第四百四十九話 水棲怪獣
「ギシャアアアア!」
闘技場内に響く大きな咆哮。威嚇も込めて放たれる巨大な叫び声。
(それにしても……――)
エレナがチラと見る隣に立つマリン。マリンがここに立っていることが不思議でならない。
(――……どうしたのかしら?)
いつものマリンであれば真っ先に安全なところまで逃げていてもおかしくはない。それがどうして最前線のここにいるのか。
「よしっ、じゃあ俺達も向かうぞナナシー!」
「ええ」
疑問に思っていたところ、我先にと駆け出そうとするレイン。レインの言葉にナナシーが同意を示す。だが考えなしのその特攻よりも、もっと効果的に仕掛けなければならない。
「いえ――」
そのため割り込むようにエレナが言葉を差し込もうとするのだが、それよりも早く口を開いたのはマリンの方。
「ちょっと待ちなさいバカレイン」
「なにがバカだっつんだてめぇ! こんな状況でモニカ一人に任せるわけねぇだろ」
既にシーサーペントの後方から仕掛けようとしているモニカ。
今ここで先頭に立って戦える人間は限られる。しかしだからこそマリンは止めていた。
「当たり前じゃないの。何を言っていますのやら。いいから時間がないから大人しく聞きなさい」
「んだ?」
「まず、モニカとエレナであの魔物の特性を把握しなさい」
「ん?」
レインが疑問を浮かべる中、マリンは真っ直ぐにエレナを見る。
(…………へぇ)
ジッと見られるその双眸の眼差しにエレナは思わず感心してしまう。
「……わかりましたわ」
「お、おいエレナ!」
レインが慌てる中、その意図を問い掛けることなくエレナはすぐさま反転してシーサーペントへと向かって行った。数秒マリンの眼を見ただけで理解する。
(はぁ。エレナのああいうところが嫌になるのよね)
まるで何もかも見透かされている様。いつもであればその態度に不快感を伴うのだが、以前の時のような感覚とはまた違う感覚を今ここでは得ていた。
――――そしてそれはエレナにしても同じ。だからこそその提案に若干の疑問を抱きながらも迷うことなくシーサーペントへ向かおうと。
「まさかあのマリンがここまで冷静に対処できるようになっていましたか」
駆け出し、シーサーペントを見上げながら思わず笑みがこぼれる。
この未知の局面に於いて、戦力を損なわないように最大限に活用しながらの見極めが必要なのだということに至ったであろう思考。であればそこは任せてみてもいいのかもしれないという判断。
「モニカっ!」
そこで大きく声を放つと、既にシーサーペントへ到達しようとしているモニカと目が合った。
「やりますわよ!」
そうして大きく跳躍しながら魔剣シルザリを大きく振りかぶる。
「ギシャアアアア!」
軽く見上げる程に跳躍しているエレナ目掛けてシーサーペントは大きく口を開いた。
放たれるのは姿を見せる直前に放たれたのと同じ魔力弾。
「単純ですわね」
迫る光弾をクルっと身体を回転させて躱す。
まともに喰らえば少なくとも大ダメージを受けること間違いなしの魔力弾なのだが、エレナの豪胆さが見事にそれを回避していた。
「はあっ!」
そのまま勢いよく魔剣シルザリを大きく振り下ろす。
ザシュっと音を立ててその緑の鱗に傷を付けるのだが、硬質な鱗の薄皮を斬る程度。
「予想はしていましたけど、思っていた以上に硬いですわね」
モニカの剣でも斬れなかった以上、相当な硬度を誇るのはわかっていた。
「エレナっ!」
浮島に着地するなり一直線にエレナに向かって来ているモニカ。
「紫電」
パリッと足元を鳴らして加速度的にその速度を向上させる。そのモニカの行動の意図をエレナは正確に理解していた。シルザリを大きく振りながら遠心力一杯に回転する。
「ふっ!」
前方、エレナに向けて跳躍するモニカは振り抜かれるシルザリの刃の腹に足を乗せる。
「よろしくですわ」
「任せて!」
「はああっ!」
シルザリが振り切られ、一直線に向かうのはシーサーペントへ。
紫電によって繰り出された凄まじい速度を、エレナのシルザリを振るう遠心力を利用して更に向上させる。
「紫電昇撃」
立ち昇るのはまるで遡る雷。
シーサーペントと交差しながら振り切られるモニカの剣。一度目のモニカの剣では無傷だったその鱗にズバッと鋭く深い切り傷を残した。
「ギシャアアアッ!?」
鋭い痛みを突如として発生させたことにより、シーサーペントは大きく叫ぶ。
「やった!」
確実に手応えのある一撃。より一撃の威力を上げれば頑強な鱗でさえも斬ることができた。
「モニカっ!」
「あっ……――」
すぐさまエレナに声を掛けられるのは、宙に浮いているモニカ目掛けて水飛沫を上げながら叩きつけるように迫って来ている巨大な尾。
しかし、紫電による反動で十分な防御姿勢を取ることができない。
「――……ぐっ!」
結果、尾で激しく叩きつけられドゴッと大きく音を鳴らす。
「モニカさんっ!」
すぐさまサナが魔力を練り上げ、水面の性質を変化させる。
今正に水面に叩きつけられようとしたところ、モニカは柔らかな綿のような水によって受け止められた。
「つぅっ、た、助かったわサナ」
「どういたしまして」
ゆっくりと身体を起こすモニカにニコリと笑みを浮かべるサナ。
「グウッ!?」
シーサーペントは周囲の魔力反応を感知して、それが誰の手によるものか判断する。
「あっ……――」
サナが小さく声を漏らすのは、次にサナへ向けて狙いを定めて大きく口を開けているシーサーペント。そうして放たれるのは高速で射出される光弾。
「があッ!」
勢いよく飛来する光弾を躱しきれないのだが、サナの目の前に立つ獣化したテレーゼ。その身を盾にして受け止めていた。
「ぐっ……がはっ」
僅かに吐血しながら片膝を着く。
「どうして!?」
慌てて駆け寄り治癒魔法を施すサナ。元来治癒魔法はそれほど得意としていないのだが、それでも水で満たされた今のこの空間は治癒魔法の効力さえもいくらか底上げしていた。
「よかった」
「次ですわっ!」
「ええ」
サナの無事を確認するなりほっと安堵の息を吐くモニカはすぐに動き出し、シーサーペントの視線を誘うようにしてその周囲をエレナと共に駆け回る。
「ど、どうしても、こうしてもない、さ。この状況に於いて私にできることなど限られている。剣姫があれだけの攻撃を仕掛けて尚もあの程度なのだ。ならば私程度が攻撃したところでたかが知れている」
「……そんなこと」
「遠慮などいらないさ。自分の実力は自分が一番知っている。今ここで最前線に立てるのは極一部に限られている。お前のようにな」
「えっ?」
ジッと見られるサナはテレーゼとシーサーペントを交互に見やる。
「私にできるのはお前の盾になることだけだ。なに心配するな。この姿になったことで肉体は大きく強化されている。もう何度かは十分に受け止めれるさ」
「で、でも……」
「人に遠慮していると本来の目的を見失うぞ。いいからやれ」
テレーゼの目力。はっきりとした意思を宿していた。
「わ、わかった。でも、絶対に無茶はしないで」
「もちろんだとも。これが終わればもう一度お前とは戦いたいところだからな」
「あはは……それは遠慮したいかなぁ」
シーサーペントの気を引くようにモニカとエレナが撹乱するような動きを見せている中、サナは苦笑いしながら答える。




