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第五十 話 閑話 魔剣との邂逅

 

 王家を守護する近衛兵。

 その最上位の近衛隊長の娘に生まれた女の子、スフィア。


 幼い頃からその端正な顔立ちで周囲から愛されて育ったが、そこには父親の存在が大きかった。


 母はとにかく優しい人でいつも父のことを誇りに思い話して聞かせていた。

 そんな母と同じようにスフィアも父のことを誇りに思っていた。


 そうして幼い頃から父と鍛錬に励んでいた。

 才能があれば女性も戦い、母も特に反対はしない。スフィアは特に剣の才能に秀でていた。


 その剣技は幼いながらも華麗を極める。無駄のない流麗なその剣は見る者を魅了する。

 だが、父から習ったのは剣の基礎のみ。父の剣は豪快にして必殺。受け止めることなど到底無理。受け止めた剣を叩き折り、その鎧を砕いて肉体を破壊する。


 とてもスフィアには真似の出来るものではなかった。


 例え剣の才能があり、将来を嘱望されてもそれは父にしかできないこと。

 結果スフィアは苦しむことになる。


 父を尊敬していた。

 父と同じ剣を奮いたい。父にかけられる言葉と同じように称賛されたい。


 だが同じようにできないのは誰よりも自分自身が知っていた。



 ――――そんなある日のこと。


 冒険者学校入学を間近に控えていたスフィアは王宮を訪れていた。

 エレナの剣の稽古の相手をするため。


「……はぁ……はぁ……はぁ。ほんとスフィアって強いですわね」


 エレナが息を荒く呼吸を整えているのに対して、スフィアは息1つ乱れていない。


「いえ、わたしはエレナより二つ年上ですので、多少の差はあっても仕方ないかと思います」

「そんな謙遜してもわたくしは煽てられないわ。わたくしは大の大人相手にも負けないぐらい強くなりましたわ。さすがに王宮の精鋭には負けるけど、一般兵よりは強いわ。謙遜が過ぎると嫌味に聞こえますわよ?」

「それは大変失礼しました」


 軽く会釈するスフィア。

 この時点ではこれほどの差がまだあった。


 しかし、エレナとスフィアの話には齟齬が生じている。

 それはお互いの想いがあったのだ。


 エレナは素直にスフィアに強くあって欲しかったのだ。

 強くて綺麗な姉の様なスフィアを尊敬していた。


 スフィアは決して謙遜していたわけではなかった。

 スフィアが理想とするのは父親の様な豪快な剣。生まれた時から見て育ってきた剣を目指していた。


 だからどれだけ剣の腕を褒められたとしてもどこか消化不良なのだった。

 目指しているのはそこではないのだから。

 それは大人になるに連れて心のどこかで解消されるものだが、スフィアはまだ子供だった。



 そうしてその日、家に帰ると父ジャンはスフィアにある話を持ち掛ける。


「スフィアよ、もうすぐ冒険者学校に入学するではないか」

「うん、それがどうかしたの?」

「いや、そこでだ。入学の祝いとしてお前の剣を新調しようと思うのだが、どうだ?」


 笑顔で問い掛けられた。


「……それは嬉しいのだけど…………できれば、その、お父さんの剣が欲しい……か、な?」

「そうか!父の剣を所望するか!!そりゃあ可能であればいくらでも渡すが、残念ながら父の剣は特製でな。並みの腕力では扱えん。その気持ちは嬉しいがな」


 答えのわかっている質問をして、予想通りの答えが返って来る。


「……うん、そうだよね。ちょっと考えておくね」


 表情を取り繕い笑顔で応えた。



 翌日、ジャンとスフィアは王都内の武器屋を見て回る。

 何件も何件も。中には業物と云われる剣もあり勧められたのだが、馴染まない。どこかしっくりこない。


 鍛冶屋の方も回り、スフィアが希望する剣を打てないか確認して回った。


 ずっと笑顔を装っているのだが、いつまでも決まらないその様子をジャンは心配そうに見ている。

 正確には一般的なスフィアの戦闘スタイルに合わせた剣は武器屋にも鍛冶屋にもあったのだが、気持ちの問題だった。


 さらに翌日。

 スフィアはエレナと模擬戦を行っていた。

 一通り汗をかいたあと、鍛錬場にジャンが姿を見せる。


「エレナ様、失礼します。少しスフィアを借りてもよろしいでしょうか?」

「お父さん!?どうしたの突然?」

「えっ?ええ。もちろんかまいませんわ」


 普段姿を見せないジャンの姿に二人とも驚いた。


「ありがとうございます。――スフィアよ、王がお呼びだ」

「えっ!?王様が?」

「(お父様がどうして?)」


 エレナと顔を見合わせる。

 どうして呼ばれることがあるのか皆目見当もつかない。




 ジャンに連れられるままローファス王の前に立つ。


「おお、エレナ!鍛錬の方はどうだ?」

「ええ、スフィアのおかげで充実していますわ」

「そうだな、お前の相手をできる手練れは皆仕事が忙しくてお前の相手ばかりしてやれんからな」


 ローファス王は上機嫌でエレナに鍛錬について聞いた。


「スフィア。いつもすまんな、娘の相手をしてもらって」

「とんでもございません王様。エレナ様の剣は日々上達しており、いつ私も追い抜かれるかと思い冷や冷やしております。ですので一層の精進に身が引き締まる思いです」

「そうかそうか、それは良い関係みたいだな。競い合う相手が居るというのはいいものでな、俺もあいつのおかげで強くなれた」


 ローファス王は顎に手を当てながらエレナとスフィアを見て懐かしい思いに駆られる。


「……あいつ……でございますか?」


 王があいつと呼ぶ人物が王宮内にいただろうか。

 考えて見ても思い浮かばない。


「ああ、まぁ俺にもライバルがいたってことだ。そういやあいつ、確か息子がいたなぁ。最近顔を見せないけど、確かエレナと同じ歳のはずだ」

「わたくしと同じ歳ですか?」

「そうか、エレナには紹介したことがなかったな。まぁそのうち顔を見せると思うからその時にでもな。驚くなよ?あいつの息子だ、きっととんでもないやんちゃ坊主だろうからな」

「……野蛮な方は結構ですわ」


 エレナの言葉を聞いて高笑いを上げるローファス王。


「まぁその辺の話はいい。スフィアよ?」

「はい!」


 突然目を細めて見られたことで身体が強張る。


「聞けば冒険者学校の入学祝いにジャンが剣を新調しようとしているらしいじゃないか」

「ええ、はい、まぁ」

「なのに、一日中歩き回っても結局決めなかったそうだな?ジャンが頭を抱えておったぞ」

「えっ!?ええ、はい…………」


 一体どんな話をしてそんなことになったのか。

 王に追及されたことで微妙に父への不満を抱える。


「そんなに険しい顔をするな。日頃からエレナの相手をしてくれている礼に宝物庫から好きな剣を一つ持っていけ」


 スフィアは突然の話に目を丸くさせる。


「そ、そんな、恐れ多い!とても頂けません!」

「やったぁ!」


 スフィアとエレナ、その反応は正反対だった。


 王家の宝物庫といえば、入ったことは当然ないのだが、歴史に名を残す名剣がそこに居並んでいると聞く。

 エレナはそのことを知っていたので姉の様なスフィアがその中の剣を手にすることを素直に喜んでいた。


「これはエレナに付き合ってくれた礼を口実にしているが、王の娘と近衛隊長の娘同士のいわば親が悩んでいる手助けみたいなもんだ」

「し、しかし…………」

「いいからもらっておけ」


 こう言われてしまっては反論を挟む余地を許さない。


「(……王家の宝剣を果たしてそんな理由で頂戴してもいいのでしょうか…………)」


 ローファス王があっけらかんと言うことに対して戸惑いを隠せない。

 そこにジャンが一歩前に進んだ。


「王よ、本当によろしいのでしょうか?宝剣を頂いても」

「だからいいって言ってるだろ?誰にでもやるとは言ってないし、使わないものほど無駄なものはない。道具は使ってこそだ」

「わかりました、ありがとうございます」


 ジャンがスフィアに向かって振り返る。


「スフィアよ、王がこういう以上、もうこの発言は絶対に撤回しない。というか、お前は受け取るまで帰らせてもらえないぞ?」

「えっ?ええぇぇぇえええっ!?」


 退路を完全に塞がれてしまった。


「それは私も同行させていただいてもいいのでしょうか?」

「ああ、もちろんいいぞ。というか俺も行く。どの剣を選ぶかこの目で見たい!」

「はいはい!わたくしも見に行きます!」


 笑顔のローファス王たちに対して、呆気に取られてしまう。


「(なんだか私の周りで話が勝手に進んでいますわね)」


 既にスフィアの意思とは別のところで話は進んでしまっていた。


 そして王族しか開けることができないという宝物庫に来ている。




 ――――宝物庫の中にはこれでもかというぐらい眩い宝があった。


 綺麗に整理されたその中には神秘的な印象を感じるものからどこか悪寒の走るものまでそれこそ様々な物が保管されている。


 そして、いくつもの剣が並べられているその空間に立った。


 剣を目の前にして考える。


 こういってはなんだが……当然のことだが、街の中でみた剣とは明らかに一線を隔する剣がそこには無数に立て掛けられていた。

 その全てが名剣の類なのだろう。なんとなくだが理解する。


 だが、スフィアの欲しい剣は父の剣だった。

 チラッと背後の父に視線を送る。


「(…………どうしよう)」


 それでも悩みながらスフィアが剣の棚に近付いた。


 そこに立ち、どれを選べばいいのかわからずに悩む――――はずだった。



 スフィアはまっすぐ一本の剣の前に立つ。

 何故その剣の前に立ったのかはわからない。


 ゆっくりと剣に手を伸ばし、その剣の柄を握りしめる。

 成長途中の身体には合わない大きな柄なのだが、これまで手にしたことのない馴染みを感じさせた。


「……これにします」


 無意識のうちにこの剣にすると口にしてしまう。


「まぁ運命だってわけだな」

「お父様あれは?」

「ああ、あの剣は魔剣だ。魔剣『ハイスティンガー』だ」


 魔剣は持ち主を選ぶという。

 その魔剣にスフィアが選ばれたのか、それともスフィアが魔剣を選んだのか、実際のところはわからない。


 こうしてスフィアは魔剣ハイスティンガーを手にした。

 欲しかった父の剣とはサイズも効果も全く異なるが、あれほど欲した父の剣よりも、この剣に逢うために剣を振ってきたのでは、そう錯覚するほどにスフィアはこの魔剣を気に入った。



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