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第五百三  話 特別閑話 プレゼント(後編)

 

「カレンさんは何か願いがあるの?」

「そうね。やっぱり兄さんの無事もそうだけど、一番はまたティアに会いたい、かな?」

「ラウルさんだったら祈らなくても無事だろうしね」

「そうなのよ。それにしても今頃どうしているかしら」


 ヨハンとカレンが話している中、ヒソヒソと話しているモニカ達。


「どうすんのよこれ!」

「し、仕方ないじゃない! 私が来た時にはそうなってたんだから!」


 最初に話していたエレナが出せなかった勇気。サナとモニカもそれに便乗するしかなかった。


「ヨハン様。少しよろしいでしょうか?」


 そこで部屋を訪れて来たのはイルマニ。部屋の中に入り、視線を巡らせるとすぐさま口元を緩める。


「これはこれは、皆さまでお楽しみでしたか。ではまた改めて」

「いいの?」

「ええ。主がこれほど慕われているところを邪魔するわけにはいきませんので。たいした用件ではございません」


 明らかにその場の雰囲気とヨハンの衣装を見て状況を悟っていた。


「では、ごゆっくり」


 パタンと閉まるドア。閉まる瞬間、モニカとエレナとサナはそれぞれイルマニと目が合う。

 むしろ博識なイルマニであればその国の風習も知っていたのではないかと思わせるその笑み。


「…………」

「っ!」

「はぁぁ」


 途端にモニカとエレナとサナに妙な羞恥が込み上げてくる。


「ありがとうみんな。大事にするね」


 しかしはにかみながら笑顔を向けられることに、もうそんなことはどうでもよく満足感と充足感に満たされてしまった。


「ちゃんと着てね。ヨハンくん」

「もちろんだよ」

「にしても、同じのがなくて良かったわね」


 偶然とはいえ、まるで四人で示し合わせたかのような配分。色味のバランスも丁度良い。


「そうですわ。一番はヨハンさんに喜んで頂くことですもの」

「それもそうね」


 結果が伴っているのでこれで十分。


「ヨハン君、かっこかわいい!」

「ちょっとサナ!?」


 そこで不意に飛び出したサナの言葉。


「か、かっこかわいい!?」

「うん! ヨハンくんはただカッコいいだけじゃなくて、なんかその格好が可愛いから!」

「あ、ありがと」


 照れながら頭を掻く。


(相変わらずこの子は抜け目がないですわね)


 唐突にヨハンを褒める様子には感心するしかない。


(それに的を射ている表現ですわ)


 サナ程に気持ちを表現できることがどれだけ羨ましいか。


(わたくしも……)


 そう考えながら、すぐに否定する様に小さく首を振る。

 それは許されない。もしそれが許される時が来るとすればヨハンが多大な貢献を成し遂げ、貴族としての爵位を与えられることが先。でないと自身の立場を使ったのではないかと勘繰られる。

 そういう意味では王位継承権、爵位、婚約と順序は違えども全てを満たしたカレンが羨ましくあった。


「ねぇお兄ちゃんいる?」


 そんなエレナの心情を誰も推し量れない中、突如として飛び込んでくる大きく元気な声。

 勢いよくドアが開かれる。


「ニーナ? どうしたの?」

「ねぇねぇお兄ちゃん知ってた? なんかさ、他所の国では大事な人に『気持ちのこもった』贈り物をするって話をミライさんに聞いたんだよ」


 ヨハンの姿には目もくれず、ニーナは持っている鞄から毛糸で編まれた物を取り出した。


「それでね、ミライさんが裁縫を教えてくれてさぁ。お兄ちゃんに渡したくて」

「そうなんだ、ありがとう」


 そうして手渡されるのは毛糸の帽子。モニカとエレナとサナの視線が唇をヒクヒクとさせているカレンに集まる。ニーナと被ってしまったのだと。


「残念でしたわね」

「べ、別にこんなのは気持ちが大事だし、気にしてないわよ」


 明らかな強がり。精一杯の平静を装う。


「あとね、なんか楽しくなっていっぱい作っちゃった!」


 続けざまに取り出されるいくつもの毛糸の織物。

 バババッと素早く手渡すそれを見る面々は思わず目を疑った。帽子だけに留まらず、セーター、マフラー、手袋とあるのだから。


「って、あれ?」


 渡し終えたニーナは目の前のヨハンの姿を見て疑問符を浮かべて首を傾げる。


「お兄ちゃんもう全部持ってるの? なんで? どうして?」


 一色に統一されたニーナが手渡した毛糸の織物とは別物。


「…………」

「残念だったわね。あの子がバカで」

「ちょっと行ってきますわ」


 張り付いているエレナの笑み。凍りの微笑。


「これもみんなからもらったんだよ」

「へぇ。結局みんなお兄ちゃんのことが好きなんだよね」


 満面の笑みのニーナ。

 そのニーナの腕をガシッとモニカが掴む。モニカだけではない。エレナもサナもニーナを取り囲んでいた。


「どうしたのお姉ちゃん? なんか怒っているようだけど? それにエレナさんもサナさんも」


 その言葉を聞いた途端、モニカ達は我慢ができなくなる。


「あんたのせいじゃない!」

「あんたのせいよ!」

「あなたのせいですわ!」

「えっ?」


 突然怒声を張り上げられることにキョトンとした。


「な、なんのことっ!?」


 わけもわからず怒られるニーナは思わず涙ぐむのだが、そのニーナの頭にヨハンの手の平がポンと乗せられる。


「ありがとうニーナ。あのね、みんなが怒っているのはね」

「う、うん」

「みんなは僕に一つだけ持って来てくれんだ。でもニーナは四つも持って来たんだよ」

「そうなんだ」

「だからそれがダメだったんじゃないかな? よくわからないけど、たぶんその国のルールには一人につき一つじゃないと効き目が薄いとかあるんじゃないかな?」


 ヨハンなりの解釈を入れて説明をする。


((……ちがうわよ))

(……ちがいますわ)


 しかしエレナ達は内心でその解釈を否定する。


「効き目? なんのこと?」

「祈願成就でしょ?」

「ううん。あたしが聞いたのは違うよ?」


 瞬間、ニーナの腕をグイっと力強く引っ張るのはモニカ。


「もうそれぐらいにしとうこうかニーナ。あんたいったいどれだけ引っかき回せば気が済むのよ!」

「だからなんのはなしっ!?」


 モニカの目が据わっている。


「あらヨハン様、そんなに頂いたのですね。二着ですか。着回すには丁度良いですね」

「そうですね」

「大事に着てよねお兄ちゃん!」


 部屋を訪れたネネが見るヨハンの姿。腕にはがっしりと抱き着いているニーナ。


((((四つで一セットって……))))


 モニカもエレナもカレンもサナもネネの言葉によってやるせない気持ちになってしまった。


(なんだかこの感じ、前にもあったような……)


 ヨハンに抱き着くニーナを見て、サナが覚える既視感。


(まぁ、ヨハンくんが喜んでくれてるならそれでいっか)


 楽しそうな雰囲気には違いはない。もうそれで良かった。

 そうして王都の夜は静かに更けていき、少しの雪が積もっていく。



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