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第五百十二 話 無限再生

 

 薄暗い通路をヨハンとニーナは素早く駆けている。浮かび上がらせる光の魔法によっていくらか光量を保っているのだがランタンの魔道具程ではない。


「見えたっ!」


 そんな視界が制限されている中、それでも前方に捉えるのはどう見ても戦闘中の様子。


「ほんとに頭が三つある!?」


 ニーナが先に捉えるその瞬間には、地面から伸びるいくつもの茨を引き千切っている魔獣の姿。加えて数多の水針が身体に刺さっては溶けるようにポトポトと滴を落としていた。


「んんっ!?」


 その滴とは別の滴が地面に落ちている。

 魔獣の腹部の下に潜り込んでいるキリュウによって振り上げられた拳。魔獣は胴に風穴を開けられていた。


「あれ? もしかして、倒してる?」


 あれだけの一撃を受けていればもう終わったのではないかという疑問をニーナは抱くのだが、ヨハンもその姿を視界に捉えたところ、すぐさまそれを否定する。


「違う。どうやら再生能力があるみたいだよ」


 みるみる内に身体に開いた穴が塞がっていた。


「あっちゃー。中々めんどくさそうだねアイツ」


 その様子見る限り、まだ終わりそうにないということ。


「サナ!」

「ヨハンくん!?」


 後方で魔法支援を行っていたサナは呼びかけに答えると一瞬だけ表情を驚かせたのだが、すぐさま安堵の表情へと移り変わる。


「良かった。来てくれたんだね」

「うん。それで状況は?」

「あっ、えっとね、ナナシーとキリュウさんが何回もあの魔獣を壊し続けてるんだけど、すぐに再生しちゃって」

「……なるほど」


 先程のような攻撃がもう何度も繰り返されているのだと。深手を負っている者はいないのだが、それでもいくらかは消耗させられていた。


「どうやったら倒せるのかな? ヨハンくんわからない?」

「…………」


 見た感じ、確かにこのままであれば体力に限界があるこちら側が先に倒れる。キリュウとナナシー程の戦闘力があれば退避の時間は稼ぐこともできるのだが、一般騎士ではどうしようもない。先に調査に来た第六中隊が壊滅したことにも納得がいった。


「ねぇサナ。あの頭は一つ一つが独立してるってことでいいんだよね?」

「たぶん。あれだけ複雑な動きをしてるからそうとしか思えないよ。だから核があるかなって思ったんだけど違ったみたい。それらしい動きを見せたんだけど…………」


 いくつもの複雑な動きを見せるその頭部。攻撃手段も多岐に渡っている。

 あれだけ経験豊富なキリュウ・ダゼルド中隊長が倒しきれていない。それに加えてサナの考えが及ばないこと、可能な限りの方法はここまででいくつも試しているはず。


(あと、残る可能性って何があるかな?)


 他に行っていなさそうなことといえば何があるのかと思考を巡らせる。


「そっかぁ……うーん……――」


 絶えず動き回るキリュウとナナシー、その動きを観察していると一つの可能性が思い浮かんだ。


「――……だったら、同時に潰してみたら?」

「……え?」

「いくよニーナ」

「りょうかいお兄ちゃん!」

「ちょ、ちょっとヨハンくん!?」


 一体どういうことなのかとサナが問い掛ける間もなく、物凄い勢いで前方に向けて駆け出した。


「サナは引き続きサポートをお願い!」

「え? あっ、うん」


 そうしてすぐさま顔を向けるのは、魔獣の集合体の周囲を目まぐるしく動き回っているキリュウとナナシーへ。


「キリュウさん!」

「むっ!?」

「その魔物の動きを一瞬だけでいいんで止めてください!」


 突然姿を見せたかと思えば指示を飛ばされる。


「……よし、わかった」


 しかし打開策が見いだせない現状、光明があるのであればそれには従うのみ。

 ヨハンの指示通り、狙いを定めたキリュウは大きく踏み込んでいった。


「はあッ!」


 再び魔獣の下へと潜り、両手を広げ腹部に向かって掌底を突き出す。凄まじい衝撃によって、その体躯をいくらかフワッと浮かばせた。

 狙いは空中であればその動きを制限させられる。


「ナナシーは山羊を!」

「?」


 大きく声を掛けてくるヨハンの声に対して、一瞬だけどういうことなのかと考えた。


「なるほどね。わかったわ」


 しかしヨハンが鳥へ、ニーナが獅子へと向かったことでその意図を察する。

 すぐさま弓引く姿勢を取った。


「ガアッ!」


 迫るニーナへ向けて獅子の頭部は首だけ捻り、猛る炎を吐き出す。


「へんっ。甘いわよ。そんなちっぽけな火、これに比べれば」


 ボッとニーナの手甲が灯す紅蓮の炎。アリエルから譲り受けた【煉獄】の火。


「もーらい!」


 獅子の頭部から吐き出された炎をまるで吸収するかのように巻き取り、そのまま頭部の上に着地する。振り下ろすのは炎を纏った拳。


「シュアアアッ!」


 鳥の頭部から吐き出される衝撃波。空気を歪ませる程に波打つ振動。


「剣閃」


 標的を定め、小さな声と共に繰り出される眩い光。生み出された斬撃は、衝撃波によって歪む空気の波を真っ二つに切り裂いた。

 鋭い斬撃、ヨハンが放つ剣閃は一直線に鳥の頭部へと飛来する。

 刻を同じく、執り弓の姿勢になるエルフの少女。その立ち姿は正に優美であり、若年ながらも想起させるのは歴戦の弓士。


「瞬速の矢!」


 普段よりも大きく、自身の背丈程ある弓を生み出して射られる一迅の矢。風切り音を上げてぐんぐんと伸びて山羊の頭部へと向かっていった。


「ミシャアアッ!」


 迫る驚異的な矢をかき消すために吐き出されるのは巨大な氷の塊。


「あとは頼むわねサナ」


 視界の奥に捉えるのはもう十分に信頼している少女へと。肩目を瞑る。


加速魔法(ブースト)


 最後方、遠くから聞こえる小さく漏れる声。氷と矢の間に突如として浮かび上がるのは青の魔法陣。


「さすが。わかってるわね」


 魔法陣を通過したナナシーの魔法の矢はグンッと更に速度を上げ、勢いよく氷の塊を貫いた。


「グオオオ――」

「キシュウ――」

「シュア――」


 爆ぜる獅子、切り裂かれる鳥、貫かれる山羊。同時攻撃を受けるそれぞれの頭部。


「僕の予想通りなら、これでもしかしたら」


 再生能力があるのは核を有している可能性と、サナが得た違和感の正体。どれか一つでも残っていれば核としての役割を果たすのかもしれないということ。


「だが詰めが甘いね」

「え?」


 不意に背後から飛び込んで来る声。


「アーサーさん?」


 ヨハンの脇を通り抜けるアーサーは一直線に魔獣の集合体へと向かっている。


「――……再生が止まった?」


 地面に落ちた頭部を失くしている魔獣の横に立つキリュウ。

 これまでどれだけ攻撃を繰り出そうとも全く動きを止めなかった魔獣の集合体なのだが、頭部を三つ破壊されたことによりその活動を停止させていた。


「キリュウさん!」

「!?」

「シャアアアッ!」


 聞き慣れた声に即座に反応すると同時に、視界に捉えるのは魔獣の集合体の尾。これまで獣の尾の形を成していたその尾がガパッと開いて凶悪な大きな牙を覗かせている。

 それは蛇の頭部に他ならない。四つ目の頭部。


「ぐっ!」


 アーサーが声を掛けて来なければ不意の一撃をもらっていたところ。


「酸と毒、か」


 蛇の頭部を受け止めながら、同時にその口腔内から漏れ出る液体。ジュッと滴るのは、地面を溶かす程の酸。肉体を強化している獣化でなければ骨まで溶かされていた。同時に得るのは獣化をも痺れさせる程の猛毒。


「遅いぞアーサー」

「申し訳ありません。終わらせますので」


 もう間もなく魔獣の複合体へと到達するアーサーは騎士剣を抜き放つと大きく振り上げた。


「はあッ!」


 そうして剣身に闘気を灯すその斬撃は蛇の頭部を切り裂きながら、魔獣の集合体である巨大な身体をも真っ二つに切り裂く。


(!?)


 その刹那の瞬間、背後から自身を追い越す斬撃。それは正に剣閃。


(……へぇ)


 己の斬撃を見届けながら、魔獣へと同時に到達するのは別の斬撃。それが誰によって放たれたものなのかと瞬時に理解するアーサーは肩越しに背後を見ては感心を示した。


「……すごっ」


 思わず声を漏らして驚嘆するニーナ。それはニーナもよく知る人物、その姿はまるで剣聖と見紛うか程の息吹をあげる斬撃。それが二つ。


「――――」


 魔獣の集合体はその四匹の魔獣がそれぞれ分けられるかのようにして四分割される。


「か、かっこいい……」


 サナがボソッと漏らす。その力強さは初めて出会った当時の憧れのまま。


「へぇ、やるわね」

「まさかここまででしたか」


 サナの横に立つモニカとエレナ。ヨハンと同等の攻撃を生み出すアーサーへの素直な称賛。


「モニカさん。エレナさん」

「無事で良かったわサナ」

「うん」


 遅ればせながらも加勢に来たのだが、見るからにもう出番などなかった。

 地面に倒れ伏す魔獣の集合体がもう動きを止め魔素へと還る中、ヨハンがアーサーへと声を掛ける。


「……知っていたんですか?」

「ん?」


 念のため他にも異常はないかと見回しながらアーサーは疑問符を浮かべた。


「知っていたとは?」

「最後の蛇のことです」

「いや?」

「だったらどうして?」


 気配はなかった。間違いなく。キリュウに襲い掛かる時に初めてその存在を明らかにした。


「勘……かな?」

「え?」


 思案に耽るようにして答えるアーサー。その回答に嘘偽りは見られない。


「……なるほど、勘ですか。勉強になりました」


 確かにそういう感性もわからないでもない。


「いやいや、それよりキミの方こそ流石だよ。技術ももちろんだが、その戦闘勘には驚かされた」


 実際その通り、アーサー自身が蛇の頭部を切り裂いた時、後方から迫り来る斬撃。真っ直ぐに魔獣の複合体へと向かっていた。


(なるほど。私があの尾を倒すのを見越して、身体を斬りにいったということか)


 瞬発的なその判断力には驚嘆せずにはいられない。

 しかしそれはヨハンにしても同じ。


(最後、僕は必要なかったみたいだね)


 四等分にされた魔獣の複合体。アーサーの斬撃はヨハンの予想を超えて魔獣の身体へと至っている。


「まぁとにもかくにも、どうやらこれで無事に倒しきったみたいだね」

「ああ。それでこれからどうする?」


 周囲には異常が見当たらないのだと確認するアーサーとキリュウ。


「一度あの広場に戻りましょうか。休息も兼ねて、ここまでの情報を整理しなければいけません」


 そうして今後の方針を話すために広場へと集まることとなった。


「ん?」

「どうかしたのニーナ?」

「なんか落ちてるよ」


 ニーナの魔眼で捉える小さな塊。それが三つ。


「魔石、ですわね」

「こんなちっさいのが?」

「ええ。間違いありませんわ」


 指先で持ち、ジッと見つめるエレナ。その魔石を見てハッとなるモニカ。


「もしかして、これがあの扉の?」

「……可能性は否定できませんわね。数も同じことですし。とりあえず持ち帰りましょう」


 そうして広場へと戻ることとなる。



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