第四百九十二話 だからこそ
「どうかね?」
「ど、どうかねって!」
目線を泳がせながら慌てふためくモニカ。
「どういうつもりか知らないけどそんな条件を呑めるわけないでしょ!」
「それもそうだね。まだ私達は出会ったばかりなのだから。だが、今言ったことは私の本心。嘘偽りのない気持ちで間違いはない。キミの美しさに惚れたのだよ」
「ちょっ――」
歯の浮くようなキザったらしいセリフに悪寒が走る中、同時にモニカの目線は困惑しながらもヨハンを捉えている。
他の面々も突然の提案に思考を巡らせていた。
(こいつマジか? いや、モニカの容姿ならそれはわからないでもないのか)
レインがそう評するのは、確かにモニカは美少女に違いはない。その類い稀な強さも相まって学内においても隠れモニカファンがいるほど。だからこそ【剣姫】という二つ名をつけられているのだから。
「あなたはまともに見えたけど、もしかしたら馬鹿なのかしら?」
「確かにそういった類の言葉はよく受けるね。部下にも日頃から叱られているよ」
「そういうことじゃなくて、そんな要求呑めないって言っているのよ」
「ふむ。自分で言うのもなんだが、私は顔は悪くない方だと思っていたのだが?」
「見た目は悪くはないと思うわ。けどそういう問題じゃないの」
「つまりそれは既に想い人がいるというわけだね?」
「なっ!?」
的確にモニカの心情を見抜く。
アーサーも何も当てずっぽうというわけでもなく、困惑するモニカが先程ヨハンへと向けた種別の違う視線を見逃していない。
(ふむ。やはりそのようだね)
そして今現在、再びヨハンへと向けられる視線を以てして確信する。
「ち、ちがっ」
「いやいや、その反応だけで十分だよ。そうだね、これは仕方ないか。わかった、今はまだいいさ」
「い、今とかそういう問題じゃないのよッ!」
「いい加減にしてくださいませんか?」
そこに割って入るエレナ。
「どうしてモニカがそのような条件を突き付けられねばいけませんの? 騎士団とどのような関係が?」
「騎士団は関係なくてね。実に個人的な理由なのだよ。エレナ様であればランスレイ家、とお答えすれば察して頂けるかと。私の身の上も踏まえたうえでね」
「……そう、いうことでしたか」
ジッと見つめるエレナなのだが、モニカは理解していない。
「ちょっと、どういうことよエレナ」
「いえ、少し複雑な事情が介在していましてこの場では……」
「それほど問題ではないさ。とどのつまり、私という人物を知ってもらうと思ってもらえれば。それとも負けるのが怖いかい?」
「あなたを知るため……?」
「ああ。剣を交えれば互いのことを知るきっかけにもなるからね」
「…………――」
その言葉に対してモニカは無言。悩む。
「――……ねぇ、ヨハンはどう思う?」
「え?」
視線の奥にはっきりと捉えるヨハンの表情。どういう感情を表しているのか判断出来ない。
「私が負けると思う?」
聞きたい事は本来そんなことではなかった。その要求に対してどう思っているのかということを答えて欲しい。しかし問いかける勇気は振り絞れないでいる。
「えっと……――」
そんなモニカの心情を察することはできていない。
加えて、問い掛けに対する明確な答えも持ち合わせていない。アーサーの実力の程は定かではないが、見るからに強者。だがモニカもそれに劣っているとはとても思えない。どちらが上なのか、やってみなければわからないというのが答え。
「――……僕は……――」
一瞬考えた通りに答えようかと口を開きかけたのだが、すぐさま噤む。目の前から向けられる不安そうなモニカが浮かべる表情が欲しいのはそんな答えではない。もっと別の言葉。今は他の言葉を必要としている。
「――……僕はモニカが勝つって信じてるよ。それに、僕だってモニカの戦っている姿は綺麗だなって思ったしね。覚えてないかな?」
「それって…………――」
モニカが思い浮かべるその言葉を受けた当時の状況。ヨハンにしても初めて目にしたモニカの戦い。王都に向かう時のその森の中でミノタウロスを一撃の下に屠ったその剣技は美しい以外のなにものでもない。
「――……そっか。そうだったわね」
思い出すなり笑いが漏れ出る。この中で互いに誰よりも早く出会った二人。
その時は何を言っているのかと思ったものなのだが、今もこうして一緒にいる。ぼんやりとした子だという初印象だったその思い出。しかし実際は違っていたのだと、想いは当時とは大きく変わってしまっていた。
「わかったわ」
その言葉を受けたモニカは決意を固める。答えとしては不十分だが、欲しい答えの形ではあった。
「……いいわ。受けるわ」
信じている。その言葉が何よりも背中を押す。
眼光鋭く、木剣の柄に手を掛けるとすぐさまアーサーの顔目掛けて突き出した。
「それはありがとう。感謝するよ」
「ただし、私が勝った時はあなたにも要求があるわ!」
「どうぞ構わないさ」
「今後、あなたはヨハンの味方として力を貸しなさい」
「これまた変わった要求だね。わかった、約束するさ」
アーサー・ランスレイが騎士団としてどれほどの人物なのか詳細はわからないが、これだけ自由に動きを取れる辺り、相当な権力を有しているのだということはわかった。
(ごめんねヨハン。私にはこれぐらいしか)
先日ヨハンが襲撃を受けたという話。エレナによると、貴族間のゴタゴタが生じているかもしれないと。まだはっきりとしていないその出来事を、少しでも内部に味方を付けることができればそれはヨハンの一助になり得る。
「ごめんヨハン。勝手に決めちゃった」
申し訳なさげに舌を軽くだすモニカ。
「うん。大丈夫。モニカなら勝てるよ」
「ありがと。ごめんね、みんなも。ちょっとだけ時間をちょうだい」
「よろしかったのモニカ?」
「うん。もういいきっちゃったし。大丈夫、勝つわ」
「……モニカ」
エレナの呟きを背にして一歩ずつアーサーに向けて歩いて行った。
「…………」
「どうしたの、ニーナ?」
思わぬ展開に衝撃を受けていたカレンなのだが、不意に隣に視線を向けると思案に耽っているニーナの姿。問い掛けても返事は返って来ない。
(ふぃあんせ? ふぃあんせってなんだろ?)
思考の中では、アーサーが最初に提案した言葉の意味について考えていた。




