第四百六十三話 閑話 賢者パバール(後編)
パバールによって案内された建物の中はまるで既視感を覚えるような内装。
(やっぱ姐さんの師匠だな)
並べられている書物の多さもさることながら、何に使うのかわからない道具の数々はシルビアが住まいにしていた家屋と同じ。しかし違いがあるのはその多さ。シルビアの持っていた分だけでも相当に多いと感じていたのだがここにはそれ以上あった。
「そこに座れ」
中央にある木卓に腰掛ける様に指示される。
「ふむ。詳しい経緯はわからないが、見たところ主等はシルビアの仲間ということだな?」
「下僕じゃ」
悪態感を含めながら答えるシルビア。
「なにか言ったか? ひよっこ」
「ぅぐっ」
パバールの鋭い視線がシルビアを射抜く。
「まぁよい。それで、話とは?」
「単刀直入に話そう。大賢者パバール殿、実はそなたが持っておられるという時見の水晶、それを借り受けに来た」
それがパバールの下を訪れた最大の理由。
「確かに時見の水晶を持っておるが誰に聞いた?」
「グランケイオスから教えてもらったんだ」
「ふむ。なるほど。それならばいくらか納得のいくものよの。私は漆黒竜に会うたことはないが、確かにそれはここにある。先々代が漆黒竜と会うておるのでその時に知っておったのじゃろうな」
パバールは徐に立ち上がり、いくつもの魔道具が置かれているところに行くと一つの水晶を手にする。
「これがお主等の探しておる時見の水晶だ」
ゴトンっと机の上に透明の水晶を置く。
「漆黒竜が言っておったのはこれのことだな。それで、これで何を調べるつもりだ?」
「魔王の呪いだよ」
「!?」
アトムの言葉を聞いた途端にパバールは目を見開いた。
「何を知っておる?」
その様子に疑問符を浮かべるシルビア。確実にパバールはいくらかの事情を知るような反応を示している。
「魔王か? それとも呪いか?」
「…………」
シルビアの問いかけにパバールは無言。しかし値踏みするようにしてジッと目の前にいる面々を見回した。
(嘘を言っている風にも見えないな。私が生きている間にそれが起きる事が幸いと捉えるべきか……――)
そうしてゆっくりと口を開く。
「――……そのどちらとも、だ」
ほんの一言の返答だけだが、その中には重大なものが含まれていた。
ガタンと勢いよく立ち上がるアトム。
「おいっ! だったらそれを詳しく教えてくれよ!」
「ちょ、ちょっとアトム! 慌てないで!」
「これが落ち着いていられるかよ! 俺たちが知りたいことをこの婆さんが知ってるかも知れねぇんだぞ!?」
「いいから座れって」
「そうよ」
実際内心では落ち着いていられないのはシルビアを除く全員がそう。呪いに関する詳細を知るために動いているのだから。
「連れがうるさくしてすまぬ」
エリザとクーナとラウルによってアトムが黙らされている中でガルドフがため息を吐きながら問いかける。
「かまわんさ。賑やかなのは嫌いではない」
人里離れて隠れ住むパバールなのだが、決して人間嫌いというわけではない。あくまでもその性質上隠れ住んでいるだけ。それはシルビアと付き合いの長いアトムたちはよく知っている。
「しかしだ。とは云うものの、恐らく私はお前たちの知りたいことには答えてやれないだろう」
そこでアトムたちはピタと動きを止め、パバールの言葉に耳を傾けた。
「どういうこった?」
「単純な話だ。私が魔王に関して知っておるのは、かつての勇者と共に戦っただけだからな」
「「「「!?」」」」
その言葉に全員が思わず耳を疑う。
「貴様が?」
「ひよっこにも話してなかったな。驚くのも無理はない。かつての人魔戦争、あれに私も参戦しておった」
「詳しく伺っても?」
「とはいえもう遠い昔ばなしだ。掻い摘んで話そう……――」
そうしてパバールがアトムたちに話して聞かせたかつての人魔戦争。
それは約千年前、魔族に支配されようとする人間がその生存を賭けて抗ったのだという。その中でパバールは魔導国家の魔術指南役を担っていたのだが、魔導国家には魔族の手が介入していたのだという。
それにいち早く気付いたパバールは国家を抜け出し、当時の勇者と行動を共にすることになったのだと。
そして魔王を倒した勇者は代償として呪いを受けることになった。
「――……だが、私も含め多くの人間がいくら呪いについて調べようとしても一向に詳細は掴めなかった。結果、こうして副産物による秘術で生きながらえておるがな」
呪いの正体を解明しようと様々な研究をしたのだが一切わからなかったという。その中で見つけた時の秘術。肉体の老化を驚異的に遅らせるというその魔法によって今日まで来たのだった。
しばらくはシグラム王国で勇者と共に過ごしていたのだが、誰もが扱えるわけでもない時の秘術は欲望に駆られた人間に狙われやすく、また年月が経てば自分の知る者も年老いては先に死んでいき、理解する者も減っていく。そうなると段々と存在自体が気味悪がられる。
そうした結果、呪いについても継続して調べてはいたものの詳細はわからず、それに呪いが発動しようとする素ぶりもないことから王国にいる意味を見出せなくなったパバールは各地を転々とすることになった。
「それで姐さんと」
「ああ」
その中で拾った魔法の才能に長けた幼子、それがシルビアだった。
「……壮絶な人生だったようですな」
「いやなに。あいつの苦しみに比べればこんなもの」
遠い記憶を懐古するパバール。こうして口にすることすらいつぶりになるかも思い出せない程。
「いやしかし。それにしても魔王の復活が近づいているというのか……――」
思案気に口元を触るパバール。
名前こそ口にしなかったが、あいつ、ローファスの祖先にあたる当時の勇者。
しかし問題なのは、パバールの言葉が全て真実だとすれば決定的なのは呪いが実在するのだということ。
「ふむ。まさかこんな形で私の生涯の目標であった呪いに触れることになるとは思わなんだ。弟子が出ていったことが幸いしたな」
「フンッ」
チラリとパバールが見るのはシルビア。だがシルビアは目を合わそうともしない。
「ではこれをお貸しいただけますか? 事が終わり次第必ず返しに来ますので」
「残念ながら貸すことは出来ん」
「!?」
これまでの話の流れは良好だったはず。途端に一同は困惑するのだがパバールは薄く笑う。
「まぁそう焦るでない。私も一緒に行こうではないか。あいつの子孫をまた見ることができるのだ。置いてきた荷物を取りに行くようなものさ。よって何も問題はない」
「なんだよ。そんなことか」
「来んでよいのに」
「何か言いよったか? ひよっこよ?」
「何でもないわ」
シルビアが口を開いたことによりその場に流れる不穏な空気。
「まぁまぁ。お主にも色々あるのじゃろうがそう言うでない。これで最終的に問題の糸口が掴めるやもしれぬのじゃから」
「チッ」
「それにお主も言うておったではないか。置いてきた師匠を――」
「それ以上言うでないガルドフ!」
「っと、これはすまんかった」
ニコリと笑うガルドフに対して得も知れぬ表情をするシルビア。
たった一人シルビアと対等に意見を言い合えるのは今も昔もガルドフのみ。
そっとアトムに耳打ちするエリザ。
「相変わらずシルビアさんはガルドフに弱いのね」
「だな」
一連のやり取りを見ながらパバールは笑みを浮かべる。
(良い仲間に巡り合えたようだな)
もう随分と昔に出ていった弟子の姿に、当時の勇者達と並び立つかつての自身の姿を重ね合わせていた。
「さて。では早速準備をするのでしばし待っておれ」
「はやくせんと置いていくぞ」
「口の減らないひよっこよの」
事あるごとに悪態を吐くシルビア。その様子を見ながらエリザがアトムに耳打ちする。
「結局のところ、仲良しみたいね」
「…………そうか?」
そうしてアトム達スフィンクスはパバールを伴って王都へ帰還することになった。




