第四百四十七話 キリュウの見解
突如として起こった非常事態。
「急げッ!」
試験を観戦していたキリュウ・ダゼルドは周囲にいた騎士や衛兵に声を掛けて避難誘導の陣頭指揮を執り、混乱を避けるように見事に統率していた。
「よし。これであらかたの避難は済んだようだな」
「ですがあの子達はどうなさるのですか!?」
「あそこには私の妹もいる。だからあとのことは私に任せてお前達は情報を集めつつ周囲の警戒にあたれ。引き続き生徒の安全を確保しろ」
「よろしいのですか?」
「かまわん。時間がない。二度は言わんぞ」
「はっ!」
駆け出す一般騎士達の背を見送り、次に視線を向けるのは観戦席でどこかへ向かおうとしているところであるシェバンニとナインゴランへ。
「ふっ!」
軽く跳躍して二人の下に飛び降りる。
「ナインゴラン」
「わっと、びっくりしたのぉ。どうしてお主がここにおる?」
突然目の前に降って来たキリュウにナインゴランは驚き目を見開いた。
「そんなことは今はいい。それよりこれはどういうことだ?」
魔道具研究所の所長であるナインゴランに聞けば話は早い。しかしナインゴランはすぐさま表情を難しくさせる。
「すまん。わっしにもわからぬ」
「なに?」
「じゃからこれからアルバートと共に管制室に向かおうとしていたのだ」
「ならばあちらはどうするのだ?」
くいっと首を回して見るのは闘技場の中央付近、巨大な魔物シーサーペントに対峙しているのは試験中だった学生達。
「構いません。彼らに任せましょう」
「とは言うが彼らは学生だぞ?」
シェバンニの落ち着き具合がどうにも不思議に感じた。
「ええ。その通りですが、彼らにはこの非常事態に対応できるだけの力を持ち合わせています。何よりあそこの彼は既に学生の身でありながらS級にまでなっているのですから」
「なにっ!? あの竜殺しがか!?」
「ええ」
騎士団の中隊長であるキリュウ・ダゼルドが調べればすぐにその情報に辿り着く。シェバンニとしてもここで隠す必要もない。
「……なるほど。どういう過程を辿ってそのようなことになっているのか知らないし興味もあるがそれならば問題ないな」
酔狂や冗談で学生をS級になど昇格させることなどない。それならばそれなりの理由や事情が存在し、見合うだけの実力を持ち合わせているのだとすぐに理解し、キリュウはシェバンニの落ち着き具合とその判断にもいくらか納得できた。
「ならば私は彼らの補助に回ろう」
「よろしいので?」
「構わんさ。どちらにせよあの場には妹もいるのでな」
「そうでしたね。では後のことはお任せします」
「ああ任せてくれ」
そうしてシェバンニとナインゴランは管制室に向かって行く。二人を見送るとキリュウは大きく溜め息を吐いた。
「まったく。シェバンニ先生は相変わらずのようだな」
そのまま苦笑いを漏らす。
如何にS級の学生が頼りになるとはいえ、それはたった一人だけ。そもそもあの場にいる全員が一様に同じというわけでもない。
「だいたい、あの学生、アレはどうやら堕ちたかもしれないぞ」
チラリと見るゴンザの姿。確証も何もないただの直感。
「なるほど。アーサーの言った通りだったな」
直接アーサー・ランスレイ騎士団第一中隊長から得た情報。魔族なる存在。元人間だという話に関する詳細は定かではないのだが、キリュウ・ダゼルドは恐らくという程度にそれに間違いないのだろうという見解を抱いていた。そして今も正にそうなるのではないのだろうかと、本能的にそう告げている。
「願わくば外れて欲しいものだがな」
既視感。それはかつて新人時代に遭遇した事態に酷似していた。表面に見える状況は全く異なるのだが、覗き見せるその雰囲気。
しかし敢えてシェバンニに言わずにいたのはキリュウなりの思いやり。学生指導に熱心なシェバンニがそのような事態に直面すればさすがにいくらか心傷を受ける。
「ではいくか」
尻拭いぐらいはしようと。経験値で言えばシェバンニの方が遥かに上であるのだが、自分であれば非情になりきれる。そのようなことにはもう慣れたもの。
◆
サナとテレーゼとユーリ、三人は困惑を来していた。
「何がどうなっている?」
「わからないわ。けど、普通じゃない」
「ウインドッ!」
ユーリが襲い掛かってくるキラーフィッシュを魔法で切り裂く。
「とにかく一度みんなのところにいきましょう」
「そうだな」
つい先程までサナと戦っていたテレーゼは、獣化したことで一気に身体能力の強化をしたのだがそれでも攻めあぐねていた。目の前のサナのその強く逞しい姿には感心するしかない。
「はっ!」
サナが大きく腕を振るうと同時に動き出す空中の水の塊。鋭い刃と化してキラーフィッシュの体を貫く。
「どうやらこれでも勝てなかったようだな」
もう認めるしかない。最終手段であった獣化を使って尚も届かないところにサナはいるのだと。学内順位も六位と十位ではあるが、これではどちらが上かわからない。
そのテレーゼの様子を見ているサナはきょとんとした。
「ううん。そんなことないよ。私の方こそ、これ借り物の力なの」
「借りもの?」
「うん。詳しく話すと長くなるんだけど、実はこれ精霊の力を貸してもらってるの」
苦笑いしながらサナは答える。
「だから、テレーゼさんの方がちゃんと自分の力だから、もっと自信を持ったらいいのじゃないかなって」
「……そうか。今はその言葉、ありがたく受け取ろう」
人間とはかけ離れたこのような見た目になろうとも、馬鹿にしているわけでも、蔑まれているわけでもないということは目を見ればはっきりとわかる。サナはしっかりと本心からそれを言ってくれているのだと。
「だがならばサナも獣人の血を取り込めばいいのでは? 将来伴侶に獣人をもらうとか」
「あっ、それはいいかな? 毛深いのいやだし」
「「…………」」
ニコリと返答するサナにテレーゼは無言になり、黙って二人の会話を聞いていたユーリは絶句した。悪気がないというのはわかる。
(…………サナ、素直過ぎるのも案外罪なものだぞ?)
ユーリはそんなことを思いながら迫るキラーフィッシュを剣で両断していた。




