第四百八十七話 遺跡調査選考仕合
「では、準備が整い次第声を掛けますのでこちらでお待ちください」
騎士によって案内されたのは小さな部屋。訓練用の木剣や木斧に木槍が立て掛けられていた。
「――すいません。少しよろしいでしょうか?」
少しすると、ドアがノックされる。その女性の声に聞き覚えがあった。
「スフィアじゃありませんの」
「お久しぶりです。エレナ様。それにみんなも」
「あなたは」
「その節はお世話になりました。カレン様」
カレンも覚えのある女性騎士、スフィア・フロイア小隊長。
「そういえば、第一中隊はあなたが配属されていましたわね」
「はい。それで、今回エレナさまたちと共同任務ということで楽しみにしております」
「まだ決まっていませんわよ?」
「決まったようなものでしょう?」
あっけらかんと答えるスフィア。
「まったく。相変わらずのようですわね、あなたは」
互いに笑いを漏れ出すそのやり取りは幼い頃に何度もあった。
「エレナ様も、お変わりないようで安心しました。頑張って下さい皆さん。では失礼します」
軽く頭を下げて部屋を出て行こうとするスフィア。
「あっ、スフィアさん」
「どうかしたのヨハン?」
「いえ、アーサー・ランスレイ隊長って、どんな人ですか?」
「隊長?」
「はい」
「そうね……――」
思案気な表情を浮かべるスフィア。すぐに小さく笑う。
「――……一言で言うなら、軽薄な人ね。では」
パタンと閉まるドア。
「どうやら、スフィアは信頼しているようですわね」
「そうなの? あんなこと言ってたわよ?」
「ええ。あのスフィアが軽薄と言いながらも、あのような笑顔を見せたのですから間違いありませんわ」
「ふぅん……」
わかるような、わからないようなエレナの言葉。スフィアの人となりを一番知っているのはエレナ。
「お待たせしました。ではこちらへどうぞ」
次に姿を見せたのは案内の騎士。
「じゃあいくよ、みんな」
「ああ」
「はい」
「「ええ」」
「うん」
どういう形にせよ今から行われるのは真剣勝負に他ならない。油断や慢心はない。会場に向かう面々、その目にははっきりとした力強さを宿していた。
◆
「けっこう、広いね」
案内された鍛錬場は学生達が使用する学内の鍛錬場よりも大きい。広さで云えば学年末試験の魔導闘技場と同程度。
目の前には百名を超える騎士達が既に準備を整えて陣形を築いていた。その装備は軽装備ながらも鉄製の防具に身を包み、手には木剣や木槍を持っている。武器以外はほぼ実戦同様
(これだけの人数を本当にあれだけで相手をするというのか?)
第六中隊隊長であるグズランが抱く疑念。
国王であるローファスに言われるがまま準備をして臨んでいるのだが、果たして本当にここまで向かって来ることができるのかと。にわかには信じられない話。
(舐められたものだ)
武器は真剣ではないが、これだけの人数であれば例え木剣であろうとも下手をすれば命の危険性もある。
(しかし、こちらとしてもああまで言われた以上、な)
最後尾に立つグズランの装備は全身鎧。まるで実戦さながら。
ローファスの言葉を齟齬のないよう若干誇張気味にして部下である騎士に伝えたところ、ほぼ全員が憤慨していた。そこまで言うのであれば目にものを見せてやると。それは正に狙い通り。
加えて、グズランがローファスに申し開いた通り、仲間の騎士が消息不明になっていることは確かに気に掛けていたこともまた事実。
「グズラン隊長、エレナ王女へは?」
「かまわん。遠慮などするな」
「しかし――」
「かまわんと言っている。私の命令だけでなく、そもそもこれは国王の命令だ。手を抜いたことがバレたら厳罰が下るぞ」
「は、はっ! 失礼しました!」
「ではもう一度、気勢を損なわないよう今の話を全員に通達しろ」
「はっ! ただちに!」
そうして騎士達は伝令を広げていった。
「さて、果たしてどの程度の力を見せてくれるのか」
「隊長、また悪い顔をしてますよ」
「おっと、これはこれは」
大勢の騎士達が好奇の視線を眼下に向けるその見物席の最上段。
見下ろしているのはアーサー・ランスレイとスフィア・フロイア。それともう一人。
「いやしかし、キリュウさんとキミの話を聞いて楽しみにするなということが無理というもの」
「そうだな。ここで実力を示すに越したことはない。国王の英断だ」
並び立つのはキリュウ・ダゼルド騎士団第七中隊隊長。
「まったくあなた達は。やっぱり似てますよ」
「そういうお前も楽しそうにしているではないか」
「そう見えますか?」
キリュウが問い掛けるスフィアの頬も確かに緩んでいる。
「ああ」
「ふふっ、ではそうなのでしょうね」
実際楽しみで仕方がない。一体どれだけの戦いを見せてくれるのかという期待感しかなかった。
「さて、準備はいいか? これは当然遊びでもなければ鍛錬でもない。互いに手を抜くことのないように」
全体に向けて声を掛けるアマルガス大隊長。
「よし。じゃあみんなやるよ」
ヨハンの声に同調するように頷き合うモニカ達。
「では、互いに悔いのないようにな」
そうしてアマルガスによる開戦の合図、警笛の音である高音が響く。
異質とも云える六対百の戦いが幕を開けた。




