第五百十一 話 合流
「しかしこいつはどういう奴なのだ?」
三つ首の魔物が唸り声を上げる様子を後方でサナと共に見るサイバル。
「魔獣……の複合体?」
「やはりそうなるか。つまりそうなれば、謂わば合成獣、といったところか」
灯りの下に姿を見せたことでようやくその全体をはっきりと視界に捉えた。十メートルに到達しそうである体躯。三つ首の頭部の他には背中に生えている不十分な形の翼。およそ飛べるような代物ではなかった。それ程に明らかに異常な個体。
「くるっ!」
両手を大きく伸ばすサナは炎を遮る為に再び障壁を展開させる。
◆
左の道に向かったヨハン達、三つの分岐があった大広間へと到達しようとする頃。
「あれ? 誰かいる?」
前方、大広間に灯りと人影が見えた。近付くとそれが誰なのと認識する。
そこにいたのはアーサー達。
「どうやら無事のようだね」
「アーサーさん達はどうして?」
「いやなに……――」
ジッと見るヨハン達の姿。まるで疲労を感じさせない様は思わず自身の隊と比べてしまう。
「――……少しモニカくんのことが気になってね」
ニコリと笑みを浮かべて強がった。
「きもっ」
「……ははは。そうかい」
侮蔑の眼差しがその答えだと。
「いやさすがに冗談だよ。それより、何か見つかったかい? こちらはまだ奥があったのだが、あまり深入りすると危険だと判断してその前に引き返して来たのだよ」
「えっと、大きな扉がありました」
「ほぅ、扉か。中は覗いたのかい?」
「いえ、鍵が掛かっているのか開きませんでした」
「ふむ。なるほど、こちらはそういったものは見当たらなかったからね。どうやらそこは調べる必要がありそうだ」
思案気な表情のアーサーに対してレインが恐る恐る口を開く。
「な、なぁ、ナナシーは?」
「ナナシー……ああ、あのエルフの子のことだね。キリュウさんがいるから大丈夫だろうが、ここにはマリン様もいることだしまだ様子を見に行けていないよ」
これ以上の無理はできないのだと。疲労の色を滲ませている騎士を見るその視線が物語っていた。
「余裕がある者が見に行くのが一番なのだがね」
「だったら……――」
ヨハンとアーサーはキリュウ達が向かって行った右側の進路に顔を向ける。
「ん? 誰か来る? それに、この音……」
同じようにしてニーナがその方角に向けてジッと目を凝らし、加えてその耳に微かに届いて来るいくつもの反響する音。それは鎧の軋む音と共に駆ける足音。
「お兄ちゃん、あれテレーゼって人だよ。それに騎士の人もいるね。二人、だよ?」
「どうやら向こうは何か起きたみたいだね」
まだニーナの眼でギリギリ見える程。これだけの遺跡の中を二人だけで引き返して来るなんてありえない。
「アーサーさん!」
「ああ。かまわないよ」
まだ何も言っていないにもかかわらずアーサーは肯定する。
ほんの一瞬だけ呆気に取られるのだが、顔だけ見れば理解した。つまり、アーサーも同様の考えなのだと。
「ありがとうございます。ニーナ! 一緒に頼む」
「りょーかい」
ヨハンとニーナ、共にテレーゼ達がいる通路に向けて駆け出す。
「なっ……――」
テレーゼが目で追うのは前方から物凄い勢いでこちらへと向かって走ってくる二人。
入れ違いで脇を通り抜けるヨハンとニーナ。もう既にその後ろ姿は通路の奥に消えて行った。
「――……いまのは?」
「それよりも、早くアーサー様に報告をするぞ!」
立ち止まるテレーゼを騎士が強引に腕を引き、広場まで連れて行く。
「あ、アーサー様っ!」
息を切らせる騎士。
「その様子だと、どうやら新種が現れたみたいだね」
「は、はい! それで現在キリュウ様を中心として時間を稼がれています。加勢を」
「…………ふ、む」
その場にいる面々を見て思考を巡らせた。考える時間はそれほど残されていないのだが、地上のことも踏まえるとどうするべきか。
(いや、今はこちらに集中するべきだな)
自分達がいないことで襲撃を受けることは予め示しておいた。だからこそ今は地上に残して来た仲間を信頼するべき。
「よし。スフィアくんとアスタロッテくんはマリン様とここで待機してくれ。他の皆もだ」
残る騎士達に指示を出す。
「エレナ様、これより私はキリュウさんの加勢に向かいますがあなたはどうなさいますか?」
「わたくしも当然行きますわ」
「かしこまりました」
「もちろん私もいくわよ」
「ええ。どうぞ」
アーサーと共に並び立つエレナとモニカ。
「では後のことは頼むよスフィアくん」
「お任せください」
「カレンさん、よろしくお願いしますわね」
「仕方ないわね。早く戻って来てね」
そうしてヨハンとニーナの後を追うようにして三人は駆け出した。
◆
「ぐっ、倒しても倒してもキリがない」
新種の魔物、魔獣の集合体を前にするキリュウなのだが、どうにも再生が無限に思えてならない。これまで何度もその身体や頭部を破壊し続けている。
「どうしますか?」
隣に着地するナナシーの問いかけ。
背後にいるサナとサイバルは後方から支援を継続していた。
「ねぇサイバルくん、何か方法はないの?」
「とはいうが、見たこともない魔物の倒し方など……」
わかりようがない。再生を繰り返す魔物など聞いたことがない。
(……そういえば、前にヨハンくんとモニカさんが戦った相手にそういうのがいたような?)
かつてシトラスが人工的に造った吸血鬼。ヨハン達は知る由もないのだが、娘のサリーを生き返らせる為に行われた研究の副産物。その吸血鬼、ヴァンパイアとも呼ばれる魔物もまた再生能力を有していたのだと。
「だったら、核を壊せばいいの?」
その時にどうやって倒したのかを聞いたことがあり、朧気にだが覚えていた。
「ごめんねサイバルくん、ちょっとだけ任せるね」
即座に魔力を練り上げるサナ。右手のブレスレットが共鳴するようにして光り出す。
「雨の矢」
魔獣の複合体の周囲に発生させるいくつもの水の塊。
「相変わらず凄まじいな」
周囲に水がなくとも、生み出せる水の量は四大精霊の力を行使していることもあり流石の一言。
「サナっ!」
ナナシーが魔獣の複合体の攻撃を躱しつつ視界に飛び込んできたその攻撃。意図するものが何だろうと、意味のないことをするはずがない。
だったら、今はその目的がなんであろうとも前衛と後衛の役割だけを代わればいい。
「茨の牢獄」
魔獣の複合体の動きを止めるため、魔獣の複合体の足下にいくつもの茨を生み出した。
絡み取るように巻き付くその茨によってその動きを制限させる。
「長くはもたないわね」
魔力量だけならば相当に多い自負はあるのだが、それと強度は別の話。ミチミチと音を立て、いつまで保てるのかわからないが、しかしこの魔法の目的はあくまでもサナの補助。動きを止めるだけで十分。
「はぁっ!」
そうしてサナの掛け声に呼応するように、魔獣を取り囲む水の塊からはいくつもの水針が射出されていく。
「どう、なの?」
具に観察するのは、合成獣の様子。これだけの数の水針が身体を貫いていけば何かしらの反応を見せるかもしれない。
「――?」
痛みに身を捩るような様子の一切を見せない中、ふと違和感を覚える。
「今の動きは?」
頭部をも突き刺す雨の矢。
三つ首の不規則な動きの中に、どこか意思を感じさせるようにして首を捻る動きを見せた。しかし明確にどういう意図だったのかわからない。




