第五百六 話 サンナーガ遺跡
そうして三日後、順調に進み昼過ぎにはサンナーガの遺跡に着くだろうというところまで来ている。
サナの故郷であるセラの町まではまだ遠くにあるそうで、馬でも数時間はかかるとのこと。遺跡の周辺にはほとんど人里はなく、セラも含めてどれもが似たような距離。
「あっ、スフィアちゃんだ!」
「ったく、おっせぇな。ようやく来たのかよ」
そうして遺跡の入り口で出迎えられる若い男女の騎士。ニコニコとしている女性と若干不満気な様子の男性。
「すまない。遅くなった。アスタロッテくん、何か変化は?」
「今のところは大丈夫ですよ。っていっても実際何もしてないんですけどね」
遺跡の地下へと向かう入り口を監視する任務。特に変化は見受けられない。
「にしても隊長、本当に子供じゃないですか。本当にあんなガキで大丈夫なんですか?」
「ああ。問題ない。私が保証しよう」
アスタロッテ・プリストの横に立つスネイル・ドルトマンス。共に第一中隊所属の騎士。特にスネイルに至っては事前に冒険者学校の学生達と合同依頼だとは聞かされていた際に不安を覚えていた。
「大丈夫だって。絶対あんたよりもあの子らの方が役に立つからさ」
「んだと!?」
「二人ともいい加減にしなさい」
入団以降変わらない二人のやり取りにスフィアが呆れながら引き離す。
「くっ、いつか吠え面かかせてやるからな!」
「できるものならどうぞ」
「ほんといい加減にして。それよりアスティ、早速だけど案内してくれるかしら? スネイルは状況を擦り合わせて全体に伝達すること」
「りょうかい!」
「ちっ!」
スフィアの言葉に対照的な反応を示していた。
「では隊長、失礼します!」
「ん。頼んだよ」
「はっ!」
敬礼するスネイルはすぐさま遅れて合流して来た騎士達との情報の共有に向かって行く。
「さすがはスフィアくんだ。二人の仲を良く取り持ってくれている」
「隊長もサボらないでください。どうして私が」
「それはキミが小隊長だからだろう?」
「ですが同期です。とにかく私は彼らに一緒に来るよう伝えて来ますね」
「うん、よろしく頼む」
ヨハン達の下へと歩いて行くスフィアの背をアーサーは満足そうに見送った。
「隊長?」
「なんだい?」
いつも通り変わらないアーサーの横顔を眺めながらアスタロッテが疑問を浮かべている。
「ちょっと小耳に挟んだのですが、本当に学生に婚約を申し込んだのですか?」
「ああ。その通りだが?」
「……ふぅん」
「それがどうかしたかい?」
「べつにぃ」
明らかに不満気な様子を見せているアスタロッテなのだが、それ以上は言葉を発さない。
(スフィアちゃん、どうするつもりなんだろ?)
あれで隠しているつもりなのかと。悪態の中に含まれる、スフィアが普段アーサーへと向けている敬愛の眼差しを思い出していた。
(ま、余計なことするとあたしまで巻き込まれるわね。しーらないっと)
そうして捉えるのは遠くに見えるキリュウの姿。あの暴君が本当に暴君と化す可能性を考えると近寄らない方が良いだろうと最終的に判断する。
「さって、しごとしごと」
最悪な状況に陥ればスネイルを差し出せばそれでケリは付くと考え、スフィアが連れて来る噂の学生達に目を送った。
◆
「――……ここがサンナーガの遺跡、か」
ヨハンが周囲を見渡す景色。
サンナーガの遺跡は、建物の痕跡がそこら中にあった。レンガ調のブロックがそこかしこで倒壊している。しっかりと屋根が残っているような、建物という役割を成すものは見当たらない。そのどれもが陽の光が差し込むほどに崩れ、雨風を少し凌げるという程度。
「とりあえず今日のところはここで野営をすることになります。そこで遺跡についての詳しい話をしますので」
「わかりました」
アーサーの姿は見当たらない。代わりに案内しているのはアスタロッテ・プリストと名乗った騎士。
「あの、私の顔がどうかしましたか?」
そのアスタロッテがモニカの顔に時々目を送っていた。
「あら? 気付いていたのね」
「まぁ」
「ううん、確かに綺麗だなぁって」
「ありがとうございます」
と返事を返したものの、疑問符を浮かべる。
「にしても、思っていたよりも普通の子ね」
「僕ですか?」
続けて視線を向けたのはヨハンへ。
「うん。話に聞いてる限りではどんな強面がくるのかと思ってたけど、案外可愛い顔してるし」
そう見つめながらも堂々とした態度のヨハンに対しては一定以上の感心を示す。同時にふと父親の言葉を思い返した。
『恐らく次の任務で一緒になるであろう竜殺し。あれをよく見ておいて欲しい』
『どうして? 危ない奴なの?』
『いや、カトレア卿が気に掛けているから恐らくそうではないのだが、逆に言えば国王の命があるとはいえいつものカトレア卿ではないように思えてな』
『ふぅん。でもあたしにはできることは限られてるよ?』
『ああ。別にただのついでだ』
『はぁい』
伯爵として何を気にしているのかわからないが、初対面の印象としては特に目立ったところはない。むしろこれからの任務に対応できるのかという方が気になるのだが、スフィアの言葉とこれまでの噂が事実であればその心配も杞憂。
――――その夜。
夜が深みを増している頃、灯りになっているのは焚火の火。酒を飲んで休息をしている騎士の姿もあった。
「不思議な隊ですね」
焚火の火を囲んでいるヨハン達。隣にはスフィアの姿。
「あの人たちのこと?」
「はい」
「いくら任務だとはいえ、常に気を張っていることはできないもの。役割を果たせば隊長は特に何も言わないわ」
「それでいいんですか?」
「ええ。もちろん役割以上の成果を出せばその分の評価も得られるけど、最大限に自身の役割を果たすためにどうすればいいだけだもの」
「なるほど。つまりそれが自然体でできてる隊ってことですね」
「良いように言えばね。それよりも、くれぐれも無理はしないでね」
不安と信頼の入り混じったスフィアの瞳。
「はい、大丈夫です」
先程までサンナーガの遺跡について、これまでに起きたという話を詳しく聞いていた。




