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第五百一  話 特別閑話 プレゼント(前編)

 

 陽が完全に沈みきったこの時間。本来であれば大きな月と夜空を彩る星空が燦々と王都を照らしているのだが、生憎とこの日は曇り空。


「さむぅ。にしても雪なんて珍しいわね」


 金色の長い髪を背中に流している少女が見上げると、しとしとと雪が降り始めていた。王都で雪が降る気候になるということ自体が珍しい。


「えへへっ」


 少女の周囲を行き交う人々の中には寒さに身体を縮こませて歩いている者もいる。

 そんなただでさえ気温が低く、冷え冷えとした中。しかしそんな寒さであってもこれからのことを思うと高揚感が湧き上がって来ていた。心の中ではうきうきとどこか足取りを軽くさせながら歩いている。


「ヨハン、喜んでくれるかな?」


 向かっている先は中央区のヨハンの屋敷。金色の長い髪の少女――モニカの腕の中には大事そうに抱きかかえられているのは布袋。


(……でも、どうやって渡そうかなぁ)


 衝動的な思い付きによって唐突に贈り物を用意したのだが、その渡し方がわからず軽快な足取りとは対照的に頭を悩ませていた。

 そうして結論が出ないままいつの間にか屋敷の前に着いてしまっている。


「ま、まぁ勢いで渡せばなんとかなるかな?」


 日頃の感謝の気持ちだと言えばなんてことはない。よくある贈り物の言葉。


「あら? モニカさんもいらしたんですか?」

「も?」


 玄関で顔を合わせたネネの言葉にふと引っ掛かりを覚えた。


「ええ。先程エレナ様とサナさんもいらしたので。今はカレン様もご一緒にいらっしゃいますよ。その様子ですと偶然ご一緒になられたみたいですね。約束せずにこうして皆さんお集まりになられるところをみると相変わらず息が合うようで。仲がよろしいのは良いことです。では失礼します」

「はぁ……」


 軽く頭を下げながらスタスタと歩いて行くネネ。


「もしかして……――」


 モニカの内心は先程のネネの言葉とは全く違っている。屋敷に住んでいるカレンがその場にいるのはわかる。サナがどうしてここにいるのかはわからないが、しかしエレナがいる理由に関しては思い当たることがあった。


「――……先を越された?」


 ヨハンの下を訪れている理由が恐らくエレナと一緒なのだからだと。

 妙な不安が胸中を駆け巡りながら、ヨハンの私室をノックする。


「はい」

「私だけど、入ってもいい?」

「モニカ? いいよ」


 ゆっくりとドアを開け、隙間から部屋の中を覗き込むとその不安が見事に的中していた。

 部屋の中央に立っているヨハン。その周囲にはカレンとエレナとサナ。


「ヨハン、それ……」

「え? あっ、これ?」


 目を疑うような光景。ヨハンは部屋の中だというのに頭と上半身、首とそれぞれ毛糸の衣装を身に付けている。


「もしかして、モニカも?」

「やっぱりエレナも?」

「え、ええ。やはり考えることは同じでしたか。いえ、同じ話を聞いていたのですからそれも自然ですわね」

「そうね、相変わらず息が合うわね」


 そこだけはネネの先程の言葉通り。事あるごとにエレナと似たような思考に至るのはいつものこと。それが共に過ごす居心地の良さを感じさせるのにはもう慣れたものなのだが、ここに至ってはそれが歯痒い。


(でもこればっかりはしょうがないか)


 同じ人を想っているのだから、ここで居合わせることも当然。むしろそこに思考を回せていなかったことが思慮不足。諦めて遅れながらも同じ土俵に立つしかない。


「あのさヨハン、これ、私からのプレゼント。日頃の感謝を込めて」


 打算や思惑などは捨て置き、精一杯の気持ちを込めて手渡す。

 幸いなことに、今ヨハンが着ている帽子とマフラーとセーター、そのどれとも被らなかった。


「ありがとう。開けるね」

「うん」


 一体何が入っているのだろうと袋の中を覗き込むヨハンなのだが、内心では僅かに困惑している。


(なんだかもらってばっかりで申し訳ないな…………)


 日が暮れる少し前、突然エレナが来てはマフラーを贈られ、次にはサナがセーターを。その後に慌てた様子のカレンが帽子をくれた。

 妙にジッと見られている気がするモニカからは何を貰うのかと、僅かに思考を巡らせる。


「へぇ。手袋なんだ。ありがとう。これも温かそうだね」

「気に入ってもらえた、かな?」


 上目づかいで問い掛けるモニカ。


「もちろんだよ」

「よかった」

「でもみんなそんな話良く知ってたね」

「たまたま教えてもらったのよ」


 贈り物を渡すこととなったきっかけ。それはエレナと二人、昼間に王宮を訪れていた時のこと。


『それにしても今日は冷えますわね』

『雪でも降ればいいのになぁ』

『わたくしは遠慮願いますわ』

『そう? いつもと違うのって楽しいじゃない』

『わたくしはモニカと違って温室育ちですわ』

『はいはい、どうせ私は野生育ちですよ。ニーナほどじゃないけどね』

『それもそうですわね』


 天真爛漫なニーナ。その境遇は常人であれば過酷な環境だったはず。それを意にも介さずあっけらかんと話す様には驚かずにはいられない。


『エレナ様、さきほど雪と聞こえてきましたが?』


 王宮の廊下をすれ違う際に振り返った使用人の女性。


『ええ。こんな冷えていると雪でも降りそうだと。それがどうかしましたか?』

『いえ、先日面白い話をお聞きして、書庫を調べたら確かにそういう文化が他国にはあるそうですので』

『文化、ですか?』

『はい。それがなんとも素敵な話だったのです』

『もし良ければ教えて頂けますか?』

『はい。もちろんです。えっと、こういったお話です……――』


 使用人からエレナと二人で寒い時期に贈り物をする習慣がある国について聞くこととなった。

 話の内容としては、身分違いの男女が内密に手紙のやり取りをしており、戦地に赴くことになった彼。離れた場所であってもお互いを感じられるように、肌身離さず大事にしていた物の贈り物を贈り合う。

 彼の無事を祈る彼女が贈ったその贈り物は、実は国の秘宝であり、それが彼の命を救う役目を果たした。それほどまでに彼のことを想う気持ちを汲み、帰って来た彼女の父親は彼との交際を認めることになる。


『――……そのお話が元となって、今ではその国でこのような時期に恋人が贈り物をするという文化が根付いたようです』

『確かに素敵な話ですわね』

『なんかいいなぁ、そういうの』

『モニカ様もよければ大事な人に何か贈り物をしてみてはいかがでしょうか?』

『そうね、考えておくわ』

『…………』


 思案に耽っているエレナの横でモニカが答えていた。

 そうして今現在の状況に至っている。



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