第四百六十四話 閑話 マリンとマックス
ヨハン達がローファス王に魔王の器に関する報告を別途行っているその頃、シグラム王国内政大臣私室では――――。
「マリン。今回は大変だったね」
「はい」
椅子に腰掛け、今回の件に関する報告書に目を通しているマックス・スカーレット公爵。
(それにしても、魔族が本格的に動き出しているということですか)
手元の報告書は全部で三種類。
ナインゴランを始めとした魔道具研究所の職員によって調査された魔導闘技場に関する状態の詳細と見解。シーサーペントやキラーフィッシュが発生した原因と今後の見込みや運用等が書かれている。
もう一つの報告書、冒険者学校からの報告書では今回中断した試験の経過と以後の対応、それとシーサーペント討伐に関する経緯を中心に書かれていた。他には怪我人の数等も記載されている。
(兄さんはどうするつもりなのでしょうかね)
そしてそれらとは別に作られている報告書。
スフィアとシェバンニとカレンによって作られたものであり、魔族や呪いに関する情報等が記載されていることもあり、極々一部の者しか閲覧できないようになっていた。
(この時代にどのような混乱を巻き起こすのか……)
王家に受け継がれている魔王の呪いのことはマックスも以前から聞き及んでおり、報告が行われる前に兄ローファスとは個別に話をしている。その際にアトム達スフィンクスに詳細を調べる様、極秘裏に依頼を出しているというのだから驚き以外ない。
まるで御伽噺かのようなその話。これまで半信半疑――それどころかどちらかというと信じていなかった。しかし本格的に調査依頼を出していることからして、兄は眉唾物ではないと踏んでいるのだろうと。
(ふぅ。仕方ありませんね)
そうなると自分にできることはほとんどない。経過を見守るしかない、と。
そうしてチラリと見るのは娘であるマリンの顔。上品に紅茶を口に運んでいる姿。
「どうかしましたか? お父様」
疑問符を浮かべて小首を傾げている。
「いや、マリンの活躍する姿をこの目にすることができなくて残念だったよ。途中までは観ていたのだがね」
「そういえばいらしていたのですね」
「ああ。しかしにわかには信じられないな。まさかあれだけの面々を相手にして堂々と渡り合うどころか……――」
そのまま試験の報告書に目を落とした。
「――……ここにもマリンがいたから倒せたと書いてあるよ」
「そこはわたくしですもの。当然ですわ」
得意満面な笑みを浮かべているマリン。
(だがどうしてかな?)
再び娘に向けるマックスの視線。
マリンの固有能力は明らかに戦局に応じて変化するようなものではない。類い稀な能力であることは勿論なのだが、以前魔導士団及び有識者に聞いたところによると、このような性質を持ち合わせている、又は変化するような兆しも見られないとのことだった。
(後天的に何らかの力が作用したのかもしれないね)
一部の能力にはそういったことが確認されている。先天的に持って生まれた能力であってもある時を境に変化することがあるという。
(しかもシェバンニ先生も予想外というのだから)
後で聞いたところによると、シェバンニがマリンを選抜に選んでいた理由は元々マリンのその王族が故の指揮能力を高く評価していたからとのこと。こういった複雑な戦いの中ではその強気も相まって揮えるのだと。
しかし理論と実戦は全く違う。その中での実際的な難しさを痛感させたかったのは、勇気と無謀との駆け引き。これはまさしく実戦でしか身に付かない。その差し引きを上手く使い分けて戦略的な部分で貢献するかどうかが焦点であった。上手くいけばその能力を如何なく発揮するだろうと見込んでいたからだと聞かされている。
「けれどもこれだと安心だね」
想定を上回る貢献、勝負を決する決定的な活躍を見せているのだから。
「ええ。お任せください。さすがにエレナ程の成績は収められないかもしれませんがこれからも上位に食い込んでみせますわ」
あと一年で卒業することになる。評価自体はどうあろうとも王族である以上、卒業後の進路はほとんど決まっているようなものなのでそれほど影響はしないのだが、そもそも王族として低評価を受けたまま卒業すること自体が許されない。それに因んで評価が低いとなると他にも問題が生じてしまう。
今回の選抜で評価を著しく上げただろうという実感と確信のあるマリン。内心ではホッと安堵の息を吐いていた。
「ようやくお前もエレナ様を認めることができたのだね」
「し、仕方ありませんわ! 身の程は弁えています」
もう一つの収穫は高慢な自尊心の決壊。それもただ決壊しただけでなく、良い方向に作用しているように見える。
「いやいや、しかし私が安心したのはそれとは別だよ」
「といいますと?」
「婚約の件だよ」
「……え?」
父の言葉受けて一瞬で目を丸くするマリン。理解ができない。
「卒業後に向けてそろそろそういった話をまとめていかなければいけないからね。この分だと楽になりそうだ」
「えっと……お、お父様?」
「ん?」
「わわわ、わたくしの、婚姻、ですか?」
「何を焦っているのだい? それ以外に誰がいる? ああ、もちろんエレナ様もだが? しかしそれは私の範疇ではないからね。むしろ国の行く末を担うことになるからそもそももっと別の問題なのだが」
「あっ、いえ、そういうことでは…………」
「いやぁ、助かるよ。それだけの能力を持っていれば引く手数多だね。いや、婿を迎えなければいけないから選び放題といったところか。おかげである程度厳選できそうだ」
満足気に頷いているマックスを余所にマリンは失念していた。
マックス・スカーレット、公爵家どころか王家の血筋スカーレット家。その子女であるマリン・スカーレットは将来的に婿を迎えるのだと。
(あわわわわ)
マックスが言っている意味も遅れて理解する。要は稀少な能力を持ち合わせていることで優秀な人材を見繕えるのだと。
(ど、ど、ど、どうしよう…………)
同時に困惑してしまうのは、ようやく知ることが出来た、自覚することができた生まれたばかりのこの感情の処理の仕方。
行き場のない感情を抱いたまま休暇を迎えてしまっている。




