第四百八十 話 カールス・カトレア侯爵(中編)
「それで、今回お呼び立てされたのは、どういったご用件で?」
「うむ。ヨハンに会わせたい奴がいてな」
「はあ……」
これまで多くの貴族から様々な人を紹介された。人の数の多さもさることながら、イルマニとネネによって手短に話し終えられている。そのおかげで特に深い繋がりができたわけでないので誰が誰だったかもよく思い出せないのだが。
しかし珍しいのは、これまでカトレア侯爵が誰かをヨハンに紹介するといったことは一切見られなかった。そのカトレア侯爵が紹介するというのだからどういう人物なのかということに興味が湧く。
「ご主人様、ランスレイ様がお着きになられました」
使用人が声を掛ける。
「ここへ通してくれ」
「かしこまりました。ではすぐに」
そうしてすぐに誰かを迎えにいった。
「その方ですか? 僕に会わせたいのって」
「ああそうだ。どうしても会いたいというのでな」
「はあ……」
そうして少し待つと再び応接間の扉が開かれる。使用人に招かれるようにして姿を見せたのは、見た目カールス・カトレア侯爵とそれほど歳の変わらなそうな白髪の御仁。
とにかく失礼のないように立ち上がり迎える。
「紹介する。こいつはレイモンド・ランスレイ。これでも私と同じ侯爵だ」
「これでもとは失礼な奴だな。はじめましてヨハンくん」
ニコリと微笑まれて手を差し出された。
「はじめまして。ヨハンといいますランスレイ侯爵様」
同じようにして手を伸ばし、握手を交わす。
「レイモンドでいい」
「でも」
「気を遣わなくていい。なんせきみは――」
そこまで口にしたところでレイモンドは片眉を吊り上げた。
「何をする貴様!?」
眉を吊り上げた理由はカールスがレイモンドの脇腹を抓っていたことから。
「いいからお前は黙っておれ」
「まさかまだ言ってないのか?」
「黙れといっておる」
ギロリとレイモンドを睨み付けるカールスに対して、レイモンドは呆れたようにため息をつく。
「あの?」
「すまない。驚かせたようだな。こいつがどうしてもヨハンに会いたいと言ったものだからな」
「貴様が会わせたいと言うたのだろうが」
「どちらでもよいわ。つまるところ、多くの貴族と既に面識を果たしておるのに、四大侯爵家とはまだ顔合わせをしていないとあってはならんのでな」
シグラム王国四大侯爵家。
カトレア家をはじめとして、このランスレイ家にロックフォード家にブルスタン家。王族である公爵家を除いて貴族家の頂点に位置していた。
「なんだか恐れ多いです」
その理由もなんとなくだが理解している。
いつの間にか得ていた竜殺しという異名は疎か、S級にカサンド帝国の皇女まで婚約者としているのだと。それに見合う態度でいて欲しいとイルマニからは何度となくきかされていた。
「いやいや、謙遜せんでも良い。それに噂通り婚約者殿もお美しい」
「ありがとうございます」
それまで一歩引いて話を聞いていたカレンが浮かべる笑顔はもう慣れたもの。
「それで、本当のご用件はどういったものなのでしょうか?」
問い掛けられた途端、レイモンドの視線は鋭くカレンを射抜く。
先程のやり取りからして、何らかの理由があるからこそヨハンを呼び出している。
「なるほど。お美しいだけでなく聡明であられるのか」
レイモンドがそのまま扉の方に目を送ると、レイモンドの従者が頷き部屋を出て行った。
「実は、本当に会わせたいのはそちらの婚約者殿の方ですな」
「わたし?」
疑問に思っていると、扉が開かれると姿を見せたのは藍色の髪の小さな少女。
「はじめまして、セリス・ランスレイと申します」
笑顔を浮かべて礼儀正しく挨拶している。
「レイモンドさん、あの子は?」
「私の孫娘だ」
見た目ですぐわかる程に教養の行き届いている佇まい。
「セリスは絵本や御伽噺が大好きでな。おかげで今日も連れて行けとうるさくせがまれたのだ」
「もぅっ、おじい様、そんなこと言わないでください」
ぷんすかと表情を変える様は年相応。
「へぇ。どんな本が好きなの?」
「最近では特にアインツの冒険譚シリーズを読み耽っています」
「あっ、それ僕も好きだよ」
不意に飛び出して来た良く知る本の題名。カールスがピクリと僅かに反応を示す。
「あの本を読んでいるならわかるな」
世界中を旅する冒険譚。まるで現実離れしたその話。
「それで、カサンド帝国の皇女様がいらしているとお聞きして、是非とも色々とお話をお聞きしたくて」
もじもじとさせながらチラチラとカレンを見るセリス。
「そういうことでな、婚約者殿も良ければ孫の我儘に付き合ってくれないかと」
「それぐらいでしたらかまいません」
カレンの返答を受けてセリスはぱぁっと表情を明るくさせる。
「すまんな」
「別室に書斎がある。案内させよう。アベル」
「はっ。ではカレン様、セリス様、こちらへどうぞ」
「じゃあいこっか。えっと……――」
「セリスでかまいませんわ」
「ええ。セリスちゃん」
そうして使用人に案内されカレンとセリスは書斎へと向かって行った。




