第四百八十八話 六対百
「相手はたった六人だ。だが少数だとはいえ油断するな」
最後尾からグズランが飛ばす指示。いくつもの疑念を抱きながらも任務遂行を目指す。
「前衛は防御をしっかりと固めて相手の様子を見ろ。数の上ではこちらが有利なのは間違いない」
配下の騎士達も本当にそんな人数差で行ってもいいものなのかと疑問を抱いていた。
そのため、我先にと踏み出す者はいない。互いに互いの顔を見合わせる。
(仕方ない。まずは相手の出方を確認して、その実力が相当に高いのだと示さなければな)
一般騎士では分が悪いのはわかっていた。そのためにするべきことは配下の気の引き締め。事前にどれだけ伝えていようとも目に見える相手が子供ともなれば油断するのも当然。
「後衛は戦局に応じて陣を整えるのに注力しろ。隊間を掻き回される混乱は避け、可能であれば囲い込んで各個撃破だ。確実に一人ずつ落とせ」
考え得る中で最善の指示を飛ばす。
(ふん。いくら下級騎士一人でもその辺の魔物、それこそゴブリン程度なら一度に十匹は相手できるほどに鍛えてある。それを指示する中級騎士である分隊長は一人でその下級騎士五人相手にできるのだからな)
中隊毎に戦力差はあれども、それは主に隊長格によるもの。自身の戦闘力は他の中隊長よりも高くないのは自覚している。だからこそ立ち回りで差別化して来た。
(ここまで到達できればしてみるがいい。本当にできるのであれば、な)
周囲には二十名の中級騎士に守らせている。不測の事態への対応も兼ねて。
そうして視界に映る騎士もまた二十名、小隊単位で事にあたらせている。それが前方に五つ。後方に五つ。
どこを突破されようとも包囲網をすぐに敷けるような陣形。
「――……だってさ」
「どうしますか? ヨハンさん?」
前方を大きく見渡し、グズランへの到達するべき道筋を思案する。
(うーん、たぶん真っ直ぐにいけばそれで終わると思うけど)
見て取れる騎士の佇まいはそれほど脅威に感じない。であればわざわざ戦力を分散させず、固めて中央突破が望ましい。
「そうだね。騎士の人達には申し訳ないけど、せっかくだから多対一の実践経験にしようと思うんだけど」
「よろしいのですか?」
「うん。相手も思っていた以上に本気になってるみたいだし、こういう戦いって臨機応変さを求められるから、経験しておくに越したことないし」
カサンド帝国で帝国兵に囲まれた時にしても同じ。四方八方を囲まれることを経験することなどそうそうない。
「それもそうですわね」
単体戦力による今後の底上げもある程度は必要。
「じゃあ先にあの隊長のグズランって人を倒した人が勝ちってことでオッケーね!」
「それおもしろそうっ!」
途端にウキウキとするモニカとニーナ。
「ね、ねぇ」
提案を受けたカレンは思わず呆気に取られる。
「じゃあおっさきぃ!」
「あっ」
カレンが口を開こうとした瞬間、いの一番に駆け出したのはニーナ。
「ま、乗ってやるか」
「あんまり前のめりにならないようにしてね」
「わあってるよ」
続けてレインも駆け出した。
「ほら、ヨハンも早くいくわよ!」
「え? うん」
グイっとモニカに腕を引かれてヨハンとモニカも駆け出す。
「ちょっと……。わたしはどうするのよ?」
その後ろ姿を見送りながらカレンは呆気に取られていた。
物理的な戦闘力としては単体戦力として他よりも劣るカレン。
「カレンさん」
「はい」
「みんな酷いですわね」
「やっぱりそう思う?」
「ええ。もちろんですわ」
顔を見合わせるエレナ。ニコッと微笑まれる。
「では、わたくしも失礼しますわ」
先程の言葉は一体何だったのかという程に迷いなくエレナも駆け出した。
「あの子、絶対わたしの状況を楽しんでるでしょ」
額に手を送り、苦笑いを浮かべる。
「いいわ。あなた達がそんなつもりならやってやるわよ!」
ギュッと握り拳を作って騎士達の集団目がけて駆け出した。
「グズラン様! やつら、的を絞らせぬ様に散開しました!」
「ふっ、小癪な手を」
参謀を務める騎士の声。しかしそれはグズランからすれば想定の範囲内の動き。しかも展開されたのは想定していた中でも愚策にあたる。いくら掻き回されようとも集中して一人ずつ始末すればいいだけ。この状況に於いて、厄介だったのは六人で陣を敷いてジリジリと距離を詰められること。
「構わん。分隊長の指示を中心に取り囲め!」
特に問題は見当たらない。
(ふっ。結局は小細工を使わなければ我らに対して手を打つ手段がないではないか。何が類まれな才能の持ち主の集まりだ。舐めおってからに!)
所詮経験の乏しい学生達の動きでしかない。ほくそ笑むグズランはチラリと視線を向ける先は観戦しているローファス王や大臣たち。
(丁度良い。積年の憂さ晴らしもさせてもらうとするか)
かつて学生時代、グズランはローファスに恨みもあった。
元々の立場の違いは弁えていたのだが、それでも当時の不遜な態度は思い出すだけでも腹が立つ。
しかし何より腹が立つのは、一学年の途中からつるむ相手が変わったローファス――ローファス・スカーレットはまるで人間が変わったかのようにそれまでのことを謝罪して回っていた。その態度の軟化にも納得はいかなかったのだが、その後につるみ始めた相手が一番納得できないでいる。
(アトムのやつのせいで王は変わられた)
それまでは四大侯爵家の中でもブルスタン家よりだったローファスなのだが、いつの間にかカトレア家やランスレイ家よりになっていた。
(あいつさえいなければ、俺はもっと上役に就いていたはずだった)
完全な逆恨み。その発散の対象は目の前の学生達。引いてはローファスの娘である王女へ。
(自分で口にしたことだ。後悔してももう遅い)
戦局から目を離し、悠々と余裕の笑みを浮かべる。
「た、隊長! 大変です!」
慌ただしく騎士が声を放った。
「なんだ。間違って死なせてしまったのか?」
となればいくらか弁明も必要になる。不可抗力とはいえ、いらぬ仕事を増やすなと内心で溜息を吐いた。
「ち、違います! 我等が劣勢に立たされています! し、信じられません!」
「なに?」
先程までの余裕がそもそもの間違いだったことに遅れて気付くことになる。
根本的なことが間違っていたのだと、数秒後にしてようやく気付いた。




