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第四百九十七話 閑話 二人きりの依頼①

 

「ヨハン様。ご依頼が届いております」


 三日後にはサンナーガの遺跡へと向かうことが決まっているのでやり残しはないかと屋敷に顔を出していたところでネネに声を掛けられる。


「依頼?」


 疑問に思うのは、指名依頼にしても妙なところ。つい先日王国からの依頼を出されているのだから。ギルドからの依頼だということも考え辛い。


「依頼人は?」

「カトレア様からでございます」

「ん?」


 そうしてネネから依頼書を受け取り確認すると、確かに書式や印は公式な依頼。書かれている文字に目を通すのだが、それでも疑問は拭えない。


「剣術指南?」


 依頼の内容はカトレア家の身内を指導して欲しいということだった。日時は急であるが、本日か翌日がいいとのこと。


「備考に無理を圧してまでとは書かれていますね。どうされますか? お断りされますか?」

「ううん。別に今日だったら断る理由もないし、お世話になってるからすぐにでも行くつもりだけど」


 ただ、恐れ多いのは剣術の指南役などしたこともないし、いつもは教わる側。一体誰を教えるのだろうかと。依頼書には対象者の詳細は記載されていなかった。


「どうかしたのヨハン?」


 疑問を抱きながら応接間のドアを開けるとモニカが首を傾げている。


「あっ、モニカ……――」

 時間があり暇を持て余していたモニカも一緒に屋敷を訪れており、今はのんびりと寛いでいるところ。


「――……そうだ! モニカも一緒に来てよ!」

「え? え?」


 名案が思い浮かぶ。

 困惑したままのモニカの腕を引いて連れ出し、そのまま真っ直ぐにカトレア邸へと向かった。



「――……まったく。そういうことならきちんと説明してよね」


 道中、モニカに事の成り行きを説明しておいたのだが、その表情は呆れ顔。


「ごめんごめん。僕一人だと自信なかったし、でもモニカがいると安心だったからさ。やっぱり剣といえばモニカだし、頼りになると思ったから。もしかして迷惑だった?」

「め、迷惑とかそういうわけじゃないのよ。ただ、その……――」


 途端に目線を彷徨わせてもじもじとするモニカ。その様子に疑問符を浮かべる。


「――……よ、ヨハンにしてはその、ちょ、ちょっと強引だったから」


 顔を仄かに紅潮させながらチラリとヨハンの顔を見ていた。


「や。そ、それも別に迷惑とかじゃないのよ。そういうヨハンの一面も素敵だなって思うし、頼りにされるのはやっぱり嬉しいし…………って、どこ見てるの?」


 その反応を窺うようなモニカの視線。しかしヨハンはモニカの顔を見ていない。周囲をキョロキョロとしている。


「着いたよ」

「え?」

「あっ、ごめん。何だった? 前に来た時は馬車だったから、ちょっと場所の確認をしてて聞いてなかった。なんて言ったのかもう一回言ってくれる?」

「い、い、言うわけないじゃないッ!」

「どうして怒ってるの?」

「そんなことはもういいから! それで着いたんでしょ! ほら入って良いの? 悪いの?」

「あー、カールス様にはいつでも来て良いって言われてるから」

「じゃあ良いのね、入るわよ!」

「え? あ、うん」


 カトレア邸の門を潜り、早足で歩いて行くモニカ。その後ろ姿を見送りながら首を捻るヨハン。


(まったく。ヨハンったらいつもあんな調子なんだから!)


 カレンを婚約者として迎えながらも、手を付けている様子も見られない。ただ、一部立ち回り辛くなったこと自体は事実であり、先日の騎士団との仕合――アーサーとの対戦の際の提案が脳裏に甦って来る。


(そういえばヨハンって私のこと、どう思ってるんだろ?)


 仲間としての関係が既に築けているのは承知。知りたいのはそんなことではなく、異性としての距離感。聞いてみたい気もするが、踏み込むのに必要な勇気は戦闘に必要な勇気とは種類が異なる。


(卒業後、かぁ)


 抱く感情にいつかは決着を付けなければならない。ヨハンがカサンド帝国を訪れている期間に想いは募るばかり。

 卒業後の進路に迷いが生じていることも事実。父は寂しがるだろうが、母は後押ししてくれることはわかっていた。


(今度聞いてみよっかな)


 先日出していた母への手紙の返信が帰って来ている。近々、荷の運送があるので王都へ訪れるのだと。約一年振りに会えることになる母との再会は待ち遠しくて仕方なかった。


「モニカ、ちょっと待ってよ」

「あ、ごめん」


 そんなことを考えていると、先程まで抱いていた複雑な感情が落ち着いている。


「ヨハン様、いらしてくださったのですね」


 侯爵邸の広大な庭園で声を掛けて来たのは屋敷の使用人の男性。


「こんにちは。突然の訪問すいません」

「いえ。ヨハン様が訪れた際はいつでも歓待するようにと仰せつかっておりますのでお気になさらないでください。それに依頼を出したこともお聞きしておりますので」

「ありがとうございます。えっと、それで侯爵様はいますか?」

「はい。では応接間で少々お待ちください。ヨハン様がいらしたことをお伝えしてまいります」

「わかりました」


 屋敷の中に入っていく使用人。


「あっちだよモニカ」

「…………」

「どうかした?」

「ううん。なんだかヨハンが遠く感じて」

「遠く?」

「だってここ侯爵様のお宅、それも本宅よね?」


 周囲を見回す規模の大きさ。流石と云わんばかりの大きく構えている屋敷の規模と綺麗に整えられた広々としている庭園。わかってはいることだが、最上級の貴族の屋敷に他ならない。

 それを意にも介さず、使用人とはいえ気軽に会話を交わす様はモニカからすれば妙な感じに映る。


「うーん、僕も最初はそうだったけど、なんか慣れちゃって」


 頭を掻きながら思い返すのは、いつも温和なイルマニがこういった貴族絡みのこととなると途端に口うるさくなるということ。自身の立場と成し得た事柄を冷静に客観視しろと。変にへりくだる必要も、媚びへつらう必要も、かしこまる必要もないということ。いつも通りの生活を送りながら貴族社会に慣れろ、と。


「そういうものなの?」

「それでいいんだってさ。だからモニカもそのうち慣れるんじゃないかな?」

「……だったらいいけど」


 当分慣れそうにないなとモニカは思いながら、ヨハンに案内されて応接間へと向かって行った。



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