第五百五 話 合同任務
王都の外、馬に跨り駆けている数十人の騎士達。シグラム王国南東部にあるサンナーガの遺跡調査に向かうために出立している。
「思っていたよりも少ないんですね」
視界に映る騎馬の数。豪華な鎧を身に付け、威風堂々とした隊長の風格を見せるアーサーとスフィアを入れて四十名程にしか満たない。騎士団の各中隊は二百人規模で構成されており、御前仕合をした第六中隊も半壊したとはいえ少なくとも百名以上いた。それを踏まえると今いる数は少ない。
「元々私の隊が行くことは決まっていたからね。距離もあるし、馬の数も限りがあるのである程度は先に向かってもらっている。それよりもすまないね、キミたちの分も足らなくて」
「いえ、大丈夫です」
自分達のパーティー分だけの馬の手配だけであればそれほど苦労はしなかったのだが、ヨハンの後ろにはサナが乗っていた。
「ごめんねヨハンくん」
「気にしないで。馬に乗れないのもサナだけじゃないし、そもそも僕もこんなことになるなんて思ってなかったから」
ヨハンが第六中隊に圧倒的勝利を得ることを条件にキリュウ・ダゼルドが騎士団長に提案していた内容。
「すまない。まさか姉さんがそんなことを考えていたなんて」
冒険者ギルド、騎士団、学校とそれぞれが承認している。
それは、選抜試験でキリュウが認めた者を今回の遺跡調査に同行させるというものだった。
「どうしてわたくしまで……」
不満を漏らしているのはマリン。エレナの馬の後ろに乗っている。
「仕方ありませんわ。シェバンニ先生も承認どころか推奨したぐらいですからね」
ヨハン達キズナ以外は合同依頼に同行するという形。騎士団主導とはいえ、S級任務に相当する依頼を経験できる機会をみすみす逃す手はない、と。
そのため、サナやテレーゼにマリン以外にもナナシーとサイバルも同行していた。引率として発案者であるキリュウ・ダゼルド第七中隊長。
「あなた、馬に乗れなかったのね」
「だって乗ることなんてなかったし」
「まったく。今度教えてあげるから次は一人で乗りなさい」
カレンが手綱を握り、ニーナがその後ろ。本来一学年時に馬術訓練もあるのだがニーナはその間不在だった。
馬の頭数の兼ね合いで同じようにモニカはナナシーと乗っている。
「ったく、男同士とか勘弁してくれよな」
「そういうことを言っているからだと思うが?」
レインの後ろに乗っているサイバル。相乗りするのであれば女子に乗って欲しかった。
「アーサーさん、そのサンナーガの遺跡にはどれぐらいで着くんですか?」
「そうだね。三日もあれば十分といったところかな」
サンナーガの遺跡で起きている問題解決、又はそれに相当する成果を得ることが今回の目的。
(一体何が起きてるんだろう?)
騎士団が半壊するような事態など、想像以上の何かが起きている。
◆
その夜、道中の野営にて。
「ったく、結局こうなるのかよ」
食事の準備をしているレイン。鍋をかき混ぜながら文句を垂れていた。
「しょうがないよ。これだけの人数で宿なんて取れないって」
「まぁ別にいいけどさ」
騎士団とヨハン達、それぞれで食事を用意している。
「それにしても、まさかこんなタイミングでこっちに向かうとは思わなかったなぁ」
湯気が立つスープを口に運びながら感慨深げに思い返しているサナ。
「もし時間があればセラにも行ってみたいね」
「来たってなにもない港町よ?」
「でもサナの両親もいるんだからやっぱり挨拶しとかないとさ」
「あ、挨拶って!? ヨハンくんが私の両親に……――」
妄想が膨らんで仕方ない。帰って来る時には彼氏を連れて来いと言われたことを思い出す。そんな間柄でもないのはわかってはいたのだが、どうしてもその言葉を考えると恥ずかしさと照れが込み上げてきた。
「前にはモニカの親にも会えたし、こういう縁って不思議とあるよね」
「そうね。私もヨハン達が来なかったらきっとこうして一緒にいられなかっただろうし。今でもフルエ村にいたと思うわ」
「わたくしは別にいらないわよ」
「そんなこと言っていますけど、意外と悪い気はしていないのでは?」
「なんのことよ?」
エレナの言葉の意図を理解できない。そのマリンの様子を察したエレナはニヤッと笑みを浮かべる。
「レイン、マリンがおかわりを欲しいのですって」
「なっ!?」
「おっ? やっぱ俺が作ったからな。でもお前庶民の味付け受け入れられんのかよ? ほら、前さ――」
「も、問題ありませんわ!」
若干エレナを流し目で見ながらグイっとスープを一息で飲み干した。
「この通り!」
「良い飲みっぷりじゃねぇかよ。ほら、次入れてやるから器をくれよ」
「……はい」
顔を逸らしながら手渡すマリンをニヤニヤと見ているエレナ。
「みんな楽しそうね」
「…………」
そうした様子を満足そう見渡しているのはナナシー。
「本当にそう思うのか?」
サイバルからすれば複雑な人間模様が絡み合っているよういしか見えない。その中に悪意とまでは呼ばないまでも意地の悪さも見え隠れするのだから。
「どういう意味?」
「いや、お前がそう思うのならそれでいい」
「なによ。変なサイバルね」
ぼーっと妄想に浸っているサナを余所にそれぞれが盛り上がっている。
「いつまで妄想してるのよあんたは」
「べ、別にいいじゃない!」
ヒソヒソと話すモニカとサナ。
「そんなことより、モニカさんの方こそ大丈夫なの?」
「なんのこと?」
「とぼけちゃってぇ。あの人に求婚されたんだよね?」
「っ!」
サナが視線の先に捉えるのは部下の騎士達と笑顔で談笑しているアーサー。
「良い人そうじゃない。それに人望もあるみたいだし」
部下から慕われているのは見てすぐにわかる程。
「そりゃ隊長をする人ってだいたいがそうじゃないの?」
「そうでもないさ。隊によりけりだろう。お前達が仕合をした隊は内部での評判はあまりよくないからな」
スッと二人の横に座るテレーゼ。
「そうなの? それはお姉さんから?」
「いや、この間姉の部下を紹介されて、その時にな」
獣人の血が混じっている混血なのだということを学生の前で見せたことにより、後ろ指を差されることもあった。
テレーゼ自身は覚悟の上だったのだが、姉に強引に引き合わされた第七中隊の部下の女性達はむしろ歓迎している。まるで意にも介していない様は目の前の学生たちと似たようなもの。
「やっぱり大変なのねあなたも」
「気にするな。自分が蒔いた種だ。それより、あの隊長の評判はかなり良かったぞ?」
「でも私は嫌いよ」
「モニカさんの気持ちが心変わりするのを祈ってるね」
「あんたはねぇ!」
いがみ合っているモニカとサナ。
そんな二人の様子を気に掛けることもなく、ヨハンがふと思い浮かべたのは向かっている方角について。
「そういえばニーナの家にも行ってみたいな」
「別にいいけど? でも時間あるの?」
「無理はしないよ。ただせっかく来たのだから、知っておきたいってだけで」
「いいよ、あたしのこといっぱい知ってね」
ギュッとヨハンの腕に自身の腕を絡ませるニーナ。
(ったく、こいつはめんどくせぇな)
その様子をレインは呆れながら見ていた。目くじらを立てて怒る者はいないにしても、それまでの和やかな雰囲気がニーナの行動一つ如何でピリッと空気が変わる時がある。
(無事に済みますように)
この合同依頼の終着点。レインとしては自身の身の安全を違う意味で考えていた。




