第四十五話 世界樹の輝き(前編)
「この若くて美しい女性が里長だって!?」
「確かにそう聞こえたわね」
思わず驚き戸惑ってしまう。
見た目にはどう見ても二十代前半にしか見えないエルフの女性が里長と呼ばれたのだから。
そこへナナシーがニヤニヤとしながら木造の短い階段を下りて来る。
「皆さん、見た目に騙されてはいけませんよ!あの人ああ見えて――――」
「聞こえていますよ、ナナシー」
ナナシーは口に手を当てながら階段を降り小さく話すが、里長と呼ばれた女性はナナシーに向かい手をかざし、突如ナナシーの頭上が小さく歪むと次の瞬間には頭頂部を拳骨で殴られたかのように「いたっ!」と頭を押さえた。
「えっ!?もしかして今のは魔法ですか?」
「ええ、その通りです。小さいですが風魔法ですね」
ヨハンは一連の動きを見て、即座に里長がナナシーに魔法を使用したのだと気付く。
「すごい!」
「そうですわね、これほどとなるとかなりの制御が必要ですわね」
里長は魔法で空気を圧縮した塊を作り、ナナシーの頭上に落としたのだ。
驚くべきは、そのための絶妙な魔力操作が求められることを、この里長がいとも簡単にしてみせたから。
「それにしてもナナシー、なんだか最初に会った頃と比べてキャラ変わったね」
「――ったぁー。いやぁ、人間の世界ではお客さんだし、村長のところでは働かしてもらっているから一応最低限の体裁は取り繕うわよ」
ナナシーは意地悪く笑う。
「さて、皆さん」
里長が口を開くと視線が集まった。
「簡単な話はサイバルとナナシーから聞かせて頂きました。まずはその娘、スフィアの目を覚まさせてから詳しい話をしましょう」
里長は懐から光り輝く何かを取り出しヨハンが背負っていたスフィアに近付く。
手の中に握りしめられていたその光り輝く何かから一粒の液体が流れ落ちた。
液体がスフィアの顔をつたい口に入る。
数秒後「――うっ」と少し呻き声をあげ、スフィアは目を覚ました。
「――――こ、こは?」
「「「スフィアさん!!」」」
「スフィア!良かった!」
スフィアが目を覚ましたことで一斉に声を上げる中、特にエレナは嬉しそうな様子を見せる。
「わ……たし…………どう……して――」
「いいの!今はゆっくり休んで!」
エレナはスフィアに体を寄せ、目を覚ましたばかりのスフィアに休むように伝えた。
スフィアはわけもわからず、困惑した様子を見せる。
「さて、これであなた達の不安は解消されましたね。では詳しい話をしましょうか。とりあえず中に入ってください」
「里長さん、その前に教えてください!どうしてスフィアさんは目を覚ましたのですか!?」
「……そうですね、詳しいことはお伝えできませんが、これだけ伝えておきますね。これは世界樹の葉を調合して作った特製の薬です」
「……世界樹の?」
「まぁ深く考えないでください。一言で言うなら神秘の妙薬といったところですね」
里長はヨハンの疑問を解消すると、落ち着いたところでエルフの里に来た理由を聞くと言い、屋敷の中に招いた。
家の中はどこも自然との調和をベースに作られており、落ち着いた雰囲気を見せていた。
屋敷の中に案内された一同はその中の応接間の木製の椅子に腰掛け、里長はお茶を入れに行くと言い席を外している。
「――――そっか、私、皆を連れて来るはずだったのに皆に連れて来てもらったみたいね。ごめんなさい」
「しょうがないですよ、状況が状況だったんですから」
目を覚まし、落ち着いたスフィアにこれまでの経緯を簡潔に話して聞かせていた。
スフィアが申し訳なさそうにするのは、エルフの里に入る前に立ち寄る予定だったのがフルエ村の村長の所だったことに間違いがなかったこと。
スフィアとナナシーには面識がなく、そこにエルフがいると聞かされていたのでそのまま里に案内してもらう予定だったとのことだった。
スフィアは身体の方は重症を負った直後からモニカとエレナによる即座の回復によりほぼ問題ない状態にまでなっている。
ただ、数日昏睡に陥ったことで起きた直後は意識が少し朦朧とすることになったが、それも時間の経過とともにはっきりとしてきた。
「お待たせしました」
里長が戻って来てカタカタとお茶を置いていく。
「それで、あなた達がここに来た世界樹のことですが、世界樹についてどこまでご存知なのですか?」
ヨハン達の目をジッと見つめながら問い掛けた。
「えっと、僕たちが聞いたのは、遥か昔にいた魔王がその世界樹に封印されていて光輝いている。ただ、その封印が解け始めると光が弱くなるとお聞きしました」
「それで、私たちはその世界樹の輝きを見てきて欲しいって。王都の学校に魔族が現れたのもそれと関係しているのじゃないか、って」
里長の問いに対してヨハンが答え、モニカが言葉を引き継ぐ。
「…………。そうですね、あなた達の言う通りです。確かに現在世界樹の輝きが落ちてきています。ですが、その内容には足りないことがあります」
「足りないこと?ですか」
「ええ、何故魔王の封印が解かれ始めているかということです」
里長は魔王の封印には理由があると話す。
「確かにな。封印に期限とかがあったとか?」
「いえ、そのようなことはないはずです」
レインが言うような期限がないのは、世界樹は大地の奥深くに根を張り、その強大なマナを用いて魔王の封印をしていると、それだけの力があるのだと。
「では何故その封印が解かれようとしているのでしょうか?」
「あなたは王家の姫ですね?今から話すことはあなたに無関係ではない――いいえ、むしろあなたに関係する話ですからよく聞いて下さい」
「わたくしに関係する話?」
エレナは自身が関係する話と言われ、少し思案するのだが全く覚えがない。
ヨハン達も疑問符を浮かべながらエレナと里長を見る。
――――エルフの里長が話した魔王の封印とはこういうことだった。
遥か昔、魔王がこの大陸に混沌と破壊をもたらして人間を恐怖に陥れていた。
そんな中、一人の勇者が魔王を封印することに成功したのだという。
そして、その勇者は現在のシグラム王国を建国して現在まで王家として受け継がれているのだが、実はその勇者が魔王を封印する際、直前に呪いを受けたのだという。
呪いを解こうと試みたのだが呪いの内容の一切がわからず、ただ一つわかっているのは、その呪いが成就された時に魔王の封印が解かれるというものだった。
そして現在、その封印が解かれようとしているのが世界樹の輝きから確認されている。
「――――つまり、その勇者の末裔であるわたくしたち王家が受けた呪いが成就されようとしている。そういうことですのね?」
「ええ、そういうことになります。ただ、その呪いというものがどういうものなのかがわからないのです。もし封印が解かれることがあれば、伝承通り世界はまた混乱することになるでしょう」
そこまで皆黙って話を聞いていた。だが、話し終えたときにモニカが「でも」と言葉を挟む。
「どうして呪いの内容がわからないのに呪いを受けたっていうことがわかるの?」
「それは今となってはわかりませんが、当時の勇者がそう言ったと云われています。そして、その当時様々な方面からその呪いの内容を探ろうとしても全く掴めなかったと。それに今世に至るまで世界樹の輝きが弱まることが見られなかったので、今ではそれも御伽噺みたいに信じられなくなってきましたがね」
余りにも年月が経ち過ぎたことにより風化してしまって、今では詳細がわからないのだという。
「まぁいつまでも話をしていてもいけませんね。話はこれぐらいにして、実際に世界樹を見に行きましょうか。サイバル、ナナシー」
「「はい」」
「あなたたちも一緒に来なさい」
「はい!」
「もちろんです」
里長はサイバルとナナシーにも世界樹の確認に同行するように伝えた。




