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第四十九話 閑話 レインの葛藤

 

 俺はこの学校の中でも特に強いと思って入学した。


 その根拠に実際これまで王都の同年代の連中にはただの一度も負ける事はなかった。

 その事実が自信を植え付けていた。


 冒険者学校への入学を決めたのはそういう背景があったからだ。


 これなら冒険者として十分にやっていける、と。


 だが、そんな自信は見事に粉々に打ち砕かれた。

 こんなことならもっと子供の時に必死に鍛錬に励んでいれば良かった。

 そうすれば何かが変わったかもしれない。



 レインが入学式前日に会った同室の男の子、その後に会ったモニカにエレナ。

 偶然とはいえ、それから行動を共にすることが多くなった。


 そして、学生生活を過ごす中で、その近しい者たちと比べると徐々に劣等感が芽生えていく。


 これまで、子供ながらに自分より強いものがいないことで強さの上に胡坐をかいていたのだ。



 ただそれでも、レインのその強さは他の学年で入学していれば首席になってもおかしくない程の実力。


 それが幸か不幸か、レインの入学したその学年には自分よりも強い人間がいた。


 上には上がいるということは既に知ってはいたが、それは卒業してからの話で今の自分には関係ないと思っていた。


 その圧倒的な力を目にすると、今まで自分が自信を持っていた強さが馬鹿らしく思うこともあった。



 ――――あの初めての野外実習。


 この目で初めて目にしたビーストタイガーは圧倒的な存在感だった。

 自分みたいな小さな人間が立ち向かえるものじゃないと実感した。


 命より大事なものなんてない。


 商人をやっている親父から学んだ。

 例え運送中に身の危険に曝されたとしても、荷物を置いて命を護れと何度も言われた。命あっての物種だと。


 自分が強いと思っていた当時の俺は、その言葉を真剣に聞いていなかった。

 あの時の自分に馬鹿野郎と言いたい。あの時もっと真剣に聞いて、真剣に取り組んでいればまた違った見え方がしたのかもしれない。


 だから俺は、ビーストタイガーを一目見て「逃げよう」と口にした。意図して逃げようと言ったのではなく自分でも気付かない内にいつの間にか口にしていた。



 だが、あいつは立ち向かっていった。目の前にいた他の学生を助けようと言った。

 それはあいつ自身が持てる強さによる自信の裏打ちがあったのかもしれない。

 入学式の日に対峙したあの強さは確かに圧倒的なものだった。


 実際はどうなのかわからないが。


 その圧倒的な強さは卒業してから目にする自分より上の存在だと認識していた。

 だからあいつもモニカもエレナも別枠に見ていた。


 ……エレナはその素性から当初から別枠扱いだったが


 もしかしたらあれからなのかもしれない。

 そんなあいつの強さにどこか憧れを持っていたのは。


 偶然にもあいつと一緒の部屋になって、行動を共にすることになった。

 あいつは本当に世間知らずの鈍感野郎だ。


 けれども、その強さは際立っている。羨ましい程に。


 魔族が現れたあの魔法実技テストの時だって、普通じゃ扱えない光魔法でいとも簡単に魔族を倒しちまった。魔族ってなんだよ。


 実際に簡単だったのかなんて俺にはわからねえが、わかっていることは、あいつと行動を共にすることでその強さは決して素質の上に胡坐を掻いているものじゃないってわかった。


 あいつは大陸最強冒険者を両親に持つ、謂わば生まれつきの天才だ。

 俺なんかが敵うはずがねぇ。あいつは凄い。


 何が凄いって、一緒の部屋の俺にはわかる。あいつは毎日鍛錬をかかさない。

 天才がさらに努力を重ねればそれはとんでもないことだ。


 敵わなくて当然だ。



 シェバンニ教頭に言われた言葉が頭に残る。


『あなただけ見劣りするのは嫌でしょう?』


 ああその通りだ。



 だが、そうは言っても天才の隣に立つ俺は何なんだ?ただの引き立て役か?ピエロなんじゃないか?この時にはあいつと同室だったことを恨んだりもしたっけ?


 そんな俺にシェバンニ教頭が補習を行った。

 周りがとんでもないから見兼ねたのだろう。


 それとも、このまま一緒に居ればそのうちいつかついていくことができずに俺は命を落としてしまうのだろうか?


 シェバンニ教頭の思惑はわからない。


 そんなことを考えながらシェバンニ教頭との補習は始まった。


 そんな中、いつからだろうか。


 あいつの横に立ってみたいと思ったのは。


 あいつの強さに憧れを持って、その補習には熱が入るようになった。

 本来は本当に本気で冒険者を目指しているもっと子供時代にしていなければいけないことを今真剣に取り組んでいる。



 そして迎えたジャイアントベア襲撃。


 まさかアンデット化しているなんて想定外の事態だった。


 それでもいくらかの自信は身に付いている。


 シェバンニ教頭にも言われた。

『あなたは、素質はあるのですから腐らずに頑張りなさい』と。


 きっと本当のことだろう。


 今こうしてモニカと並んで同じように戦えている。

 エレナの動きを見失うことなくその視界に捉えられている。

 あいつの足を引っ張らない様に戦えている。


 そうしてスフィアさんがジャイアントベアを倒した。

 俺も戦えた。

 これからはもっともっと、いつか本当の意味であいつの横に立てるようになるんだ。



 そう思った。


 その瞬間には、目の前でスフィアさんが血を吐いて倒れた。

 えっ?は?これは何だ?一体どうしたんだ?何が起きた?


 思わず膝を地面についた。

 頭の中が真っ白になった。動こうとしても自分の身体ではない感覚に襲われる。


 だが、そんな時でもあいつは冷静に周りを見ていた。

 本当に凄いやつだ。俺に出来る事と言ったらあいつが指示したことを素直にするだけ。

 俺にできない事をあいつは指示しない。きっとそうなんだろう。


 そして俺が身動き取れなかったシトラスを退けた。情けない話だ。

 あいつの強さには際限がないのだろうか。


 別に望んでこのパーティーを組んだわけじゃない。偶然居合わせて、偶然俺にもそこに付いて行ける力がほんの少しあっただけだ。


 この旅が終わったらもう一度考えてみよう。今後の身の振り方を。



 そんなことを考えていると女の子に出会った。


 薄緑色の髪の綺麗な顔をした女の子に。およそ戦えるようには見えなかった。おしとやかな女の子。


 でもその女の子が目の前に立って戦うと言っている。

 それも俺だけじゃなく、モニカどころかあいつも交えて三人同時で、と。


 ――ふざけんじゃねえ!


 あいつの強さを見誤るなよ?

 あいつは……あいつは…………。なんだか無性に腹が立ってきた。


 俺は女の子に一人で向かっていった。


 しかし一瞬で倒された。

 老人に言われた。実戦なら死んでいたと。確かにその通りだ。何も反論できない。


 いくらかの自信がついたのは事実なんだけれど、それを上回る出来事が俺の周りで目まぐるしく起きる。



 そうして馬の手綱を引きながら旅の終わりのことを考えていた。



 もう旅の終わりが近付いている頃に世界樹を見た。


 およそ普通の冒険者では見ることのできないであろうその大樹は俺を感動させるには十分だった。

 これまで悩み苦しんだこと、その全てがどうでもいいと思えるぐらいに本当に感動した。


 それでも、その感動した輝きは一部でしかないという。


 これで?この輝きで?


 本来の輝きを見てみたいと思った。

 そのためには成さなければならないことがあることもある程度知った。


 俺にできるのだろうか?

 再び悩み考える。


 いや、こんな俺でも出来る限りのことはやってみよう。


 旅の終わりにしようと思っていた事に一つの答えがでた。



 あいつは両親がとんでもなく凄くて、その上努力家だ。

 けど、これまでの凄腕冒険者や歴史に名を残す英雄たちの親も凄かったのだろうか?

 きっとそんなことはないだろう。ふつうの家の生まれの人もいたはずだ。


 なら俺が何も成し遂げられないなんてなんて誰が決めた?


 俺自身だ。俺にも何かできるはずだ。やってみよう。


 決心する。



 そして迎えた綺麗な女の子との別れ。


 改めて振り返ってもこの子、本当に強かったな。

 まぁ人間より強大な魔力の持ち主のエルフなんだから当然なのかな?


 別れ際にそのエルフの女の子に笑顔を向けられた。


 あれ?ドキドキするぞ?なんだ、これ!?



 旅の終わりにしようと思っていた事に一つの答えをだして、その先にしようと思った事に対しても一つの道も見つけた。


 この先どうなるかわからないけど、この決心はきっと鈍らないだろう。



 あの『世界樹の本当の輝き』と『あのエルフの女の子の笑顔の輝き』を見るためなら。


 いつまでもあいつの、ヨハンの横で胸を張って立っていられることができるのなら、きっとそれは叶うと信じて。



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