第四百八十二話 招集命令
冒険者学校の最高学年である三学年がいよいよ始まることとなり、学年代表はエレナが務めることになっていた。
「ヨハンさんを差し置いて申し訳ありません」
「ううん、そんなことないよ。僕もエレナの方がいいと思うし」
学年代表は教師陣とのやり取りが多い。学生達の声を直接届けたり、学生目線の意見や発信。それはヨハンよりもエレナの方が確実に適任。性格的やその立場を鑑みても間違いない。
そうして迎えた三学年。入学式も例年通り行われているのだが、時々シェバンニが溜息を吐く姿を見かける。
(たぶん、気に病んでるんだろうな)
ヨハン自身、もう少しなんとかできなかったかという思いはある中、授業の課程はすぐに始まっていた。
三学年はそれぞれの将来的なことも踏まえて剣術や魔法に精霊術、魔道具開発や素材処理など専門的な分野に特化することが多い。冒険者学校で得られた知識を元に卒業後の進路を定める。
「あっ、あれって……」
そうして時々目にするのは、明らかに沈んだ表情をしているのはゴンザの子分であったヤンとロンとチン。これまでリーダーとして活動していたゴンザが消息不明だというのだから。
しかし、学生達の間でにわかに囁かれているのは、試験の騒動の際、生まれた魔物によって死んだのではないかということ。それを、学校側が責任追及を逃れるために消息不明にしているのではないかと言われていた。
「勝手なもんだな」
「しょうがないよ。先生たちの対応もわかるし」
「――竜殺し」
教室でレインが不満を露わにしている中、学校に突然姿を見せたのはキリュウ・ダゼルド騎士団第七中隊隊長。
「キリュウさん」
「姉さん?」
不意に姿を見せた騎士団の人間であるキリュウに妹であるテレーゼだけでなく他の生徒たちも驚き戸惑う中、キリュウは意にも介さずにヨハン達を見ている。
「どうかしましたかキリュウ?」
「いや、シェバンニ先生。王宮より招集命令が出た」
授業で教室に来たシェバンニにしても同じ。キリュウが訪問することを聞いていない。
「招集命令ですか。それは誰に?」
「とりあえず竜殺し達のパーティーだ」
「とりあえず、とは?」
「詳しいことは後で話すが、お前たちはすぐに王宮に向かえ」
意味のわからないことを言われ、王宮ということもあるのでエレナが何か知っているかと顔を向けるのだが小さく左右に顔を振られた。
「どうするのよ?」
「そりゃあもちろん」
「行くしかないですわね」
「だな」
「はぁ。仕方ないわね」
わけもわからないまま立ち上がり教室を出て行くこととなった。
「――あれ?」
学校の門のところにカレンとニーナの姿を見つける。
「もしかして、二人も呼ばれたの?」
「ええ」
「あたしも呼ばれるだなんて、なんだろね」
本当にパーティー全員の招集をしているのだと。
カレンとニーナは部分的に冒険者としてのキズナの活動に参加しているので、そういう意味ではこれで全員。揃って王宮へと向かうことになった。
◆
「それにしても、一体なんだろうね?」
「あの人が呼びに来たってことは騎士団絡み?」
モニカが言うあの人、キリュウ・ダゼルドが呼びに来たことが推察の材料になり得ないかと。
「もしかして……サンナーガの遺跡、でしょうか?」
顎に手を当て思案に耽っているエレナ。
「なんだぁ、そのサン……なんったらってのは?」
「サンナーガでしょ。ほんとレインは」
「どうせおやつのことしか考えてなかったんでしょ?」
「お前と一緒にするなお前と!」
「いぃたぁいっ!」
「それで、そのサンナーガの遺跡って?」
ニーナのほっぺをつねったレインがニーナに反撃されているのをモニカが呆れて見ている中、エレナに問い掛ける。
「あっ、いえ、もしかしたらの話ですが、東のかなり離れた場所にあるのですが、最近そのサンナーガの遺跡調査が難航しているのだと少し耳にしましたので」
「あっ、あたしそこ知ってる。でも何もない場所だよね?」
「ええ。確かにそのはずですわ」
ニーナの言う通りかなり古い遺跡であるのだが、何やらこれまで見られなかったものが見つかったとかいうことで騎士団が派遣され、その調査をしているのだと。
「ニーナはどうして知ってるの?」
「だってセラからそんなに離れていないからさ」
「ふぅん、そっか。でもそのサンナーガの遺跡調査で困っているのだとして、どうして僕らに声がかかるのかな?」
「いえ、その可能性があるというだけで、まだそうと決まったわけではありませんわ」
思い当たることがそれぐらいという程度。しかしとはいうものの、エレナはどこか確信めいたものを持っていた。
(それに、先程の様子からして)
キリュウがとりあえず、といった辺りがどうにも引っ掛かりを覚えさせている。
(たぶん、僕たちを呼んだということは)
ヨハンも考えているのは、呼び出し方を見る限り依頼関連の何かなのだということは間違いないと。しかしそれでもわからないことだらけ。普段であればギルド長のアルバを通じて依頼が出されていた。
そうしていくらか話し合いながら、程なくして王宮へと着く。
「お待ちしておりました。謁見の間へどうぞ」
衛兵によって案内されたのは謁見の間。
玉座があるその場は、ヨハン達とローファス王が顔を合わす公的な時と決まっていた。私的なことであればいつもは小会議室にて話をしている。
「ったく、やな予感がするぜ」
「だったらレインだけ帰れば?」
「なんでだよっ!」
いつも通りのレインとモニカのやりとりを横目にしながら謁見の間へと入るための赤い大きな扉を衛兵によって開かれた。
玉座まで真っ直ぐに延びる赤い絨毯の先では、既にローファス王が座して待っている。
(あの人たちは?)
疑問に思うのは玉座の階段の下に絨毯を挟むようにして立っている二人。
近衛隊長のジャンや他の兵士がいるのはわかるのだが、見たことのないその二人でわかっているのは騎士姿であるということ。それも一般騎士とは異なる豪華な鎧を身に付けていた。
(あれ? アマルガス大隊長、だったっけ?)
チラと視界の端に捉えるのは少し離れた場所に立っている騎士団大隊長であるアマルガス・ウルスライン。飛竜討伐の折に何度か会ったことあるだけ。
「やっと来たな」
疑問符を浮かべる中、ローファスには笑顔で迎え入れられる。
赤絨毯を歩き、二人の騎士の後ろまで歩を進めた。
ヨハン達が立ち止まるのを確認すると、二人の騎士はローファス王に向かい片膝を着いて頭を垂れる騎士の所作を用いる。一切の言葉を発しない。
「さて、これで揃ったな」
全体を大きく見回し、言葉を発するローファス王。
「まず、今回集まってもらったのは、お前たちに依頼したいことがある。冒険者パーティーキズナへの依頼だ」
それはこれまで何度となくあったことなのだが、今までと違うのは他に何人もの人達がいるということだった。
つまり、極秘裏に依頼されることとは異なる、シグラム王国からの正式な依頼なのだということを差している。
「紹介しよう。疑問に思っていただろうが、目の前におる騎士はそれぞれ騎士団中隊長の職を担っておる」
ローファス王が言葉を発するなり鎧の音を響かせ立ち上がる二人の騎士。
胸に手を当て、騎士としての所作を用いて口を開いた。
「私は王立騎士団、第一中隊の隊長を務めるアーサー・ランスレイという。以後お見知りおきを」
「同じく王立騎士団、第六中隊の隊長を務めるグズラン・ワーグナーだ。以後よろしく」
威厳たっぷりに挨拶をする。
(あれ? いまランスレイって……)
聞き覚えのあるその家名。最近会った人物の家名がランスレイだったのはレイモンド・ランスレイ。四大侯爵家の当主。
(じゃあもしかして?)
その家系の人間なのだと思ったところで僅かに目が合うと軽く微笑まれた。
そこから受ける印象は、アーサー・ランスレイと名乗った騎士は、白みがかった金髪で、笑顔の爽やかな表情をしている好青年。
対してグズラン・ワーグナーと名乗る騎士は黒髪の丸みのある濃い顔。その表情は能面の様であり無表情、というよりもどこか不愛想にも見える。




