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第五百四  話 特別閑話 公爵邸

 

 時を同じくして、同じ中央区の公爵邸。大きな屋敷が立ち並ぶ中央区でありながら、一際大きく構えているのはスカーレット家。王家の血筋。

 そこでは本日会食と懇親を兼ねて盛大なパーティーが開かれている。人の出入りも流石の公爵家といわんばかり。


「……どうしてエルフが一緒にいるのかしら?」


 不快感を露わにしながら、マリンは目の前の男女を睨みつけていた。


「連れてきたらだめだったか?」


 会食と銘打って呼ばれているレインの衣装は正装。このためにミライに仕立ててもらっている。ナナシーの衣装はネネが見繕ったもの。


「ちょっと、どうなってるのかしら? あなた説明なさい」


 マリンは近くにいる使用人の女性を鋭く睨みつけた。


「い、いえ、マリン様からの招待状をお持ちでしたので、こちらの方もご案内させて頂きました…………」


 冷や汗を垂らしながら困惑してしまっている。


「おいおい、そんなに睨みつけるなっての。俺が呼んだんだぜ?」


 招待状はレインがマリンの使用人から預かったもの。そこに記載されていたのは同伴者一名まで可と書かれていた。しかしそれは規定文の記載であり、本来その同伴者というのは大体が伴侶を伴うものであるのだが、レインには当然ながら今のところ伴侶はいない。


「では、どういうつもりなのか教えてもらえますか?」


 感情を無くした冷たい問い掛け。しかしレインはそのマリンの様子に気付かない。


「いや、せっかく公爵様のお宅を拝見できるってんならナナシーだって見たいだろ? それに俺達もう知らない仲じゃないんだしさ」


 学年末試験で同じパーティーを組んだ間柄という意味合い。確かにその通りなのだが、実際的にはそれは違う。明らかにナナシーに対する好意が先行してしまっている。レインからすれば同伴者を連れて行けるということは願ってもない口実でしかなかった。


(まったく。わたくしが愚かでしたわ)


 レインであればそう行動することも予測できたはず。

 自身の思慮不足を嘆きながらも、同時に苛立ちが込み上げて来て仕方ない。


「せっかくですが、エルフにはお引き取りを――」

「おや? そこにいるのは噂のエルフくんではないか」


 不意に聞こえて来た声。マリンからすれば聞き慣れた声。


「お父様?」


 この家の主であるマックス・スカーレット公爵。


「はじめまして、公爵様。ナナシーといいます。いつもお嬢様には大変お世話になっております」


 ナナシーはイルマニとネネから厳しく指導された所作を用いて挨拶をする。


「そうか、実際にはきみとは初めて会うね。私は試験で観戦していたから一方的にきみのことを知っているのだがね」

「恐縮です」

「しかしとはいうものの残念ながら最後までは見られなかったので二回戦までだがね」

「そうなのですね。それはとてもお恥ずかしいところをお見せしてしまうことになりました」

「いやなに、そう悲観せずとも報告は全て受けている。きみの力がなければ諸々が危うかったということや、それにマリンの能力が変質したのもきみ達がいたからこそだと私は考えているよ」


【与えるべき寵愛】から【贈られる寵愛】に変化した直接的な要因が何かということは掴みきれないまま。しかし、極限状態が何らかの作用をもたらしたのだということは間違いないと踏んでいた。


「だからきみがいてくれて非常に助かった。公爵として正式に礼を述べよう。ありがとう」

「とんでもありません。私もまだ至らないことが多くあります。今回の試験で自身の力不足を痛感しました。これからも多くのことを学ばせて頂きます」

「なるほど。殊勝な態度も好感が持てるね。やはり今度の遠征、きみを選んで正解のようだ」


 笑顔でナナシーの様子を見る。


「それと君はコルナード商会の子だね。いつもお世話になっているよ」

「どもっす」

「君たちがここにいるということはマリンが招待したのだね?」


 絶やさぬ笑みのままマックスはマリンを見た。


「ええ、お父様。先程彼女はああ言いましたが、わたくしの方こそ彼女には大変お世話になりましたので、労いと親交も兼ねて食事をしようかと」

「うむ。それは良いことだ。やはりエルフとの過去の過ちは王家が率先して払拭していかなければならないからね。マリンもそういったことに気が利くようになったのか」

「お父様。それではわたくしがそういったことに気が回らないかのようではありませんか」

「おっとこれは失礼、私としたことが言葉を選び間違えたみたいだ。学友と親交を深めている、と言った方が適切だね」


 そこでマックスは近くの使用人が持っているグラスを手に取り口に含める。


「うん。良い味だ。では二人ともゆっくりとしていきたまえ」

「ありがとうございます」

「あ、そうそう、ナナシーくん、あとで話でもしようではないか。私も是非ともきみの話を聞いてみたいからね」


 そうしてグラスを使用人に預けるマックスは奥へと歩いて行った。


「「…………」」


 大きく頭を下げるナナシーに対して無言で目が合うレインとマリン。


「だってさ、お嬢様」

「……わかってるわよ。今回だけですからね!」


 そうしてレインがナナシーを連れて来たことに対するあれこれがうやむやのままに会食が開かれる。



「――……レイン、ちょっといいかしら?」

「んだ?」


 手招きされるようにマリンに声を掛けられた。マリンが居る場所は会場の外、バルコニー。


「そんなところにいると寒くないか?」

「誰にも聞かれたくないのよ」


 マリンの背後の外の景色は既に雪が敷き詰められていた。


(こいつも黙ってりゃ可愛いのにな)


 その景色の綺麗さもさることながら、雪化粧を背負ったマリンのドレス姿もまた綺麗なのだという印象を抱いている。


「それでなんだよ?」

「…………」


 問い掛けに対して無言のマリン。聞くべきか聞かないべきか。しかし聞かないわけにはいかない。


「……レインは、貴族との結婚に興味はありませんの?」

「はぁ?」


 マリンの質問の意図が全く理解できない。


「なんだそれ?」

「いいから答えなさい」

「ねぇよ。だいたい俺みたいなやつを貴族が結婚相手に選ぶかっつの。ヨハンじゃあるまいし」

「……そうですの。では質問を変えるわ。仮に貴族に見初められたらその時はどうするの? レインの家の格であれば貴族との婚姻も結べますわ」

「そりゃあ……――」


 そのまま視線を向ける先はマックス公爵と楽しそうに談笑しているナナシーへ。その視線の先を追うように見るマリンはレインが向けている感情が何なのかということを察していた。


「――……今はねぇな。考えたくもないってそんなこと」

「そう、ですの」

「ったく、それで終わりか?」

「……ええ」

「なんだよ。ほれ、お前も肌をこんだけ出してると寒いだろ。これ着ろよ」


 上服をマリンの背中にそっと重ねる。


「好き、なの」

「なんか言ったか?」


 俯き加減に小さく呟かれた言葉はレインの耳には届いていない。自然と漏れ出た言葉。


「すまん、中の音でよく聞こえなくてよ」


 パッと顔を上げるマリンが意地悪く笑みを見せた。


「いえ、なんでもありませんわ。レインなんかこれがなくて風邪でも引けばいいのですわよ」

「おいおい、だったらそれ返せよ!」

「くれたものは返せませんわ」

「誰もやるだなんて言ってないだろ! 貸しただけだろ! いいから返せっての! 高かったんだからなそれ!」

「いーやーでーすーわっ!」


 バルコニーで走り回る二人。


「――……なるほど、もしかすれば彼の存在が大きいのかもしれないね」


 その様子を会場から見つめているマックス公爵。それは今までのマリンでは見られなかった態度。あれだけ無邪気な笑みを目にするのは幼少期以来。


「しばらく静観してみてもいいのかもしれないが、悠長に待つわけにもいかないからねマリン」


 答えを出さない限り道は限られるのだと。

 そうして王都には多くの雪が降り積もっていった。



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