第四百六十 話 報告
冒険者学校二学年の学年末試験が行われたその夜、ヨハン達は王宮の謁見の間に呼び出されている。
用件は今回の事件に関する報告が行われるということだった。関係者全員が一堂に集められ、シェバンニやカレンにスフィアが玉座の階段の下で立って臨む中、選抜試験に参加していた学生達が片膝を着いてローファス王の労いの言葉を受け取っている。
「繰り返すことになるが、よってこの度の騒動に関する鎮圧、適切な判断の下に行ったことを評価する」
ローファス王が声を掛けるのは、元々は学校の試験だったが騒動により試験に関することが有耶無耶になってしまっていた。しかし、王国の新技術の試験運用も兼ねていたことから試験自体は中止扱いにはせず、評価そのものは学校側と協議の末に正当に行うということ。
そうしてローファス王が宰相のマルクスに顔を向けると小さく頷く。
「ではこれにて今回の報告を終えるでおじゃる。全員退室するでおじゃる」
シリカやオルランドは初めて訪れる王宮の謁見の間。ようやくこの緊張から解き放たれるので早くこの場から去りたくて仕方なかった。
「で、では失礼します」
立ち上がり、軽く頭を下げて背を向けたところでローファス王が再び口を開く。
「ちょっと待て」
ビクッと身体を動かす中、何事かとぎこちなく頭を回した。
「ヨハン。お前は少し残れ」
「え?」
これまで他の学生達と同じようにして今回の報告及び対応についてただ聞いていた中、目が合うローファス王の眼差しは真剣そのもの。
「……わかりました」
「それとエレナ。お前もだ。あと、カレン嬢――っと、カレン先生にも残ってもらおうか。他は下がれ」
モニカ達が互いに顔を見合わしてヨハンを見る。とはいうものの、王の命令に対してここで食い下がる必要性もないため、若干の疑問を抱きながらも謁見の間を出て行った。
「さて、お前達を残したのはもうわかっておるな?」
「はい。僕も王様に報告したいことがありました」
二人してチラとシェバンニを見る。
「報告は受けている。あの場に新手の魔族、お前達がカサンド帝国で遭遇した、いや、厳密には潜伏していた魔族がいたらしいな」
「はい。彼は目的があると言っていました」
「だがそれは連れ去った学生が目的ではなかったのだな?」
「……はい」
ガルアー二・マゼンダ。魔族であるあの男がゴンザを連れて行っているのだが、引き留めはしたもののゴンザは自らの意思で付いて行っていた。
ニーナが二回戦時に異常を認知していたが結果後手に回ったことは別に責められるものでもない。ニーナがいなければ結局は同じこと。それどころか、ニーナとカレンがいたことで管制室の異常をいち早く察知することができたことは十分な評価に値するのだと。
「それと王様。あの場では報告をしにくかったので改めて報告したいことがあります」
「なんだ?」
まだ何か報告をすることがあるのかと、ローファス王は訝し気な様子を見せながら僅かに身構える。
「先生には先に言っていますが、あいつは魔王の器を探しに来たと」
「ああ。それはシェバンニから聞いている」
「それで……――」
そこでヨハンは言い淀んだ。はっきりとそのことをここで口にして良いものなのかと。
「言いにくそうだな?」
「はい」
「ならばこっちに来て話せ」
ローファス王がヨハンを手招きする。
「それで何を言いにくそうにしておる?」
「実は……――」
そしてローファス王にそっと耳打ちした。
「――……奴は、最後に僕にこう言いました。魔王の器を見つけた、と」
「!?」
ローファス王が驚愕に目を見開く中、そのままヨハンは視線だけでチラとエレナの顔を見る。その表情は微妙に疑問符を浮かべていた。
「そ、そうか。それで、誰が魔王の器だと?」
「それはわかりませんでした。問い詰めようとしたのですが、その前に逃げられました。申し訳ありません」
ローファスの耳から顔を離して俯き加減に答える。抱く後悔。ゴンザが連れて行かれる云々は抜きにガルアー二・マゼンダは捕らえなければいけなかった。
「いや、お前を責めはせん。エレナ!」
そこでローファス王はエレナに向けて大きく声を掛ける。
「は、はい!」
「さて、お前も既に聞いていることだが、王家の呪いはお前一人の問題ではない」
「で、ですが」
魔王の器が見つかったということはエレナにはまだ伝えていなかった。エレナやカレンが聞いているのは二回戦時までの情報止まり。シェバンニに報告した魔族が魔王の器を探しているというところまで。
「そもそも、それで言うなら俺も器の候補者になるのだからな。早急に調査はするが、お前はお前でできることをすればいい」
「…………わかりました」
僅かに逡巡を見せる様子を見せながらもエレナは小さく頷く。
それがローファス王、エレナの父として気遣いの言葉なのだということがヨハンにはわかっていた。
(たぶん、王様もエレナのことだと…………)
エレナ自身がそれを脳裏に過っているような素振りを一瞬だけ見せたのだから。もしかすれば自分が魔王の器なのかもしれないという推測を。
ガルアー二・マゼンダの言葉が確かなのだとすれば、あの場にいた王家の血筋はエレナとマリンの二人だけ。魔族の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないのだが、それでもその可能性が否定できない。
「さて、今回は色々と大変だったな、二人とも。カレン嬢も助かった」
「いえ、わたしはそれほど何かをしたわけではありませんので」
「いや、ナインゴランが十分感謝をしておったぞ。カレン嬢がいなければ修復に大きく後れが生じていたと」
魔導闘技場の損壊具合はかなりのもので、それどころか今回は魔族に利用されたとはいえ魔物を生み出したことで被害も甚大。
魔物が生み出されるということは調査段階、運用前からわかってはいたことなのだが、それは事前に魔素の調整をして生まれない様になっていたらしい。
「とにかく、だ。お前達にはまた何か頼むことがあると思うから、それまではゆっくりと身体を休めておいてくれ。今回はご苦労だった」
そうして魔王の器に関する問題は幾らか先送りとなった。
◆
ヨハンとエレナとカレンが退室した謁見の間に残っているのはローファス王とシェバンニ。
「もうそれほどの猶予は残されていないようですね」
「ああ。あいつらが帰って来るのが早いか、それとも……――」
あいつら、ローファスが直接依頼を出しているS級冒険者達。大賢者パバールの下に赴き、時見の水晶を持ち帰る任務。
「信じましょう。彼らを、そして彼女自身を」
「……そうだな。元々そのつもりで俺とジェニファーは覚悟を決めたんだったな」
回顧するように謁見の間の上方を見上げるローファス。
そこにはステンドガラスに描かれた一人の男性の人物画。かつて魔王を倒したと言われている勇者が描かれていた。




