第四百五十三話 天秤の傾き
闘技場内ではいくつもの瓦礫が散乱し、激しい損壊具合を見せている。
仮にこの場に学生達が残っていれば負傷者だけでなく死者も確実に複数出ていたであろうという程に大きな被害を出していた程の規模。
「キシャアアアアアッ!」
中央に位置するシーサーペントは舌なめずりをするかのように、シュルリと舌を出し入れし、その大きくも細長い眼をジロリと周囲へと見渡す。
「……うっ……うぅっ……」
「くっ……」
「ま、まだよ…………」
負傷具合は激しくかなりのもの。それでもエレナとナナシーとモニカのそれぞれは、被害甚大な傷だらけの身体を圧しながら起き上がろうとその身にグッと力を込めていた。
◆
闘技場が崩壊するその少し前、遡ることカレンとニーナが管制室へと辿り着いた頃。
「慣れてきたらこっちのものね」
「ええ」
シーサーペントの身体から射出される針の攻撃を躱しながら矢を射る構えを取るナナシー。
「サナ、お願い」
「うんっ!」
これまで確認できたシーサーペントの攻撃手段は全部で四つ。
今まさに攻撃を受けているその鱗の隙間から射出されるのは細長い針。刺されば人間の肉体など易々と貫通する威力を持ち合わせているのだが単調で視認できる速度での飛来。そして巨大な口から放たれる魔力を凝縮させた魔力弾。この二つが中・遠距離攻撃。
近距離はその巨体から繰り出される重量感のある振り回される尾と蛇特有の独特な身体のうねりを伴った突進。体当たり。
どれもが高威力を誇っているのだが、その見極めはこの場にいる者であれば大半が回避もそれほど難しいわけではない。
「疾風の矢」
そうしてナナシーによって放たれる矢。真っ直ぐにシーサーペントへと飛んでいく。
ここに於いてサナとナナシーによる絶妙な連携が生まれていた。
「加速魔法」
中空に浮かび上がる紋様が描かれた青の魔法陣。射られた矢の正面に現れる。
矢が魔法陣を通過するなりその速度をグンッと一気に引き上げた。
「なるほど。考えたものだな」
サナの前に立ち、その身を護るテレーゼは感心を示す。
「うん。上手くいって良かった」
これまで試したことのないこと。互いの魔法を組み合わせることによる相乗効果。
ブスっとシーサーペントの皮膚深くに刺さるその魔法の矢はすぐさま消失していくのだが、同時にその硬い鱗からドクっと出血させる。
「やるじゃないあの二人」
シーサーペントの注意を逸らすため陽動に動き回っていたモニカ。スタンとエレナの横に着地する。
「……ええ」
「どうしたの?」
思案気な様子を見せているエレナの姿にモニカは首を傾げる。
「いえ、どうにもこのまま終わるとは思えませんので」
杞憂であればいいのだが、何か見落としがあるのではないかという不安が拭えなかった。
「気にし過ぎじゃないの?」
「だといいのですが」
ここまで順調に運んでおり、じわじわとではあるのだが今の様に直撃を避けつつ慎重に動くことで徐々に戦局が傾き始めている。
「キシャアア……」
目の前を飛び回る小さな存在にシーサーペントは徐々に苛立ちを募らせていった。
動きを止め、その場を見渡すように大きくその目を左右に動かす。
「止まったのですか?」
飛び跳ねるキラーフィッシュを火魔法で焼き落としていたカニエスは、突如として動きを止めるシーサーペントを背後から見る。まだ遠くにあるその背を不思議に思う。
だが同時に、動きを止めるのであれば今が倒す絶好の機会とも捉えた。あれだけの攻撃を受け続ければ直にそうなるのも時間の問題だと踏んでいた。であればトドメはもうすぐ刺せる。
「今ならば」
そう考えるなりすぐさま持ち得る限りの最大限の魔力を練り上げる。
「炎の聖槍」
中空に浮かび上がる人間大の槍の形状をする炎の塊。持ち得る魔法の中で最大の威力を誇るもの。魔力消費が激しくそう何度も放てないのだが、与える寵愛により向上した今であれば間違いなく貫けると、それでなくともダメージは確実に負わせられるはず。いくらエルフと魔力量に差はあれども負けてはいられない。最大級の武功を立てる絶好の機会。
「はあッ!」
腕を大きく振り切り、炎の槍が無防備なシーサーペントの背に向けて飛来する。
その様子をエレナは視界の端で捉えていた。
「あれは……――」
確かにシーサーペントが動きを止めたことによってその場にいる全員が何事かと身構えてしまい、次の行動に移る動作が遅れてしまっている。そんな中でのカニエスの動き。
「――……まずいですわ!」
誰が倒したところで構いはしないと思って炎の槍を目で追っていたのだが、直後に起きた事態にカニエスはまるで何が起きたのかと呆けてしまっていた。
「全員防御態勢っ!」
精一杯の声量を用いてエレナが大きく声を掛ける。
「「「えっ?」」」
一体何事かと、その場に居る者達は一様に疑問に思うのだが、エレナの言葉の意味をすぐに理解した。
カニエスから放たれた炎の槍は、シーサーペントの背びれに到達しようとした瞬間にかき消されるようにして消滅してしまっている。
その様子を訝し気に見ていたエレナは、どうしてそのようになったのかに対して即座に思考を巡らせ、そうして辿り着いた。
「マジ……かよっ!?」
「え?」
隣にいるマリンに覆いかぶさるように横っ飛びするレイン。
「深緑の加護!」
ナナシーが即座に障壁魔法を展開する。
「逃げるぞ!」
「う、うん!」
少しでも距離を取ろうとしているオルランドとシリカ。
「なっ!?」
「余所見してんじゃねぇッ!」
明らかに異常な気配を察知したヨハンなのだが、迫るゴンザの一撃によって鋭い金属音を響かせた。
全力で振り払い、後方に飛び退くゴンザを余所に魔法障壁を展開する。
「チッ」
ヨハンの動きを見ながらゴンザもまた横目にシーサーペントの挙動を確認して防御姿勢を取った。
シーサーペントはダメージによって動きを止めたわけではなく、魔力を溜め込む為に動きを止めたのだということを。
周囲に視線を走らせ、あとは個々になんとかしてもらうしかないと考えながらエレナも自身を守る為に魔法障壁を展開した。
直後、シーサーペントの背の鱗が発光すると共に、ブンッと魔力の膜を張り肥大するように大きく膨張させた。
広範囲攻撃。これまで見られなかったシーサーペントの五つ目の攻撃が生まれる。それは予期していない程の広範囲、視界を埋め尽くすほどの光弾、大きな闘技場を余すことなく損壊するほどの攻撃だった。




