第四百九十三話 モニカvsアーサー
「おいおい、どっちが勝つんだよ」
「わかりませんわ」
「ヨハン、いいの?」
カレンの問いかけにエレナとレインも顔を向けていた。
「僕は、モニカが勝つって信じてますから」
ニコッと笑顔を返す。
(そういうことじゃねぇんだけどな)
(はぁ。ヨハンさんってこういうところがありますものね)
(わたしとしては……別にいいのだけど)
三者三様の考えを抱いていた。
「……準備はいいのかな?」
「ええ」
騎士団の鍛錬場で突如として現れた不可思議な光景。
ヨハン達によって倒された騎士たちが他の騎士達に介抱される中、鍛錬場中の視線を一身に浴びているのは金色の髪の少女。それと対峙している本来ここには立っていないはずの騎士。
(ああは言ったものの、私に勝てるかな?)
目の前に立つ騎士の風格そのものが既視感を抱かせていた。遠い記憶では母、最近の中ではアトムたちスフィンクスに近しいものがある。
『信じてるから』
だがしかし、それでも先程贈られた言葉が背中を押してくれていた。簡単に負けるつもりはない。
そうして間合いから一歩外れた距離に互いに向かい合う。
「では」
「ええ」
目に見える範囲では隙は見当たらない。しかし間合いから外れた距離を取っているというのは一般的な話。
(最初から本気でいくわよ)
この距離は即座に詰められる距離。紫電であれば。既に準備は整っている。
互いに木剣を構え、開戦の合図は必要としない。互いの動きだけで十分。
アーサーが踏み込みをするために僅かに体重を前に乗せようとした瞬間、モニカの足下がパリッと音を鳴らした。
「これは!?」
アーサーからすれば既に目の前にモニカが到達している。想定以上の速さ。
「はあッ!」
「ぐっ!」
反射的に木剣を振り上げるとガンッと鈍い音を鳴らした。
「防がれたっ!?」
「な、なるほどね」
互いに交差した木剣を押し合う。
「先程の速さでさえも全力ではなかったというわけだ。だが――」
「くっ」
徐々にモニカの体勢が悪くなっていった。
「力ではこちらに分がある」
グンッと一息に押し切られる。
「逃がさないよ」
後方に飛び退くモニカの後を追撃するアーサー。
「どうやらその技は踏み込みが必要なようだしね」
紫電を使用するための僅かな溜。発動させる隙を見せるわけにはいかない。
(こ、この人、本当に強い)
そうしてヨハン達の目の前で繰り広げられるのは高速の剣戟の応酬。一般の騎士には目にも止まらない速さ。
「お、おい、これどっちが優勢なんだよ」
「…………」
何度も立ち位置を入れ替えながら響かせる木剣の交差する音。
レインの呟きに答えを導き出せるのはヨハンとエレナ。カレンの目では追いきれていない。ニーナに至っては唸りながら首を捻っていた。
「いやぁ、びっくりした。まだこれほどの力を隠し持っていたとは」
「くっ……――」
紫電を使用する弊害。体内に発生する鋭い衝撃。負荷。
どちらに余裕があるのかということは実際に戦っている当人が一番理解している。
現状互角の様相を呈しているが、時間を浪費する程に不利になっていくのは明らかだった。
だが――。
「――……まだまだ、こんなものじゃないわっ!」
実戦さながらの緊張感がモニカの感性を極限まで引き上げる。
バリッと音を鳴らす電撃が、地面を伝い目の前のアーサーへと襲い掛かった。
「ぐっ!」
「はあッ!」
電撃による不意の痺れを受けたアーサーの動きが僅かに鈍る。しかしモニカにはその一瞬の隙だけで十分だった。
横薙ぎに振るわれた斬撃がアーサーの胴体を的確に捉えることに成功する。
「がはっ」
衝撃を受け、後方に飛ばされるアーサー。初めての有効打。
「やりやがったぜあいつ!」
モニカの攻撃が確かに届いたというのは誰の目に見ても明らか。
「うん……――」
「ええ」
「――……でも」
「え?」
だがレインの声に同調する者は誰もいない。そのまま視界に映るのは、吹き飛ばされた先から起き上がるアーサーの姿と片膝を着いているモニカの姿。どちらの方が疲労を重ねているのかはすぐに見て取れる。
「無茶をするね」
「はぁ……はぁ…………――」
息を切らせているのはモニカの方。
「どうやらまだ発展途上のようだねその技は」
「――……はぁ……。確かに、そうね。でも、一撃は入れられたわよ」
立ち上がりながら、疲労と負荷を得る身体を押しながらでも笑顔を浮かべるモニカ。
「気力も素晴らしい。やはりキミは美しいよ」
「言ってなさい。今に目にものみせてあげるわ」
「おおっと、それは怖い。そうなる前に終わらせないとね」
グッと剣を構えるアーサー。木剣に迸るのは闘気。その場で上段から大きく振り下ろされる。
「くっ!」
鋭い斬撃が距離のあるところから放たれる。
地面を切り裂くほどのその斬撃は受け止める判断をさせない。回避するために横っ飛びになるモニカは地面を転がった。
「あぎっ!」
容赦なく体内に襲い掛かる紫電の負荷。本来であればまだ余裕のある使用回数だったはずなのだが、アーサーを相手にするには余裕など抱かせない。
「ほら、もう身体の方は限界じゃないのかい?」
「そ、そんなことないわ」
「これ以上はキミの身体がもたないね。終わらせよう」
腰を落として踏み込みの準備をするアーサー。モニカからすれば、確かにもう戦いを引き延ばすことは叶わない。
(こ、これで負けるの? 私……)
期待に、信頼に応えることができていない。まだなにかあるはず。
痛みに思考が十分に回せない中であっても必死に考える事をやめなかった。




