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第五百十六 話 もう一人の竜人族

 

 遡ること、ヨハンとエレナとマリンの三人がスフィアに連れられ向かった先は第一中隊へ加勢してくれた者がいる場所。

 夕暮れ時であることもあり、周辺では騎士達が夕食の支度をしている。漂う煙と香ばしい匂い。同時に聞こえてくるのは話し声。


「いやいや、お前達のおかげで助かったぜ!」

「偶然だ。意図したものではない」


 騎士の鎧姿とは別の姿、一目で見てわかる程の外見は獣の様。


「でもおかげでスネイルは九死に一生を得たのだしね」

「こいつは悪運だけは強いからね」


 同じ顔をした二人の騎士の笑顔。


「そうなのか?」

「いつだってギリギリで生き残るからさ」

「普通なら死んでるのにな」

「おいおい、舐めんなよお前ら!」


 気楽に会話をしている様はいつもの様子と変わらない。笑い声。既にそこではどんちゃん騒ぎの様相を呈していた。


「しっかしスフィア隊長も冷たいよなぁ。自分の隊である俺達を連れてかずに昔馴染みかなんだか知らねぇがあんなガキどもを連れてくなんてよ」


 気持ち良さそうに口に酒を運ぶスネイル。その背後には人影。


「お、おい!」

「へへっ。俺達の奮戦を見せてやりたかったぜ! あの第十中隊の騎士を千切っては投げ、千切っては投げ」

「す、スネイル!」


 周囲に座る同僚の騎士、バリスやアルスとマルスといった騎士が止めようとするのだが、スネイルは残りの酒を一息に飲み干す。


「かあーっ! んだよ? 別にいいだろ? 俺はもうブルスタン家(あっち)とは縁を切ったんだ。アーサー隊長に一生付いて行くって決めたんだからよ。あの人はすげぇぜ。あんな人今までみたことねぇ」


 恍惚とした眼差しで遠くを見つめ、感慨深げに回想に耽るスネイルなのだが、隣に座っていたバリス達はそっと立ち上がり距離を取り始めた。


「だからよぉ、スフィア隊長もアーサー隊長を追いかけたい気持ちはわかるけど、先ずは地に足を着けてだなぁ。でないと早死にしちまうぜ?」

「それは悪かったわね。ちゃんと生きているわよ」

「んあ?」


 声に反応して顔だけ振り返るスネイル。酒によって紅潮していた顔を、背後に誰が立っているのかと確認するなり一気に青ざめていく。


「た、隊長!? どどど、どうしてここに!?」

「戻って来たからに決まっているでしょ? それとも、私が亡霊にでも見えるのかしら?」

「あわわわわわ」

「なんにしても、あなた達が無事で良かったわ」


 ニコリと笑みを浮かべるスフィアとは対照的に、先程までの横柄な態度の一切が鳴りを潜め、慌てふためくスネイル。


「大変そうだね、スフィアさんも」

「そうですわね。ですが楽しそうでもありますわよ」


 エレナが幼い頃より知るスフィア。


「うん。それは伝わって来るよ」


 自然体でいられるのだろうということは傍目に見ていてもよくわかる。他の騎士の表情や態度にしてもそうであり、それが恐らくあの隊長、アーサー・ランスレイが率いているからだろうと、なんとなくだがそう思えた。


「それで、ここにいるっていう……――」


 そのままヨハンが周囲を見回すと、その人物はすぐに見つかる。

 そもそも獣人という人種自体目立つ風貌。しかしそれ以上に驚くのは、そこに座って酒を飲んでいたのがヨハンの知る獣人だったのだから。


「リックバルトさん!?」

「むっ?」


 目が合ったその瞬間、互いに信じられない。


「お前、まさか……」


 目の前に姿を見せた少年がまさに記憶に鮮明に残っている少年。


「どうしてここにリックバルトさんが!? え? じゃ、じゃあもしかして加勢してくれたのってリックバルトさん?」


 狼のような顔を持つリックバルトに向けて歩み寄ると、リックバルトも立ち上がり驚愕に目を見開いている。


「誰だ? 知り合いか?」


 そのリックバルトの背後で立ち上がる人物。影になってよく見えないのだが、男の声。


「あ、アア。我もこんなところで再会するとハ思っていなかったので驚いたのだガ、以前話したことガあるだろう? とんでもなく強い子供のことヲ」

「強い子供? 確か、帝国の武闘大会でお前を倒したという子供のことだな?」


 スッと影から姿を見せるのは蒼い鎧の大柄な男。


「ほぅ。本当に子供ではないか」


 互いに初対面。間違いなく。しかし――。


(この子供、誰かに似ているな)

(どこかで見たことあるかな?)


 その面影。二人共にジッと見つめ合うのは、その顔にどこか覚えがあるような気がしてならなかった。


「あなたが竜人族ですか?」

「ああ。確かにそうだが、お前とは以前に会ったことがあったか? こんな子供に知り合いなどいないはずだが」


 だが男にはまるで覚えがない。少年のような者に竜人族であるということを名乗ったこともない。


「いえ、初対面だと思います。あなたが竜人族だということは先程騎士の人に教えて頂きました。ここで騎士の方達に加勢をした人達がいると」

「そうか。ではお前が騎士と合同任務に当たっている冒険者というわけだな」

「はい」

「それで竜人族がどんなヤツか見に来たというわけか」


 いくらかの納得。つまり、要は興味本位。稀少な人種を見に来ただけなのだと、男はそう解釈する。


「なるほど。ここに実力ある冒険者が同行していると聞いていたガお前のことであったか。それならバ納得もいくというものだな」


 大きく頷くリックバルト。


「では紹介しようヨハン。我は今彼と共に旅をしている。名はリシュエル殿だ」


 リックバルトによって互いの名を告げられた瞬間、ヨハンとリシュエルは驚愕に目を見開いた。


「えっ!?」

「むっ!?」


 その名を聞いたことで先程抱いた疑問、どこか面影があるのだということに対する答えになりつつあるのだと。


「も、もしかして……あなたは」

「ヨハン、その名、お前はもしかして……」


 目の前にいる人物、その名が間接的に示しているのは、自身の知る人物の血縁者ではないかと。


「あーーっ!」


 問い掛けようと口を開きかけた瞬間、どちらとも言えない中、突如として背後から響く大きな声。二人してその声に覚えはある。


「お父さんっ!」


 声の先にいるのは桃色の髪の少女。


「「ニーナ?」」


 同調するヨハンとリシュエルの声。


「え?」

「む?」


 二人して少女の名を口にするだけでもう十分。先程問い掛けようとしたことに対するはっきりとした答え。


「やっぱりニーナのお父さん?」

「やはりアトムの息子か」

「隙ありっ!」


 リシュエルがニーナから目線を逸らした途端に耳に入って来るニーナの声。声とほぼ同時に蒼い鎧の竜人族、リシュエルに向かって一直線に駆けていた。

 ニーナはリシュエルの背後から拳を突き出す。


「甘い」


 拳を素早く躱すリシュエルは足を振り上げ、その背に向けて勢いよく踵を振り下ろす。


「ぐえっ」


 ドゴンと地面に叩きつけられることで上げる地響き。


「え?」


 あまりにも信じられない出来事に目を疑った。

 一瞬の出来事。目の前の人物は正しくニーナの父親であるリシュエルに間違いはない。以前父アトムやラウルに聞いたことのあるその名前。名前だけならいざ知らず、竜人族であることや、ここに至るまでの一連の発言がニーナとリシュエルの関係性。

 それがどうしてこのような事態になっているのか。


「まだまだなっていないな。修行不足だ」

「きゅうううぅ……――」


 地面に横倒れになりくるくると目を回しているニーナ。


「よっと」


 片腕を伸ばしてニーナを肩に担ぎ上げるリシュエル。


「えっと……?」

「はじめましてだなヨハン。まずは正式に挨拶をさせてもらおう。オレがニーナの父親のリシュエルだ」


 差し伸べられる手を困惑しながら掴む。大きな手の平、はっきりとした力強さをまざまざと感じさせる程。


「えと、どうも。はじめまして、ヨハンです。アトムと、エリザの息子をやっています」


 あまりにも衝撃的な出来事を目にしたことで変な自己紹介になってしまった。



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