第四百五十一話 悪辣
エレナ達がシーサーペントと交戦を開始した頃、ギロリと鋭い眼差しでヨハンはゴンザに睨み付けられている。
「さぁ。おっぱじめようぜ。殺し合いをよぉ」
大剣を大きく構えるゴンザ。
「……その前に、僕もゴンザに確認したいことがある」
「あ?」
どうしてもこれだけは確認しておかなければならなかった。
ゆっくりと口を開く中、水面から飛び跳ねてヨハンへと襲い掛かってくるキラーフィッシュ。それに対して目を向けることもなくヨハンは剣を一振りして素早く切り落とす。決して今のゴンザからは視線を外さない。
「チッ」
そのヨハンの動きを見たゴンザはあからさまに嫌悪感を抱いて大きく舌打ちした。
「相変わらず嫌味な強さをしてやがるな」
「それだけが理由なの?」
「あん?」
「こんな非常事態だっていうのに、みんなが試験を中断して結束している中で、僕なんかを相手にしている暇があるのかってことだよ」
「ここでお前を殺す以外の理由が他に何か必要か?」
「今はみんなでこの事態を収めることが先だよ」
「俺には関係ねぇな」
「…………そぅ」
先程と同様の返答。その答えは変わらない。
明らかに異常事態だというのに意にも介していないゴンザがどうにも不可解でならない。
「そんなに僕が憎いの?」
「ああ憎いね。憎くて憎くて仕方ねぇな。お前のせいで死んだ奴がいるぐらいなんだからよぉ」
「僕のせいで? どういうこと?」
そう言われても思い当たる節が無い。全く。ゴンザが知る様な共通の知人が死んだわけでもない。
「この最終試験が始まる前だ。お前に苛立ったせいでどこの誰とも知らねぇ奴を殺っちまってよぉ。けど全然すっきりしなかったぜ。やっぱお前が死んでくれないことにはな」
「…………ゴンザ……どうして…………」
その言葉の信憑性は定かではないのだが、目の前の態度から見る限り嘘を言っている様子には見えない。
「どうしてだって? ハッ! お前がウザいからに決まってるだろ?」
「……そうか」
どうしてこれほどまでに憎まれているのかわからない。それに間接的にとはいえ自分のせいで失われなくてもいい誰かが命を落としたのだとすればやるせない気持ちにもなる。
しかし、どうしてもその前に確認しておかなければならないことがもう一つだけあった。
「…………ガルアーニ……マゼンダ」
小さく呟く。
「あ? どうしてあのジジイをお前が知ってやがるんだ?」
「……やっぱり」
その反応だけでもう十分だった。ゴンザがこの名前を知っているはずがない。
そうなるとあの時、二回戦で遭遇した時のガルアーニ・マゼンダの反応に対してもわからなかった疑問がほんの少しだけ解けた気がした。
「お前の知り合いかあのジジイ」
「…………」
「いや、もうそんなことはどうでもいい」
ジリッと地面を踏みにじっているゴンザは今にも飛び掛かってきそうな気配を見せている。
(ゴンザがあの魔族と接触していたんだ)
ガルアーニ・マゼンダは目的を達成したので闘技場を後にしようとしていたのだと。しかしだとすれば更に疑問が浮かび上がってきた。
(ゴンザが魔王の器?)
交わした会話。問いかけに対して明確な返答はなかった。
脳裏を過るその考え。しかしすぐさま過ったその考えを否定する。
(違う。魔王の呪いを受けたのは王家に間違いはない)
だとすれば魔王の器足るのは王家の血筋の人間のはず。それがエレナかもしれないと考えたのだが詳細は未だ定かではない。ゴンザに王家の血が流れている可能性も視野に入れて考えたのだがそれもまたすぐに否定した。ガルアーニ・マゼンダの口ぶりと、エレナがそのようなことを一切口にしなかったことからして恐らくその可能性はないのだという結論に至ったのだが、どこかその推測にも確証があった。
(だったら……――)
そうして行きついたもう一つの結論、ゴンザが明らかにその力を底上げしたことと今ここに於いて自身と敵対している理由。
「――……ゴンザ。気は確かなんだよね?」
「あ? 今さら何言ってやがんだテメェは? びびったのかよ。だったら大人しく死にやがれッ!」
ドンッと一気に殺気を膨らませながら一直線に向かってくる。
「ぬはっ!」
狂気染みた笑みを浮かべているゴンザの表情に覚えがあった。あの時、ドミトールでレグルスが魔族化した時に浮かべていた笑みと酷似していた。
「チッ!」
大きく振り下ろされる大剣を回避する。そのまま反撃に転じようとグッと剣の柄に手を掛けるのだが、引き抜くのを僅かに躊躇した。
「んだよ? やらねぇのかよ?」
ブンッと再び大きく振り切られる剣戟。豪快さはこれまでと変わらないのだが、明らかにヨハンが知るゴンザの剣とは一線を画すその鋭さ。
「ちょろちょろしやがって!」
このまま避け続けていたところで恐らくゴンザの態度は変わらない。
「だったら……――」
気絶でもさせればいい。致命傷を与えないように配慮しながらゴンザの剣を躱しつつ、横薙ぎに剣を振り抜く。
「え?」
ドッと鈍い音を立てるヨハンの剣はゴンザの服を切り裂いたのみで肉体に傷をつけることができないでいた。
「舐めてんのかテメェ!」
「ぐっ!」
腹部に受ける衝撃。大きく蹴り飛ばされる。
「てめぇ。この期に及んでまだふざけてやがるんだな? まるで殺気がこもっていやがらねぇ。これだったらあのクソ女の方がまだマシだッ!」
「あの女?」
「モニカとかいうあのヤロウだ。アイツをお前の次に殺してやる。いや、その前に先ずはあのクソエルフのやろうだな」
ニタッと笑みを浮かべるゴンザの表情にはいやらしさが滲み出ていた。
「そうだ。こうしてやろう。あのやろうどもを先に瀕死にしてだ。そこでひん剥いて、曝してやろう。そうすりゃお前はどんな反応をするかな? くはは。やる気のねぇお前はそこで大人しく待っていやがれ」
クルッと反転してヨハンに背を向けるゴンザ。足を踏み出そうとしている先には今まさにシーサーペントと激闘を繰り広げているモニカ達へ。
「――ぬあっ!?」
ゾッと背筋に悪寒を走らせたゴンザは大剣を顔の前にかざす。チィンと鋭い金属音をその場に響かせた。
「……そんなこと、僕がさせない」
「へぇ。ようやく殺る気になりやがったか」
真っ直ぐにゴンザを捉えながら、はっきりとした意思を持って剣を構える。




