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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
451/746

第四百五十 話 五里霧中

 

「――おいおい、どういうことなんだよ!?」

「…………」


 レインの問いかけにマリンは無言。声を掛けられるレインを一切見ることなく、エレナとモニカの動きをジッと見定めていた。その可能性は念頭に置いていたのだが、決定機に大きく欠けている。


「レイン?」

「なんだよナナシー?」

「レインはあの魔物のことを知ってるの?」

「いや……知らねぇけど? それがどうしたんだ?」


 レインが首を傾げる中、マリンはチラとナナシーを見るのだがすぐさま視線を元に戻した。


「……エルフ」

「なに?」

「わたくしが声を掛けたら次はあなたがいきなさい」


 ぶっきらぼうに言い放つ。その態度とわけもわからない指示にレインはカチンとさせる。


「お前いい加減にしろよ! さっきからなんなんだよッ!」

「ふふっ。わかったわ」

「な、ナナシー!?」


 明らかに態度の悪いマリンなのだが、ナナシーにはその言葉の意図をなんとなくだが汲み取っていた。


「大丈夫よレイン」


 仮にマリンの指示がなかったとしてもやることはそう今と変わらない。むしろモニカとエレナと並び立つようにして戦うため最初に飛び込んでいるはず。


「たぶんエレナも同じ考えだったと思うから」


 根拠はないのだが、先程のエレナの様子から察することができていた。

 加えて、今まさにシーサーペントの周囲を動き回っているモニカとエレナの姿を、真剣な眼差しで追っているマリンの様子からある程度は予測出来る。


「だったら俺も!」

「レインはここにいてマリンさんを守ってあげて」

「え?」

「ふんっ。癪に障るようだけど、エルフの方がレインよりもわたくしとエレナの考えを理解しているようね。ではそろそろいきなさい」

「わかったわ。じゃああとのことよろしくねレイン」


 そうしてナナシーも力強く地面を踏み抜くと真っ直ぐに駆けだした。


「だからなんなんだよいったい!?」


 状況の理解が追い付かないレインは、とにかく言われるままにマリンの傍を離れることができなかった。



 ◆



 シーサーペントの口腔がギラッと光る。そうして放たれる魔力弾は、目の前で跳躍しながら剣を振るおうとしているモニカへ。


「きゃっ!」


 剣の腹を向けてなんとか魔力弾を受け止め逸らすことができたのだが、逸らした先にはマリンの姿。


「しまった!」


 マリンの身体能力では避けることの適わない速度で飛来している。


「あぶねぇっ!」

「――……なぁるほど」


 モニカの視界に映るのは、レインがガっとマリンを抱いて後方に飛び退いていた。


「これなら安心して戦えるわね」


 レインがマリンの護衛をしているのだと理解する。だからこそエレナは気兼ねなく前線に来ているのだと。


「でも困ったわ」


 エレナと二人、いくつもの斬撃を浴びせているのだが、与えられているダメージは軽微。このままいけば体力的にも魔力的にも消耗が激しくなり長続きはしない。そうなるとどうやって倒そうかと頭を悩ませた。


「ヨハンは……――」


 チラリとヨハンが向かった先に視線を送ると、そこではヨハンとゴンザが向かい合っている姿。

 スタッとエレナの隣に着地して抱いた疑問を問い掛ける。


「ねぇエレナ? あれってどういうことなの?」

「わかりませんわ。でも」

「そうね。ヨハンに任せるしかないようね」


 いくらか簡単に説明しようかとしたところで口を挟むモニカ。ニコッと微笑まれた。


「そういうことですわ」


 そこに言葉による説明など不要。互いの信頼がそれを成せる。


「それで、こっちはこれからどうするのよ?」

「そこが問題ですわね」


 これだけしても倒す手段が見つからないのであれば、ヨハンが駆けつけるまでの時間稼ぎをすればいいのだろうかという選択肢。


(……いえ)


 この場を託された以上、目の前の魔物、シーサーペントを倒すことがその信頼に対する応え。


「とにかく、今は少しでもダメージを与えますわよ」

「しょうがないわね。今はそれしかないか」

「エレナっ! モニカっ!」

「え?」


 改めてシーサーペントに対して向かおうとした際、不意に聞こえてきたナナシーの声。


「「ナナシー!」」


 声の下に目を向けると、小さな浮島に立っているナナシーは既に魔力を練り上げていた。


「私が気を引くわっ!」


 その足下の浮島だけがまるで異様な光景。敷き詰められるように、びっしりと生い茂っている。


「自然の恵みっ!」


 呼応するように背を長くさせ、真っ直ぐに伸びるいくつもの蔦。それがまるで束ねた糸のようにいくつも絡み合い、先端を鋭くさせるとギュルッと真っ直ぐにシーサーペントへと向かっていった。


「グガッ!?」


 シーサーペントの身体の中央部分、その硬質な蛇の鱗に対してブスッと僅かに先端が刺さる。


「ほ、ほんとに硬いわねっ!」


 威力だけであればナナシーが持つ術の中でも最大限の出力を出しているのだが、それでも束ねた蔦によるダメージは少量の血を流させる程度。


「モニカっ! お願い!」


 そのまま大きくモニカへと声を掛ける。


「え? なに?」


 声を掛けられたモニカは一瞬何をすればいいのかわからず困惑したのだが、次に受ける指示で即座に理解した。


「ぶった切って! そのあとはエレナっ!」

「あっ……――」


 この局面に於いて、シーサーペントを切るような指示は間違いなく出ない。そもそも切れない。となれば切る対象が違うのだと。そしてそこから先をエレナに任せるのだと。


「――……そう、いうことね」


 僅かにエレナへ目配せするモニカ。目が合うエレナが小さく頷き合うのを確認すると、エレナもナナシーのその言葉の意図を正確に理解したのだと把握する。


「じゃあお先に!」

「ええ。後はお任せくださいませ」


 大きく跳躍して向かう先はナナシーが繰り出した蛇の鱗へと刺さっている蔦の先端方向へ。


「はあっ!」


 すかさず剣へ闘気を流し込み、蔦を両断するために大きく振り下ろす。

 ズバンッと勢いよく切り開かれる蔦は束ねられたいくつもの断面を晒していた。


「さすが。わかってるわねあの二人は」


 ナナシーも思わず感心せずにはいられなかった。僅かの言葉のやり取りに含まれた意図を正確に把握してそれを成そうとする姿勢。加えて阿吽の呼吸を見せるモニカとエレナに。

 そうしてナナシーがそのまま追いかける視線の先には、落下していくモニカと入れ替わるようにして跳躍しているエレナの姿。横向きに大きく魔剣シルザリを振りかぶっている。


「風牙ッ!」


 掛け声と共に振り切るシルザリをモニカが切り落とした蔦の断面へ向けて。

 魔剣の固有能力の倍加も加えながら、ドゴンと大きく鈍い音を響かせる。直後には先端だけシーサーペントの鱗に差し込まれていた蔦がドスッとめり込むようにして深々と刺さった。


「ギシャアアアアアッ!?」


 はっきりとした傷跡を付けると同時にシュウッと解けていく蔦。傷跡からはボタボタと血が噴き出し、突然の痛みにシーサーペントが大きく叫び声を上げる。


「効いたっ!」

「やったぜおい!」


 その圧倒的な連携を目の当たりにするマリンとレインが同時に声を上げていた。


「この調子ならいけんじゃねぇの?」

「油断してはいけないわ。相手は未知の怪物なのよ!」

「んっ? お、おうっ!」


 ジッとシーサーペントの挙動を見逃さないように声を張り上げるマリン。その真剣な顔つきにはレインも素直に感心を示す。

 突如として襲い掛かってきた痛みに対して悶絶する声を上げるシーサーペント。

 その様子を見ながら中規模の大きさの浮島に着地しているモニカとエレナの下にナナシーが笑顔で駆け寄るように跳躍する。


「さすがね二人とも」

「まったく。無茶をさせないでよね」

「ほんとですわ」

「あら? その割には余裕そうに見えるけど?」


 悠然とした佇まいでシーサーペントを見上げる三人の様子を見ているユーリは呆気に取られていた。


「す……ごい」


 まるで規格外。同じことをして見せろと言われたところで出来るはずがない。これほどまでの力の差があるのかということをまざまざと痛感せずにはいられない。


「なあサナ! モニカ達は凄いな!」

「…………ええ」


 ユーリが問いかけるのだが、サナは空返事を返すのみ。


「どうしたサナ?」


 顔を逸らして向けている先にユーリが釣られるようにして目を向けると、そこではヨハンとゴンザが何度となく剣を交えていた。



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