第四百九十五話 予想外の結末
「――……ねぇ、カレンさん」
「なによ。今大事なところなのよ」
ニーナの問いに端的に答える。
繰り広げられている真剣勝負から片時も目が離せない。
「あのさ『ふぃあんせ』ってどういう意味なの?」
「えっ? そんなの決まってるでしょ。私とヨハンのことと同じよ」
「お兄ちゃんとカレンさんと同じって…………もしかしてそれって、婚約者ってこと?」
「当たり前じゃない。だからフィアンセっていうのは言い方を変えてるだけよ」
「えっ!?」
「そんなことより、あなたもちゃんと見なさい。これだけの戦い、見ているだけで勉強になるわ」
何を考えていたのかと思えばそんなことかと。思わず呆れてしまう。
「じゃあお姉ちゃん負ければあの人と婚約するの!?」
「だからさっきからそう言ってるでしょ! 何をいまさら!」
「そんなのダメに決まっているじゃない!」
ニーナに向けて顔を向けようとしたその瞬間、ニーナの姿はそこにはなかった。
「ちょ、ちょっとニーナ!?」
その場を飛び出すニーナを追いかけることは適わない。声を掛けようにも全く間に合わない。向かう先は明らかにモニカとアーサーの下へ。
「……それは、危険だね」
アーサーの目に映るその気配。明らかに満身創痍なはずのモニカから発せられる存在感。
(想像以上だよ)
これまでに何度となく強者を目にしてきたが、目の前の少女はこの短時間の間にグングンと強さを引き上げている。
「どこまでいくのか見てみたいものだが」
そんな悠長なことも言っていられない。これ以上は自身の身の危険を覚える程。それほどに木剣が宿している輝きは眩い。
「……はぁ、はぁ、はぁ。いく、わよ」
木剣の輝きと同種の輝きを孕んでいるその瞳。容姿もさることながら、その瞳に思わず吸い込まれそうなほどに魅入ってしまう。
「こんな子がいたなんてね」
是が非でもこの勝負に勝ちたい衝動に駆られた。元々思い付きの提案ではあり、相手の気持ちがないのであれば約束は無効にするつもりだったのだが、それも今となってはよく提案したものだと自画自賛したい程。
「その勝負! ちょっと待ったー!!」
「なに?」
「ん?」
決着をつけるために最後の攻防を交わそうとしたその瞬間、突如として聞こえてきた声。
「「えっ!?」」
モニカとアーサー、二人して声の方角に顔を向けるのだが、その困惑する声が同調する。
「が――はっ!」
モニカが目で追うその光景。
目の前でアーサーの身体が脇腹からくの字に折れていた。
「え?」
刻が止まったのかと錯覚するほどに目の前の光景が緩やかに流れていく。
くの字に身体を曲げていくアーサーへ両足を揃えて見事に飛び蹴りを喰らわせていたニーナ。一体全体どうしてこのような光景を目にすることとなったのか全く以て理解できない。
理解が追い付かない目の前の事象を、ただただその眼に映しながら、弾き飛ばされていったアーサーを見送る事しかできなかった。
「……えっ?」
微かに漏れ出る疑問の声。
視線をアーサーが元居た場所に戻すと、鼻息を荒くさせているニーナの立ち姿がある。
「お姉ちゃんをお嫁にいかせるわけないじゃない!」
怒り心頭といった様子を見せながら、吹き飛ばしたアーサーに向かって言い放った。
「ちょ、ちょっとニーナ!」
その場に慌てて駆けつけるヨハン達。
「ごめんモニカ」
「え? あっ、うん……」
何をもってしてのごめんなのか、未だに理解できない。
「こらニーナ、何してるの」
「でもお兄ちゃんはいいの!? お姉ちゃんを取られるんだよ!?」
「いや、そうだけどさ」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ!」
「え?」
「なんでそんな約束するのさ!」
「あっ、えっと……ごめん、なさい」
どうして謝ってしまうのか。憤慨しているニーナを目にしていると自然と謝罪の言葉が出てきてしまっていた。
「まったくもうっ! まったくもうだよ!」
一向に怒りが収まる気配を見せないニーナに呆気に取られてしまう。
「これ、どうしよう?」
「どうしようと言われましても」
エレナと顔を見合しながらヨハンは苦笑いするしかなかった。
「ちょ、ちょっと! どういうことよ!?」
ようやくいくらか冷静になったモニカが声を掛ける。
「あー、ちょっと待って。わたしが説明するわ」
額を押さえているカレン。頭痛がして仕方ない。
「ごめんなさいモニカ。あの、この子、どうやらフィアンセって言葉の意味を遅れて理解したのよ。それで、納得いかないって飛び出したの」
「あっ……へぇ…………」
なんとなくだがその言葉だけで僅かに察した。それでも理解できるような理解できないような不思議な感覚。
「で、結局どうすんだよこれ」
「「「「…………」」」」
レインが問いかけるのだが、誰も答えを用意できない。ゆっくり目線は吹き飛ばされた先にいるアーサーへと向けられる。
「…………」
起き上がるアーサーも無言。俯いているので表情は見えない。跳び蹴りによるダメージはそれほど大きくない様子。
「まだやるっていうんならあたしが相手をしてあげるわよ!」
グッと握りこぶしを構えるニーナ。その後ろにはカレンが立つ。
「いい加減になさいっ!」
「あたっ!」
鈍い音が響くカレンの拳骨。
「なにすんのさカレンさん!」
「あなたは黙っていなさい!」
「だ、だって」
あまりのカレンの形相にたじろぐニーナなのだが、それでも踏みとどまった。
「だってもなにもないわよ!」
「ふ、ふふっ」
その様子を見ているモニカは不意に笑い出す。
「モニカ?」
スッとニーナの下にいき、モニカはその身体を優しく抱きしめた。
「大丈夫よニーナ。私はあの人のところになんて行かないわ」
「本当?」
「ええ、もちろんよ」
「ぜったいにぜったい?」
「ええ。ぜったいによ」
「約束だよ?」
「約束するわ」
「良かった!」
途端に浮かべるニーナの満面の笑み。
「ごめんなさいヨハン」
「いや、いいよ。僕としても安心したし」
「え? それって……」
どういう意味での安心なのかと問い掛けたかったのだが、それよりも先にアーサーがもう目の前に来ていた。
「すいません、アーサーさん。そういうわけですので、勝負は無効でお願いします」
「…………ははは」
顔を上げるアーサーもまた笑顔を浮かべている。
「いや、かまわないさ。どうやら私の独りよがりだったみたいだしね。それにこちらも幕引きみたいだ」
そのままアーサーが視線を向ける先にはキリュウとスフィアが歩いてくる姿が見えた。
「皆さんごめんなさい。隊長が暴走したみたいで」
「貴様ッ! いくらなんでも勝手が過ぎるだろうッ!」
「いや、確かに申し訳ないと思っていますよ」
「いいからそこになおれッ!」
怒声を発するキリュウの言葉に逆らうことができないアーサーはその場で縮こまり、膝を折って座る。
開戦当初の威厳の欠片も感じさせないその姿。
「キリュウさん、ほら、部下が見ているのだから」
「あ?」
「なんでもありません」
キリュウの剣幕に素知らぬ顔をするアーサー。
「さて。とにかくこれをもって今回の御前仕合を終了とする。全員解散ッ! 持ち場へ戻れッ!」
全体に向けて大きく声を掛けるキリュウ。観戦に訪れていた騎士たちはわけもわからないなか解散するしかなかった。
しかし、確実にわかったことはある。
「竜殺しだけじゃないぞあのパーティー」
「ああ。まさかあれだけの力があったとは」
「アーサー隊長と互角に戦えるのなんてどれだけいるんだよ」
思い思いの感想を抱くのだが、そのどれもがヨハン達キズナの驚異的な実力の高さを目の当たりにしたことだった。
「では今後の予定に関してはまた日を改めて連絡します」
「わかりました」
最後はスフィアの言葉により、今回の騒動を終えることになる。




