麗さ。胸の大きさにしても負けていた。
「わたくしなど、アレに比べればたいしたことありませんわ」
アレと言われて視線が集中する先は俯き加減に胸に両手を当てている黒髪の少女。サナ。
(また大きくなってる気がする)
大きいと周囲の視線を感じる時がある。慣れてしまったといえばそれまでだが、それでも時々なんとかならないかと思わないでもない。
「やっぱりぶっ飛んでるねそのおっぱい」
「えっ!?」
背後から覗き込む女性、アスタロッテ・プリスト。
「な、何ですか!?」
「いやぁほんと大きいね」
「ちょ、ちょっと! どこ触ってるんですか!?」
モミモミと揉みしだくアスタロッテ。
「や、やめてください」
「ほらほら、羨ましそうにスフィアちゃんが見てるからさぁ」
「べ、別に羨ましくなんかないわよ! 私は、そ、その、これで満足しているのだから」
隠すように胸に手を当てるスフィア。
「ウチもそれで満足してるよ!」
スフィア目掛けて飛び掛かるアスタロッテ。
「きゃああああ!」
直後、ガンっと響く鈍い音。
「い、いたい……」
「ご、ごめんなさいアスティ、つい……」
急いで手にした魔剣ハイスティンガーで殴打していた。
「なにをバカなことをやってるのよ二人とも」
呆れるような視線を向けるカレン。
「やー、ごめんなさい。ついテンション上がっちゃって。にしても皇女様は凄い綺麗な身体してるんですね」
外見の容姿もさることながら、美に飛んだ起伏の良さは思わず目を惹く程。
「ありがと。そんなことより、早く入りましょ」
「そうよ。ほんと人間って胸の大きさを競い合うだなんて変わってるわね」
その横に堂々と立つナナシー。マリンもエレナもモニカもサナも、アスタロッテでさえも黙ってしまう。
「「「「…………」」」」
「どうしたの? 早く入りましょうよ。ニーナちゃんはもう先に入っちゃったわよ?」
一体どうしたのかと首を傾げるのだが視線の先は顔ではなく胸へ。
貧相とまでは言わないが、それでも物足りないのではないかと。
「はやく入ったらぁ? すっごい気持ち良いよぉ!」
遠くから呼ぶニーナの声。
「そうね、入りましょうか」
そうして連れだって天然温泉へと入っていく。
◆
一方その頃、男性側の脱衣室ではヨハン達と騎士が脱いでいた。
「どうしたのレイン、落ち着かないみたいだけど?」
「あっ、いや、なんでもねぇよ」
チラリと見るのはサイバルを。まだ作戦の内容を伝えていない。
(何を考えているんだろ?)
問い掛けようとしたのだが肩を掴まれる。
「アーサーさん?」
「まぁ、彼らには彼らなりの矜持というものがあるだけだよ?」
「それってどういうことですか?」
「自ずとわかるさ。本能には抗えないということだね」
「はぁ……?」
そう言われても全く理解出来なかった。
「――……へぇ。僕温泉なんて初めてきたけど凄いね」
脱衣室を抜けた先にあったのは岩で囲まれた大きな入浴場。自然が織り成すその風景に加えて山から見下ろせる景色は絶景の一言。
「確かにこれは最上級だね」
ちゃぷんと浸かる湯は僅かに熱く感じられる。
「はー、本当に気持ち良いや。ほら、サイバルも来て良かったって思うよね?」
「まぁ……思ったよりも良かったな」
「気に入ってもらえたようでなによりだ」
肩まで浸かるアーサーは満足そうな笑みを浮かべた。
「……なるほど、確かにそれならやれそうだ」
「ああ。だがバレたら俺は終わりだ。あいつら容赦しねぇからよ」
「それはこちらとて同じだ。隊長はキレたら怖い」
その背後ではお湯に浸かりながらひそひそと話し合っているレインとアーサーの配下の騎士達。
◆
壮大な景色を眺めながら、女性陣達は満足そうに過ごしている。
「本当に気持ち良いわね」
「苦労してここまで来たかいがあるというものですわ」
「はあぁぁぁ」
子どものようにはしゃいで泳いでいるのはニーナだけ。
この時間は癒しに他ならない。
「日頃の疲れも癒されるというものね」
「スフィアちゃんはお疲れだからね」
「あなたの面倒を見るのに疲れるのよ」
「ウチよりスネイル達でしょ」
「同じよ。似たようなものだわ」
この場にいる学生ではない女性はカレンを除けば二人だけ。
「そういえば、聞いていたよりも思っていた以上にきちんとした人だったけど?」
アーサーについてそう話すナナシーの印象は事前に聞いていた選考仕合と比べて正反対。
「あっ、私もそう思った」
思い出すようにして同意するサナ。
「まぁ基本的にやることはちゃんとしてるからね隊長は」
「ええ。アスティの言う通り、あれでも公私の使い分けはしっかりとできる方ですから。それに、求心力も相当に高いですし」
「へぇ。そうなのですね」
「決めるところはしっかりと決めるから。二人とも見たでしょ?」
魔獣の複合体の最終局面。ああいったことが部下の信頼を引き付けて止まない。それはスフィア自身にも覚えがあること。
「あら? ではスフィアは彼のことを評価しているのですわね」
「アレでも一応自分の隊の隊長ですし、必要以上に貶める必要もないですから」
苦笑いしながら話すスフィアの表情を、言葉以上の感情が滲み出ていると感じ取っているのはアスタロッテとエレナ。幼い頃より知る二人。
「そういえば、ヨハン君、どうするつもりなのかしら?」
「どうするって?」
首を傾げるモニカ。
「そういえばあなた達は知らなかったわね。前に彼が狙われたことあったでしょ?」
「イルマニ様がもう当ては付けているみたいだったけど教えてくれなかったわね」
「教えられなかったのですわ。相手が相手だったので」
「ええ」
「それってつまり、裏で糸を引いていたのがそのブルスタン家だったってこと?」
第一中隊が急襲を受けた相手。騎士団の内部問題とも取れるのだが、アーサー・ランスレイとメイナード・ブルスタン、共に家名は四大侯爵家。
「でもそれとヨハンくんがどう関係するんですか?」
「ヨハン君がカトレア家のお気に入りだってことよ」
ただでさえ評価を高めているヨハンをカトレア家が飼い馴らしているのではないかと噂されている。
「そういえばウチもお父さんから似たようなこと言われたよ?」
顎に指を持っていき思い返すアスタロッテ。
伯爵家であるプリスト家は最後の侯爵家、ロックフォード家に連なる貴族。
「スフィアちゃんの話だと大丈夫だって言ったんだけど、自分で害成す者か見極めてこいって」
「ヨハンはそんなことしないのにね」
「家を守る為に必要以上に疑うこともありますので。悪意ある者が仮面を被って近付いて来ることなどざらにあるから」
「ふぅん」
ナナシーもスフィアの言わんとしていることはわかる。
「とにかく、これでブルスタン家は当分仕掛けて来れないわ。今回の件の釈明に追われるでしょうし」
貴族間のゴタゴタにも一区切りついたのだと。
「ねぇ、なんだか向こう騒がしくない?」
すいーっと泳いでくるニーナが差すのは木柵の向こう側。
「やっぱり仕掛けて来たわね。ニーナ、よぉく目を凝らしておいて」
「? はぁい」
モニカに言われるがまま魔眼で木柵の向こう側を見通すニーナ。
そこでは魔力が練り上げられていた。




