第五百二 話 特別閑話 プレゼント(中編)
エレナとモニカが王宮で話を聞いているその刻を同じくして。
「なにかいい口実はないかなぁ」
王都の中を歩きながら思案に耽っているのはサナ。なんとか理由を付けてヨハンのところへ訪れたいのだが、理由もなく訪問するなどできようはずがない。しかし逆にいえば何らかの用事があれば訪れるのも極々自然。
「ナナシーは今日レインくんと出掛けてるみたいだし」
そうなるとパーティーも違えば休暇に入っている今口実がない。顔を見たい。会いたい。話したい。このままでは窒息してしまう。
「せめて贈り物でもできたらいいのだけど」
視線を落として右手首を見る。チャラっと音を鳴らすヨハンからもらったブレスレット。今となってはただの大事な装飾品ではなく、ウンディーネの力を宿していた。戦力の底上げでは済まないその力。
「お返しだったら問題ないかな?」
しかしとはいうものの、重たい女にはなりたくはない。自然な口実が一番望ましい。
「あっ、あれ……――」
そうして歩きながらふと目に留まったのは露店に吊り下げられている毛糸のセーター。赤がしっかりと映えている。
(あぁアレ、ヨハンくんによく似合いそうだなぁ)
そのセーターを着ているヨハンの姿を想像していると露店の女店主と目が合った。
「お嬢ちゃん、ジッと見ているが、これが欲しいのかい?」
「えっ? あぁ、そうなんですけど、でも私のじゃないんです」
「つまり、誰かを想像していたということだな?」
「い、いえ、違います!」
思わず反射的に両手を振って否定する。
(って、別に今は慌てなくてもいいのか)
その意気地のなさに我ながら辟易としてしまい苦笑いした。
「なんじゃ、違うのかい」
「……すいません、実は気になる男の子のことを考えていました」
溜息を吐きながら、せめて知らない人には素直に気持ちを曝け出すことから始めようと本音を漏らす。
「ふむふむ。その様子だとまだ付き合っておらんようだな。お嬢ちゃん程に可愛いけりゃすぐに付き合えるだろうに」
「そんなことないですよ」
苦笑いしながらの返答。そもそもとして元々の分が悪い。普段から一緒に過ごせないどころか、いつの間にかできた婚約者。それに加えて周囲を取り囲んでいる女性達の凄さったらこの上ない。これ以上なにがあるのかという程。
「……はぁ」
改めて思い返すだけで溜め息が出る。
「なんじゃい。上手くいっておらんのかぃ。だったらその身体を使えば十分気を引けるだろうが」
指差す先は胸。豊満な胸。
「そ、そんなの私には無理です!」
バッと慌てて両手で覆い隠した。
(このひと、人が気にしてることをズバッと…………)
歳の割には――というよりもそれどころか一般的な大人の女生と比較しても余りある大きさの胸。
人によっては羨ましいらしいのだが、大きければ大きいなりの不満もある。これ程大きくある必要はない。
「ふぅむ。奥手な子じゃのぉ」
「ほっといてください」
「つまるところ、その意中の男性に贈り物ができたらいいんじゃな」
「それができるならそうしてますよ」
「なら、こんな話はどうだい? こんな商売をしていると色々と面白い話を聞けてのぉ」
「面白い話?」
「ああ。このシグラム国ではない、とある異国の話じゃ。このような寒い時期に意中の相手に贈り物を贈る風習があるそうなんじゃ。それにかこつけて渡してみてはどうだい?」
「へぇ……」
「ほれ、丁度雪も降り始めて来た。そこでは雪は縁起がいいとされておる」
「そうなんですね。もう少し詳しく教えてもらえますか?」
付け焼刃かもしれないが、口実があればそれに越したことはない。
「――……という話じゃ」
そうして聞いた話は偶然にもエレナとモニカと同じ話。
「…………」
サナは口許に指を送り、考える。これ以上ない程に都合の良い話ではないかと。
「わかりました。ありがとうございます。じゃあそれください!」
「まいどありぃ」
そうして話を聞き終えたサナはセーターを購入することとなる。
(――……それがどうしてこんなことになってるのよ!)
しばしの回想を終えたサナは目の前の光景に呆れてしまっていた。
自分だけではなくエレナとモニカが同じような話を聞いているなんて。カレンだけはサナとエレナの話を聞いて慌てて用意している。
「それにしても、不思議な国なんだねそこ」
「え?」
「だって、祈願成就のために異性に贈り物をするなんて」
「祈願成就?」
笑顔で話すヨハン。その言葉にどこか足りなさを感じたモニカはエレナとサナを見ると、フイっと顔を逸らされた。
(も、もしかして、ちゃんと話してないの?)
恋人に贈るプレゼント、又は意中の相手に贈るのがその国の風習。それを歪曲とまでは言わずとも正確に伝えていないのだと。




