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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
458/746

第四百五十七話 寵愛

 

「――……ってぇ……」

「な、なにをやってるのよ!?」


 目の前で脇腹に穴を開けているレイン。ドクドクと血を流していた。


「すぐに治しますわ!」


 脂汗を流しているレインの脇腹、マリンは必死に傷口に手を当て、拙いながらも治癒魔法を施す。


「わ、わりぃ……」

「どうして謝るの! わたくしのせいでレインが怪我をしたのですから! ですがわたくしはエレナほど魔法が得意ではないので少々のことは我慢しなさい!」


 治癒魔法としての効力は薄く、すぐには血が止まらない。傷口が塞がるのも遅い。


「いや――」

「だいたい、レインはバカですわ! こんな怪我をするぐらいならわたくしなど守らなくもて良いっていうのに! 本当にバカですわ!」

「だからわりぃって。にしてもまた破るところだったな」

「やぶるってなんですの?」


 危機的な状況に陥っている中でわけもわからないことを口にされ、マリンは若干の苛立ちを覚える。治癒魔法の修練を積んでいなかった自分自身に対してもまた腹立たしい。


「ああ。お前を守るって約束、また破りそうになったからさ」

「え…………?」


 その言葉を受けた途端、治癒魔法の光が僅かに薄まる。


「お、おいっ! いてて」

「あっ、申し訳ありませんわ」


 すぐに治癒魔法に集中しようとするのだが上手く集中できない。何を言っているのか一瞬理解できなかった。

 しかし、ゆっくりとその言葉の意味を理解していく。途端に一方的な羞恥が込み上げてくる。


「てててっ。確かにエレナ程じゃねぇけど、お前のも悪くないんじゃねぇの?」

「そんなわけないじゃないの! まだじっとしていないと」

「そんな悠長なこと言ってられないっつの。次は絶対無傷でお前を守らないとな。ほら、擦り傷ができちまってらぁ」

「こんな程度……――」


 明らかにまだ動いてはいけない。それでも立ち上がりながら笑顔を向けられることがにわかには信じられない。


「って、どうした?」

「――…………もしかして、気にしてますの?」

「ん?」

「そ、その、さっきの言葉ですわ」

「さっきの言葉って?」


 傷はなんとか塞がっているのだが、動けばすぐに開く。それに流した分の血はすぐには戻らない。


「……約束」

「約束? あっ、ああ。そりゃあこんなことになっちまったらもう試験どころじゃねぇけど、それでもお前をここで守るのは俺の役目だからな」


 マリンから視線を外したレインは周囲の様子を見ながら、再びマリンに視線を戻した。


「…………レイン」


 そこでレインは信じられないものを目にする。


「あ、あれ?」


 ぽとっと地面に落ちる滴。闘技場に生まれた水とは違う、マリンの頬を伝って地面に落ちる大粒の滴。涙。


「な、なんだなんだ?」


 突然涙を流しているマリンの姿を見て慌てふためくレイン。

 どうして泣いているのかマリン自身もわけがわからない。恥ずかしさが込み上げてくる。


「……ぅう、うぅっ」

「お、おい」


 周囲をキョロキョロと見回しながら、誰も見ていないだろうかと確認し、困惑しながらもゆっくりとマリンの両肩を掴んだ。遠くではエレナ達がシーサーペントの注意を引き付けるようにして再び攻撃を仕掛けている。


「あっ、もしかして俺達が負けるかもって思ってるんだな?」

「……ぅっ……えぐっ……うぐっ…………」

「だ、大丈夫だって。あの攻撃がなければ俺達が勝つって。エレナ達を信じろよ」


 とはいえ、エレナ達もいくらか回復をしたとはいってもダメージは大きく蓄積されていた。一度傾いた天秤はまだ元には戻っていない。今のところ平行。これから先、どちらにも傾く可能性がある。


「だから、な。心配するなって」

「…………ち、ちがい、ますわ」

「うん? なんだって?」


 小さく呟いた言葉はレインの耳にはっきりと聞こえていない。

 マリンはバッと勢いよく顔を上げ、涙の残痕を目尻に残しながらも鋭い目つきでキッとレインをきつく睨みつけた。


「だから違いますわ! って言ってるのよ! このバカレインっ!」

「え? は?」


 わけのわからない反応と語気の強さに目を丸くするレイン。


(そんな、そんなことじゃないわよ)


 そんなこと、わかりきっている。レインに言われなくとも、エレナの強さを誰よりも知っているのは自分自身。幼い頃から何度となく煮え湯を飲まされ続けてきたエレナの強さは。

 勝てないかもしれない不安によって涙を流したわけではない。エレナ達の強さを信じていないわけでもない。こうして改めて見ても、仲間としてのエレナの強さは十分な信頼に足るもの。

 早く次の手を打たなければいけないこんな状況だというのに流れる無言。戦闘の音だけが響いている。


「だったら……、なんだっつんだよ?」

「…………」


 まじまじと見つめ合う中、問い掛けられると再び目尻に涙を溜め込み、すーっと静かに頬を伝った。


「あ、あんまり泣くなって。ほ、ほら、可愛い顔が台無しじゃねぇかよ」

「ぷっ」


 困惑を抱いて動揺している姿が面白くて仕方がない。


「こんな時に何をバカなこと言ってるのよ。相変わらずバカレインね」

「お前バカバカ言い過ぎだっつの! お前の方こそ、バカだっつの」

「そうね。確かにわたくしは愚かかも……いえ、愚かでしたわね」

「あっ、やっ、じょ、冗談だからそんな気にすんなよ?」

「それにわたくしの美しさにちゃんと気付いていたのね。レインのくせに」

「……やっぱさっきのなしな」

「ふふ。レイン。ありがとう」

「は?」


 そっとレインの頬に手の平を差し出すマリン。突然のマリンの行動にレインはビクッとするものの身動きを取れないでいた。


(やっと…………やっとわかったわ。お父様)


 手の平をレインの頬から放すと、次に顔を向ける方向はシーサーペントへ向けて。


「え? え?」

「アイツだけは許さないわ」


 この胸に抱く気持ちに確信を持つ。間違いない。


(この気持ち、はっきりと伝えるために)


 今はまだ胸の中に閉まっておく。秘めたるこの感情。いつか届けたい。そう遠くない未来で。しかしその未来に辿り着くためには今ここで成さねばならないことがある。


「お、お前それ……――」


 思わずマリンの後ろ姿に目を奪われるレイン。目の前のマリンの身体を多くの光の粒子が包み込んでいる。


「――…………」


 そのまま言葉を失ってしまう。こんな危機的な状況であるというのにありありと見惚れてしまう程にただただその後ろ姿は美しい。それ以外の形容が見当たらない。戦闘によって汚れてしまったその衣装でさえも今のマリンを引き立てる様に感じられた。


(まさかわたくしがレインのことを好きに……いえ……――)


 肩越しにチラリと背後にいるレインを見る。どこかぼーっと、間抜けな顔を曝しているレインが愛おしいとさえ思えた。


(――……これが愛。愛するということなのね)


 初めて自覚するその感情。父、マックス・スカーレットに言われた言葉が甦って来る。


『いつかマリンにもわかる時がくるさ』


 ようやく理解した。だからこそこんなところで死ぬわけにはいかない。目の前の敵を倒さなければならない。ただし、それは自分一人ではできない。戦う力を持ち合わせていない。レインと二人だけでも辿り着けない。今は結束し、手を取り合わねばならない。


「いいわ、エレナ。贈ってあげる」


 前方へと両手を大きく差し伸べる。この愛おしい感情を素直に表現、送り届けたい。

 そうしてマリンはゆっくりと口を開く。まさに必死になって戦っているエレナ達に向けてその言葉を送った。


「【贈られる寵愛(ジ・アフェクション)】」


 マリンを包んでいた光の粒子が一際大きく輝き始めると、真っ直ぐに十一本の太い光の糸を伸ばしていく。それぞれ対象へ向けて紡いでいった。

 向かう先は最前線で戦っているエレナとモニカとナナシーへ三本。サナとテレーゼとユーリに向けて三本。カニエスとサイバルとロイスに向けて三本。呻き声を上げているシリカとオルランドへ向けて二本。


「何が起きたっ!?」


 突然光が襲い掛かってきたことに対してキリュウが驚きに声を上げる中、光の糸を受け取ったサナは困惑しながらテレーゼを見る。


「こ、これは、先程の……」


 気を失っていたはずのテレーゼは目を開け、ゆっくりと起き上がった。そうしてサナと互いに目を合わせるなり二人して手の平を開け閉めする。


「これって……」

「ああ。力が湧き上がって来る」


 そうしてそれが贈られた先を二人して見る。誰の手によるものなのかということを感覚的に理解していた。そうしてキリュウもその視線の先を目で追い、端々ながらも僅かに理解する。


「なるほど」


 自身へはその光の糸は伸びてこなかった。伸びた先は全員学生達へ。もうほとんど動けないシリカとオルランドにしてもなんとか身体を起こす程に回復を見せている。


(事情はわからないが、どうやらなんらかの力が開花したようだな)


 それ以外に考えられない。

 騎士団第七中隊長キリュウ・ダゼルドも知るその王家の直系の血族、マリン・スカーレット。詳細は定かではないが、持ち得る固有能力がなんらかの変調をきたしたのだと。


「マリン……あなた…………」


 エレナが視界に捉えるのは、意地の悪そうな笑みを浮かべているマリン。


「ふんっ。これで負けたら承知しないんだからね」


 悪態を吐きながらもエレナに向けるのははっきりとした笑顔。自分がしたことによる能力向上を自覚している。


「なぁおい?」

「なにかしら?」

「どうして俺には来ないんだ?」


 レインが抱く微かな疑問。マリンの能力が他者に行使されたのだというところまでは理解していた。だがレイン自身は何の影響も感じられない。


「さあ? 近くに居過ぎたからじゃない?」

「…………ふぅん。そんなもんか?」

「ええ。そんなものよ」


 それでも若干の疑問が残るのだが、わからないことはいくら考えてもわからない。そんなものだとレインは受け入れるしかない。


(ど、ど、ど、どうしてっ!?)


 素知らぬ顔を装うものの、マリンは内心では焦っていた。


(どうしてレインに届けられていないのよ!?)


 本来であれば一番先に届けたかった相手のはず。

 それに能力の内容も自覚している。これまで単独効果しか発揮できなかった【与えるべき寵愛】、それがここに至っては任意で複数に効果を届けられるはずの【贈られる寵愛】に変化しているのだと。だからこそレインも確実にその対象に含まれていたはず。確かに十二人に贈ったという実感はあった。

 しかしマリンは気付いていなかった。その光の糸は立ち昇るなりすぐさま反転して自身の身体の中へと戻って来ていることを。



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