第四百九十八話 閑話 二人きりの依頼②
「待たせた」
「いえ、とんでもないです」
しばらくして応接間に姿を見せたカールス・カトレア侯爵。後ろには見知らぬ少年を伴っている。
「叔祖父さん。本当にこんな奴に剣を教わるの?」
「ああ。こう見えて巷では竜殺しと呼ばれておる」
「ふぅん」
疑念の眼差しを持ってジロジロとヨハンを見ている少年。
その会話のやり取りからして、カトレア卿の血縁者なのだということはわかる。
「彼は侯爵のお孫さんで?」
「いや、位置的には少し違うな。正確には妻の姉の孫だ。伯爵家として遠方に土地を持っているのだが、今日と明日と王都に滞在していてな」
ニコニコとしているカールスに対して仏頂面をしている少年。
「はじめまして、ヨハンといいます」
「マリウスだ」
手を伸ばして握手を求めるのだが、マリウスは視線をチラッと向けるのみで顔を背けた。
「すまんな。この通り、少し強情なところがある」
「どうして叔祖父さんが謝るのさ。ぼくは伯爵家の子だよ? コイツは平民だよね」
「確かにその通りだ。しかしそうは言うが、彼は冒険者であり私の依頼人だ。礼節は弁える必要がある」
「でも所詮学生なんだよね? だったらそんな必要ないと思うけど」
「不遜な態度を取っているといつか足元を掬われる。それにこの子はただの冒険者ではない。学生に於いて前例のないS級に昇格している。これは現国王でさえ成し遂げられなかったことなのだ。それだけでなく、マリウスは知らないが他にも色々と評判は良い」
「こいつがねぇ。ま、叔祖父さんが言うんだし仕方ないか。じゃあよろしくな、竜殺しさん」
ニヤッとマリウスは小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
その態度に嫌悪感を示すのはヨハンではなくモニカ。
「……ヨハン、やっぱり私帰るわね」
「え?」
呆れたように声を放つ。
「あっ、うん……」
明らかに見て取れるほどに不快感を露わにしているモニカを引き留めることは出来ない。
「ん? お姉さん、すっごいキレイだね。良かったらうちで働かない?」
チラとカールス卿の顔を見ると、ほんの一瞬だけ難しい顔をしたのをモニカは見逃さない。その表情の理由にもなんとなく推測は出来た。どうしてこの依頼が出されたのかと。
「どうかな? 父上に話して報酬は奮発してもらうからさ」
「嫌よ。あなたみたいな生意気な子」
「なっ!? 僕が生意気だって!?」
「ええ。自覚がないのね。だったらそのままだと間違いなくあなたは碌な大人に育たないわ。私が保証する」
「なななッ!?」
「ちょっとモニカ。さすがに言い過ぎだって」
慌てて声を掛けるヨハン。それに対してモニカは嘆息する。
「侯爵様、ご無礼を働き大変失礼しました。しかし、私はお高く留まった貴族様は少し苦手としていますのでご容赦願います」
「いや、構わんさ」
互いにジッと目を見つめ合わせる。何かしらの無言の意思疎通が行われていた。
(もしかして、モニカ、わざと?)
その二人の様子を見ながらヨハンは首を傾げる。いくらなんでもモニカも初対面の貴族の子息にこれだけの無礼は働かない。
「叔祖父さん、この姉ちゃん叔祖父さんの評判を知ってるからこんなこと言うんだぜ。一度痛い目を見せたらいいんじゃない?」
自身の態度を責められたにも関わらず、マリウスの態度は変わらない。むしろ貴族としては当然の反応。
「それが出来れば苦労はしないがね。それが証拠に彼女は先日騎士のほとんどを倒している。無理やりにすれば痛い目に遭うのはこちらだ。武力では敵わないさ」
「ご存知だったんですね」
「無論だ。私を誰だと思っている」
「そうでした」
その笑顔を見るなり、何を言わんとしているのかすぐに理解した。侯爵として耳に入らないはずがないのだと。
「そういうわけで君のことももちろん知っている。モニカちゃんだね。いつもヨハンと仲良くしてくれているようで。ありがとう」
「はぁ……?」
その穏やかな表情。感謝の言葉を投げかけられる必要はない。ただ、ここで侯爵の意図している部分はわかる。だが、それはそれで若干の腹立たしさもある。ヨハンを利用しようとしているのだと。依頼なのだからそれも仕方なしなのだが、それだったらきちんと説明しておくべきだと。
(でも、もっと怒られるかと思った)
敢えて必要以上にわざと悪態を吐いていた。それがどうしてこのような表情を向けられるのか。しかしその表情はすぐさま鋭い視線へと変わる。
「だがな、マリウスの言うことも尤もだ。他の貴族、特にブルスタン家ではそういった態度は取らない方が賢明だな」
諭すようにモニカに声を掛けるカールス。その伝えたいことはモニカも理解している。一応相手を見て発言したつもりなのだが、それが通じない相手もいるのだろうということ。
「……申し訳ありません」
すぐに謝罪の意を示すと、カールスはニコリと笑う。
「いやなに、気にしなくていい。冒険者たるもの、時には自身を貫き通すことも必要となろう。いや、違ったな。信念の強さは冒険者でなかろうと、誰であろうとも必要になろうな」
「……はぁ」
言わんとしていることはなんとなくわかる。意志の強さが何を引き出すのかということは。
「では、君にこの子をお願いしてもいいかい?」
「え? でも……」
帰ろうとしていた矢先の提案。依頼先はヨハンのはず。どうしてそうなるのか全く以て理解できなかった。
「実は、先日の騎士団とのことよりも前に君のことはヨハンから聞いていてね」
「ヨハンから?」
「ああ。剣の技術では自身をも上回る女の子がいると」
「そんな……――」
視線を彷徨わせながらも、チラリとヨハンの顔を視界に捉える。
「で、でもヨハンに依頼を出したんですよね?」
「二人でしてくれて構わないが? そのつもりで連れて来たのだろう?」
確認する様にヨハンへと顔を向ける。
「はい」
「それにもちろん報酬もきっちりと払おう。二人で来たからといって一人分しか払わないというケチ臭いことはせんよ」
「そんなこと別に……」
「どうせぼくも教わるなら姉ちゃんの方がいいな」
二人の様子を見るモニカは逃げようがないのだと、助けを乞うようにヨハンを見るのだがニコリと微笑まれた。いよいよどうしようもない。
「はぁ。わかりました。少しだけでしたら」
諦めてマリウスの剣術指南に付き合うことになった。
「先に言っておくけど、私の指導は厳しいわよ?」
「へんっ、ぼくだって剣術ぐらいやってるんだからね!」
自信満々のマリウスを連れて庭園へと出ていくことになる。




