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第四百八十五話 アーサー・ランスレイという騎士

 

「なぁエレナ。今回仕合をする騎士って、強さでいうとどれぐらいなんだ?」


 王宮からの帰り道、歩きながらレインが問い掛ける。


「そうですわね。わたくしも騎士団の内部事情にそれほど詳しいわけではありませんが……――」


 記憶の中にある知識を掘り起こしていった。


「――……一般的には去年ヨハンさんが授業で模擬戦をしたのが中級騎士に該当するかと。下級騎士でしたらそれこそ学生の上位者よりは劣りますし、そうですわね、もちろん個人差はありますが、冒険者の基準でいえば大体EからCランクに該当する人達で構成されていると思っていれば十分かと」

「ふぅん、それならたいしたことなさそうだね」


 後頭部に手を当てているニーナ。


「こらニーナ。あんまり油断していると足元掬われるわよ?」

「だぁいじょうぶだって。お姉ちゃんも心配性だなぁ」

「そんなこと言って、前にモニカに負けてるじゃねぇかよ」

「あの時はあの時、今は今だって」

「ほんとかぁ?」


 レインが疑念の眼差しを向ける。


「大丈夫だよ。ニーナも色々と経験しているし、十分に強くなってるよ」


 ニーナの頭上に手の平を乗せながら思い返すのは、カサンド帝国での旅。その強さは劇的に向上していた。


「さっすがお兄ちゃん。だぁいすき!」


 ギュッと腕を絡ませるニーナをカレンがジト目で見るのだが、それはモニカとエレナにしても同じ。



「……なぁ、前から思ってたんだけど、お前らって仲良くし過ぎじゃねぇの?」

「そぉ? 別にこれぐらい普通だよね?」

「まぁ、もう慣れてしまったというか、いくら言ってもやめないしね」

「えへへ」


 ニコニコと笑顔のニーナはそのままモニカの腕も抱き寄せる。


「でも、お兄ちゃんだけじゃなく、お姉ちゃんも大好きだよ。もちろんエレナさんもレインさんも。ついでにカレンさんも」

「ついでってあなたねぇ」


 いつも通りの軽快なやり取りをしながら屋敷に帰っていった。



 ◆



「イルマニさん、質問をいいですか?」

「はい。なんなりと」


 夜、寮に帰る前に執務室に立ち寄り、事務仕事をしているイルマニに声を掛ける。イルマニは書類に目を通しながら、羽ペンを走らせていた。


「あの、アーサー・ランスレイという騎士をご存知ですか?」

「アーサー・ランスレイ様、でしょうか? その方がどうかされましたか?」


 ジッと見定めるような視線を向けられる。


「いえ、明日の選考仕合が無事に終わればその人が隊長を務める隊と合同で依頼を受けることになりましたので」

「……そういうことでしたか」

「どうかしました?」

「些細なことでございます。恐らくそのご様子でしたら、彼の騎士がランスレイ家と所縁(ゆかり)のある方かどうかというご質問でよろしいのでしょうか?」

「はい」


 疑問の一つは正にそのこと。選考仕合を行う中隊であるグズラン・ワーグナーという騎士のことも気にはなるのだが、それ以上にあのアーサー・ランスレイという騎士のことが気になっていた。

 それというのも、謁見の間で時折アーサーから向けられる視線。敵意は感じなかったのだが、探られる様な気配。温和な表情の奥に見え隠れする鋭い眼差し。物腰柔らかな態度ではあったのだが、それでも醸し出す雰囲気は明らかな強者の雰囲気。


(精鋭って言ってたから当然なのかもしれないけど)


 半壊した第六中隊に代わって任務を引き継ぐ。その隊長を務める人物がただの隊長であるはずがない。


「わかりました」


 イルマニは持っていた羽ペンを机に置き、立ち上がる。


「少し、お話をしましょう。おかけください」


 そうして食器棚からカップを取り出すイルマニはソファーに腰掛けるヨハンの正面に座った。


「――……まず、彼はランスレイ家の人間に間違いはありません。レイモンド様の続柄でいえば子にあたります」

「じゃあセリスの叔父ってことだよね」

「そうとも言いますが、そうとも言えないのです。彼はレイモンド様の養子ですからね」


 実の子ではないのだと。カップの紅茶の水面を見つめるイルマニは懐古するようにして口を開く。


「彼は、確か十二年程前でしたか、レイモンド様に孤児として拾われています」

「そうなんですね」


 貴族家が養子を設けることは何も珍しいことではなかった。子宝に恵まれない場合や気に入った者を養子とすることがある。


「詳しい経緯はレイモンド家のことですので省かせて頂きますが、身寄りのない彼は、レイモンド様を暗殺されかけたところを救出したのです。犯人はブルスタン家の人間――いえ、これも証拠不十分でしたので軽々に言うことではありませんでしたね。とにかく、そのことを発端として、養子として迎え入れられました」

「それで第一中隊に?」

「誤解しないようにして頂きたいのですが、彼があの若さで第一中隊の隊長職に登り詰めたのは、確かにレイモンド家の力があるかもしれませんが、それ以上に彼の実力の高さとその人柄が十分に評価されてのことでございます」

「あっ、すいません。そんなつもりじゃ」

「こちらこそ差し出がましいお口を挟むことになってしまい申し訳ありません。しかし彼の話をするにあたって、どうしてもこの話が不随するものですから」

「それってつまり」

「ええ。やはり疎まれてしまうものなのですよ。若くして頭角を現す方はどうしても。それどころか彼は血縁者ではありませんのでね」

「そうなんですね」


 利権争いが表でも裏でもいくつも起きる貴族、引いては権力者ならではの思惑。例え四大貴族とはいえ養子が権力を有する立場へと上り詰めれば面白くない貴族がいるのも頷けた。


「それは彼に限らずヨハン様、あなたにしてもそうなのですが」

「……そんなこと」

「ご謙遜なさらず。ですが、同時にお気を付けください。表立って仕掛けてくる者に対しては私が責任を持って排除しますが、裏で狙われるともなるとなにぶん厄介ですからね」

「わかりました。ありがとうございます」


 そうしてイルマニから話を聞き終えたところで屋敷を後にして寮への帰路に着くことになる。



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