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第五百九  話 三つの分岐

 

「よし! とにかく進まなければ何も始まらない。ここから先、我らだけでなく学生諸君にも戦闘に関する一翼を担ってもらうことになる。よろしく頼む」


 アーサーが全体に向けて発する。

 ランタンの光が照らしきらない進行方向へ向けて慎重に歩を進めた。


「――やるぞテレーゼ」

「はい」


 少し進んだところで前方から足音と共に迫って来たのはゴブリンなのだが、通常のゴブリンよりもひと回り大きく鎧を着ているホブゴブリン。


「僕たちはいいんですか?」

「いいみたいよ。あの人も妹と一緒に戦えて嬉しいみたいだし」


 スフィアの言葉を受けて前方へと目を向けると、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンなのだが、嬉々として討伐しているキリュウ。まだ獣化、つまり全力を出していないにも関わらず魔物たちがまるで相手になっていない。


「楽しそうね」

「あれはそうなんですね」


 豪快に立ち回るキリュウとそれに追随する騎士。その中に混じっているテレーゼ。

 結果、ほどなくして掃討される。


「まだ動きが鈍い。それでは足りんな」

「申し訳ありません」


 第一中隊の騎士に混じり学生は一人だけ。テレーゼはキリュウの指示の下に動いていた。精鋭である騎士とある程度は遜色ない戦いを披露しているのだが、それでもキリュウの動きの方が大きく上回っている。まるで質が違っていた。


「大変そうね、あの子も」

「ってぇいうと?」


 これまでほとんど接点はなかったのだが、試験を通じてモニカが知り得たテレーゼの事情。姉との比較。


「そういえばモニカ、騎士団に勧誘されたんだよね?」

「もちろん入らないけどね」


 苦笑いしながら答えるモニカ。キリュウに気に入られたことで何度か声を掛けられている。

 キリュウが本来率いている第七中隊は通称【薔薇騎士団】と呼ばれる女性騎士だけの隊。そこにモニカも加えたいのだと。厚遇すると言われているが加入する理由がない。


「私も誘われたことがあるわ」

「スフィアも?」

「はい。私とアスティをね」

「スフィアさんってまだ入団して一年なのに小隊長って凄いですね」

「……成り行き上、ね」


 切望したわけでもない昇進。思い出すだけで苦笑いが漏れ出るのだが、同時にその時のことを思い出す。


(……隊長)


 チラリと横目に見るアーサー。敬愛する父とは似ても似つかないその顔が、重なりを見せたのはゴーレムを両断した時の豪快な剣。今となっては当初の印象とは抱く想いが大きく違っていた。


「――……さて、ここから先をどうするかだ」


 そうしてしばらく進んだ先にある分岐。大きな空間が広がっている中、進行方向は三つに分かれている。事前に情報として得ていたのだが、どの道がどこに通じているのかがはっきりとわかっていない。


「このまま全員で動くのは非効率だからね」


 その為に班編成をしている。


「では私たちはこちらに進もう」


 キリュウが一歩進み出たのは右の道。


「わかりました。では君たちはそっちへ行ってくれ。私たちはこのまま真っ直ぐに進む」

「はい」


 ヨハン達が指示された道は左の道。


「もし、その新種の魔物が出れば無理をせず退いてくれ」

「無論倒すに決まっているだろう」

「まぁキリュウさんなら心配していませんけどね」

「彼らにしてもそれは同じだ」

「念のためですよ。無理はさせられませんので。ではお互い細心の注意を払ってくれたまえ」

「はい。大丈夫です」

「スフィアくん、後は頼む」

「了解しました」


 そうしてそれぞれ分かれて進むことになった。



 ◆



「ふぅん。それにしても、本当に強いのねこの子達」

「だから言ったでしょ」


 スフィアの隣で感心するように声を漏らしているのはアスタロッテ。


「今度は私に任せて!」


 ザンッと勢いよく振り切られるモニカの剣。ミノタウロスを両断している。その様子を見る二人の騎士はランタンを手に持ちながら呆気に取られていた。もう荷物持ちの役割しか果たしていない。


「にしても、異常だけどねこの強さ」


 アスタロッテもその騎士達の気持ちもわからないでもない。

 自身もつい一年と少し前までは学生だったことからして、その類を見ない強さには素直に驚愕するばかり。幼い頃から知るスフィアが学生の中では歴代でも最上位だと思っていた。それだけの実力者などそうそうにいないものだと。しかし目の前で戦っている様はそれに比肩する程。


(エレナ様が強いのは知ってたけど……)


 しかもそれが何人もいる。

 通常であれば手こずるのは必至であるミノタウロスやワータイガーといった魔物。討伐ランクはどれもがCランク以上。それを学生であるにも関わらずものともしていないのだから。スフィアから何度となく自慢気に聞かされた王女エレナだけでなく噂に名高い竜殺しと剣姫、それに他の面々にしても同じ。


「この分だと楽できそうね」

「もう、アスティは仕方ないわね。ちゃんと仕事してよね」

「だって事実だもん。それよりもさ、新種の魔物でないね」

「…………そうね」


 スフィアが僅かに思考を巡らせるのは、一向に新種が現れる気配がない。となれば別ルートに現れるのかと。


(隊長、ご無事で)


 信頼しているのだが、それでも胸中には微かな不安が過っていた。



 ◆



「隊長、想定以上に数が多いです!」

「そうだね。それにまだ報告に上がった魔物が現れていない」


 目の前から襲い掛かられる獣型の魔物を難なく両断するアーサー。


(なるほど、これは第六中隊には荷が重かったね)


 視線を巡らせるのは周囲の地面へ。そこにはまだ新しい様子に見える鎧の残骸。傷だらけの鎧は壊滅した騎士たちの物だと。


「……引き返してキリュウさん達と合流しよう。マリン様、よろしいですね?」

「え、ええ」


 いくつかの分岐は挟んで進んだ現在。効率を優先して別行動を取ったのだが、悪手だったのではないかと。相当に慎重を期して臨んだはず。しかしそれ以上に状況が悪い。


(これ以上は無理そうか)


 部下の騎士の疲労の色も強い。

 いくら光量が強いランタンを用いているとはいえ、見通しの悪い地下を長時間、いつ終わるとも言えない距離を魔物からの襲撃を受けながらともなれば負担もかなり大きかった。疲労の蓄積は従来の比ではない。


(まずいね)


 このような状況下で新種の魔物に襲われでもすればひとたまりもないだろうという見解を抱いていた。



 ◆



 その頃、分岐を右方向に進んだキリュウ達。


「ヨハンくん、大丈夫かなぁ?」

「心配ないだろ。あいつは」

「だよねぇ。ヨハンが危ないなら私たち皆が危ないわよ」


 騎士達を先頭にして、最後尾を歩くサナとナナシーとサイバル。前にはキリュウと並び歩くテレーゼと他に騎士五人の姿。


「……テレーゼ。逃げろ」

「え?」


 突然ピタと動きを止めるキリュウ。発された言葉に耳を疑うテレーゼなのだが、問いかけるよりも先に姉の迫真な横顔だけでその言葉がどういう意図で発されたのかということを察する。


「はやくッ! 今すぐにだッ!」

「は、はいっ!」


 途端に響く怒声。周囲に大きく反響した。


「全員退避ッ! ここは私が時間を稼ぐッ!」


 直後、キリュウの全身を即座に体毛が包み込む。前方から得る猛烈な気配に対して反射的に獣化していた。



 ◆



「んだ? ここで行き止まりか?」


 レインの言葉通り、左に進んだヨハン達は先に進めなくなっていた。


「いや、どうやら違うみたいだよ」


 ヨハンがランタンの灯りを正面に大きく照らすようにして向けると大きな扉が見える。


「でも開かないようね」


 モニカとニーナでグッと押し込んでみてもビクともしない。


「もしかしたら鍵がかかっているのかもしれないわね」

「鍵って? 錆びてるとかじゃないの?」


 カレンの言葉に疑問を投げかけるニーナ。


「それはわからないわ。魔法によって封印されているものもあるし、場合によっては特殊な鍵が必要となるものもあるし」


 これぐらいの規模の遺跡ともなれば通常の方法では開かないと考える方が自然。何らかの条件があることも。


「どうやらどちらかというと後者のようですわね」


 何か方法がないかとカレンが思考を巡らせている中、言葉を差し込んできたエレナ。そこではスフィアとアスタロッテの三人で扉の片隅にある窪みを見ていた。


「なにかあったの?」

「ええヨハンさん、こちらをご覧ください。人型の穴が空いています」


 エレナが示す通り、短剣程度の大きさの窪みが三つ。見た感じどうにも人型に見える。


「それと、これは木片ですわね。関係があるのかどうかはわかりませんが」


 小さな木の欠片を指先で摘まみ、確認していた。


「恐らくですが、構造上ここにはめ込む必要がありますわね。それと、これも恐らくですが、それだけでなく魔力を流し込まなければいけないかと」


 卓越したエレナの知識の中に類似した構造の扉が記憶されていた。


「魔力って?」

「扉と連動しているようですわ。恐らくこれがその鍵になるのかと」

「それってつまり、魔石が必要になったりするの?」


 ヨハンの問いかけにエレナは僅かに首肯する。


「ええ、その可能性は十分にありますわね。ですが、必要とはいえ、どのような魔石が必要になるのか……」


 見当もつかない。

 魔石の種類も数多い。そのどれが適当なのか。


「とにかく、ここにいても埒が明かないですね。ひとまず引き返しましょう」


 スフィアの提案通り、今のところそれしか選択肢はない。


「それに、ここまでで新種の魔物が現れなかったということは」

「他の道に出ているかもしれない?」

「だったら早く戻らねぇと!」

「ちょっと待って」


 全員がすぐさま引き返そうとしたところ、ふと立ち止まりヨハンが振り返る。


「んだ?」


 レインが疑問に思っているところ、ヨハンはそのまま窪みに手をかざして魔力を練り上げた。


「これでよし。お待たせ」

「なるほどね。(かたど)りをしたってわけだな」

「うん。今ので反応しなかったってことはやっぱりこれじゃダメなんだろうけど」


 手に持っているのは三つの人形。土で作った人形。若干だがそれぞれ大きさが微妙に異なっている。

 ついでに土人形を作った際、人形を通じて壁の奥に魔力を流し込んでみたのだが、扉やその周囲には反応が全く見られなかった。


「では急ぎます!」


 駆け足で今来た道を引き返していくことになる。



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