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第四百九十一話 アーサーの言葉

 

「…………――」


 真意を測ろうとするヨハン達に対して、無言でヨハン達を見回すアーサー。


(――……なるほど。こうして見ると、やはり違うね)


 謁見の間で見た先日のヨハン達。初めて会うその印象としては、外見的には見た目通りの学生達。しかしそれが普通とは異なるのだということは先程まで観戦席から見下ろしていた戦闘に於いて明らか。圧倒的な実力を有しているのだという証明を見せている。

 だがそれらと比べて実際にこうして正面で対峙した時に得られる感覚もまた違っていた。臨戦態勢に入ったそれぞれが放つ卓越した存在感。どれもが異なっている。


(どうやら経験はそれなりにあるようだね)


 明らかに現在置かれているこの状況との明確な違いは独特な気配。緊張感が伴う戦場に近しい中でこれだけの感覚を放てることをそう評した。

 学生の間にこれだけの気配を醸し出せるものなのかという疑問を僅かに抱くのだが、その疑問を解消する答えは既に目の前で見せつけられている。それどころか、以前から聞き及んでいた噂のそのどれもが真実たり得るのだと証明するに値した。


(……どういうつもりだろう?)


 相対するヨハンが抱くのは、まるで今すぐにでも戦闘が始まりそうな気配。それはエレナ達にしても同様に抱いている感覚であり、誰もが気を抜けない状況になっている。


「さて」


 ニコリと笑みを浮かべるアーサーではあるが、それが逆に不気味でならない。爽やかな笑顔の奥に見え隠れする威圧感。それが尚も肌に感じさせた。


「そう身構えなくとも。まずは話をしようではないか」

「話、ですか?」

「ああ」


 問い掛けながらヨハンがチラリと目線を送る先はローファス王や騎士団の幹部がいる場所。アーサーがこの場に飛び込んだことに対して慌てている様子を見せていない。容認しているのか、黙認しているのか、それとも動向を見守っているのか。

 ヨハンの視線の先を確認するアーサーは小さく笑みを浮かべて口を開く。


「キミたちの闘いは素晴らしかった。この場を見守っている誰もがここまでの強さだとは流石に思いもよらなかったのではないかね。本当に素晴らしいよ」

「ありがとうございます」

「ただし……――」


 指を一本上げるアーサーは鋭い眼差しをヨハン達に向ける。その眼差しを見てレインは一歩後退りしてしまっていた。


「――……些か遊びが過ぎるようだな」


 眼光に含まれていたのは殺気。警戒を一段階強引に引き上げる程の。


「どういうことでしょうか?」

「ん?」


 遊びとは言われても、何を以てして遊びと捉えているのか理解できない。


「そうか。もしかしてキミ達は私が気付いていないとでも思っていたのか?」

「…………」

「先程の戦い。いやぁ、実に見事だったよ。正直なところ、これほどまでの強さを有しているのは中々に見ないね。それで私が遊びといったことだが、キミ達が連携を取ればこのグズラン殿の首を獲るのにこれほど時間はかからなかっただろう」


 アーサーの言葉、それは実際にその通りだろうとヨハン自身もそう捉えている。


「それをどういう意図があるのか知らないが各自単独行動にした。まさかこれほどに戦えるキミ達が拙い連携などということはあり得ないからね」

「それは…………」


 どう答えればいいものなのかと思わず口籠ってしまう。それもまた事実なのだから。


「少し騎士団を低く見ているように私には見えてね」

「っ!」


 怒気を孕んだ視線。殺気が大きく膨らむ。


「気分を害したようでしたら申し訳ありません。決して騎士団を貶めるような意図はありませんでした」


 こちらの軽はずみな行動の結果であれば謝罪の念もあったのだが、アーサーは再び笑顔になり殺気を収めた。


「いやいや、謝る必要はないさ」

「でも」

「それに、別に気分も害してなどいない。感情的になっても碌なことはないからね」


 確かに殺気は収まったものの、警戒を解かせるほどではない。


「グズラン殿もそうだが、そもそも第六中隊も少し身を引き締める必要があったのは事実だ。日頃からもう少し真面目にしていれば今回の被害ももっと軽微で済んだかもしれない……っと、これは希望的観測だがね。その辺りはキミ達に負けたことで今後の改善に期待しようではないか」


 視線を地面に横たわっているグズランに向けながら答える。


「でしたら、どういった用件で今この場に来られたのでしょうか?」


 今の言葉から察するに、別に第六中隊の敵を取りに来たというわけではない様子。


「ああ、それはそれとしてだ。今言ったことは全て事実であってね、このまま騎士団を下に見られては後のサンナーガの遺跡調査で禍根を残しかねない。合同の任務だからね」


 つまり、騎士としての誇りを踏みにじられたのだと。


「遺跡調査の主導権は騎士団、引いては王国にある。自分達の方が強いのだと驕り高ぶり勝手されても困るのでな」

「そんなつもりは」


 言いたいことはわかった。要は学生が騎士より立場が上になるのが気に食わないのだと。


「結局なにがいいたいのよ! 別に私達は調子に乗っていないし、あなた達の言うことは聞くつもりだったわよ! 基本的には!」


 くどくどと話すアーサーの様子に痺れを切らしたモニカが大きく口を開いた。


「おっと、これから本題に入ろうとしていたのだけどね」

「本題ですか?」

「これ以上何があるっていうのよ」

「キミ達は強い。正直なところ、私でもキミ達全員は一度に相手にしたくない程だ」


 ジッと全員を見回すアーサーはゆっくりと口を開く。


「ただ、やはり騎士としての誇りは示しておかなければ後進に申し開きが立たないのも事実なのでね。よければ私と一対一で仕合をしてくれないか?」

「なんだ。結局そういうことじゃない」


 呆れるように溜息を吐くモニカ。


「そういえばお嬢さんがグズラン殿を倒したのだったね」

「ええ。まぁ最終的にはそうね」

「疲れたかい? 正直に言ってごらん」

「どっちかというと拍子抜けよ。もっと張り合いがあると思っていたからね」


 その言葉を聞いたレインは思わず驚き困惑する。先程の話をどう聞いてどう解釈すればそう答えることができたのかと。そのまま恐る恐る視線を向けるのはアーサーに対して。


「は?」


 しかし、レインの予想に反してアーサーはその表情を緩めていた。


「はははっ。素直だね。いいよ、その点はやはり合格だ」

「合格?」


 途端にそれまで放っていた威圧感すらも解放するアーサー。明らかに雰囲気が一変したその場の気配を察するヨハン達は互いに顔を見合わす。そのまま警戒を解いた。


「キミ達程の実力者であれば、私が殺気を放ったのもわかっていただろう」

「ええ。だからすぐにするものだと思っていたのだけど?」

「いやいや。申し訳ないね。だからこうして試させてもらったのだよ。実力の高さは先程証明されたばかり。それにキミ達の姿勢も見てみたくてね。だが、私の殺気に気圧されることなく堂々とした振る舞いを取れるということは合同任務をするに値するということだ」

「そういうことね。残念、せっかくならあなたとしてみたかったのだけどね」


 木剣の柄に軽く手を当てるモニカ。その言葉を受けたアーサーは僅かに目を細める。


「……それは、私を試している、ということでいいのかな?」

「お、おいモニカ!」


 ようやく収まりかけた騒動に再び火を点けるモニカをレインが慌てて止めに入った。


「いい加減にしろって。すいません、あとで言い聞かせておきますので」

「なによ! だって癇に障るじゃない。自分達は私達を試しておきながら、あっちは試される側にならないなんて。対等な立場を築きたいならお互いの言い分ははっきりと言っておくべきよ。レインもそう思わない?」

「なるほど。気の強いお嬢さんだね」

「腹が立ったかしら?」

「そんな挑発には乗らないよ」

「なんだ、残念。じゃあこれでおしまいね」


 背を向け、後にしようとしたところでアーサーが口を開く。


「と、言いたいところだが、敢えてその挑発に乗るのもまた一興。どうやら上も黙認してくれてるようだしね」


 そのまま視線を向ける先は周囲の観衆へ。他の一般騎士達は動向を見守っているだけにすぎないのだが、幹部たちは違っていた。自身のする行いを止めない理由、好きにして良いのだと。

 その言葉からすれば、ここにアーサーが降りて来たのは独断専行なのだということを差している。


(それだけ自由にやらせてもらえる人だってことだよね)


 ヨハンにも王立騎士団は規律を重んじるのだということは知っているのだが、目の前の人物は今のこの行動を許容される人物なのだと。


「先程の話、やはりキミとやろうではないか」

「ほんと!?」


 振り返り、目をキラキラとさせるモニカ。


「それで、提案があるのだが、私が勝てば言うことを一つ言うことを聞いてもらえないか?」

「え? まぁそうね……程度によるけど」

「負けるのが怖いかい?」

「そんなわけないじゃない。私は負けないわ。ヨハン以外には」


 モニカ自身、これまで適わないと思ったのは母が最初であった。これまでにもアトム達にも同種の念を抱いてはいたのだが、同年代ではヨハンのみ。エレナに対しても戦術や知識の多様さには及ばないがそれと単体戦力としての評価はまた別のことだと。


「……へぇ。彼以外には、かい?」

「今のところ、ね」


 そのヨハンに対しても、届かない存在と思いたくはない。抱く感情は別として。いつかその横に並び立ちたい。


「それは良かった。だったら問題ないね。あれこれ言ったが本当のところ、実はキミの戦っている姿が一番美しかったのだよ」

「ど、どうも」


 臆面もないその褒め言葉。真っ直ぐに向けられる眼差しに思わず仄かに照れてしまっていた。


「それで思わず見惚れてしまっていてね。もし私がキミに勝つことができれば、婚約者(フィアンセ)になってもらえないか?」

「…………え? ふぃあんせ? わたしが?」


 唐突に放たれたその言葉を受けたモニカは目を丸くさせる。

 モニカだけでない。その場にいた面々が驚愕に包まれていた。



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