第四百四十二話 生まれ始めるもの
「エレナとサイバルと、それにロイス」
ヨハンとエレナ達が対峙しているのは比較的大きな浮島。走り回ることができる程の大きさ。そうして対峙するのは、僅かに距離を取って三方向に分かれているエレナ達。中央にサイバル、右手にエレナ、左手にロイス。
「まずは」
一直線にロイスに向けて駆け出す。サナの話によるとロイスの学内順位は十二位。リーダーでないのは二回戦でリーダーを務めていたことから明らか。しかし倒すことでポイントを稼げる。
「くっ!」
ロイスはヨハンの眼光の鋭さに僅かに委縮してしまっていた。直接話をするような間柄ではないのだが、巨大飛竜の討伐を実際に目にしている。およそ到達しえない高みの強さ。
「やはりそうくるか」
「させませんわ!」
そのヨハンに対して挟撃するようにして矢を射る構えのサイバルと魔剣シルザリを大きく振るうエレナ。
(当然そうくるよね)
ロイスを守るための動きは想定内。元々そのつもりで仕掛けている。
この時、サイバルとエレナの二人から同時に距離を詰められる方が対処するのに困難を要したのだが、共に遠距離攻撃をしてきてくれたことが幸いしていた。
「ふっ!」
小さく息を吐いて急速に方向転換をしてサイバルに向かう。
「なにっ!?」
魔法の矢を射たことによってできた隙。サイバルの懐深くに潜り込んで大きく剣を振り切った。
「ごふっ!」
防御も回避も間に合っていない。なんとか踏ん張るもののその場で片膝を着くサイバル。
「はあっ!」
背後から迫るロイス。横薙ぎに剣を振るっている。
「いけませんわ!」
エレナが大きく声を掛けるのだが間に合っていない。
ヨハンはスッとその場で姿勢を低くさせ、ロイスの剣は空を切った。そのまま足払いを掛け、下から突き上げるようにしてロイスを蹴り上げる。
「うぇっ……」
そのまま高々と蹴り上げられるロイス目掛けて片手を構えた。魔力を練り上げ、炎を飛ばす。
「風牙ッ!」
これでロイスを落とせると思っていたのだが不意に耳に飛び込んでくるエレナの声。炎弾をかき消すように風の刃が相殺させた。
「さすがエレナ」
距離を詰めに来ればエレナに向かうつもりだったのだが距離を保たれている。落下していくロイスをなんとか起き上がったサイバルが受け止めていた。
「うぅ……」
苦悶の表情を浮かべ呻き声を上げているロイスはあと一撃でも受ければ戦闘不能に陥る。エレナがそっと手をかざして治癒魔法を施すとロイスの表情は和らいでいった。
「す、すまなかった」
「それよりどうする?」
サイバルからすればヨハンの動きの速さに展開力は想定以上。今の攻防の中に含まれていたいくつもの陽動と伏線もかなりのもの。それだけのことを一人で成し遂げる実力の高さは他に類を見ない。
「…………仕方ありませんわね」
エレナとしてももう覚悟を決めるしかない。最悪差し違える覚悟を持ってしなければヨハンを倒すなどできはしない。
(まったく。どれだけ強くなっていますのやら)
正直なところ差が縮まったのか開いたのかわからない。
「わたくしがいきますわ」
「ふむ」
「エレナだけでも、そ、その、に、逃げた方がいいのでは?」
僅かに頷くサイバルと対照的なロイスの反応。今リーダーのエレナが落とされればポイントは並んでしまう。
「確かにそれも手ではあるが、どうする?」
「究極的にはそうさせて頂きますが、わたくしの、まぁ受け継いできた血と言いますか、わたくしの家の教えでは最前線に立ってこそ人民を鼓舞できるというものがありますので。矜持とでも言っておきますわね」
「…………」
ニコッと微笑むエレナを見てロイスはぽっーと見惚れてしまっていた。
学生の間は学内で立場を公に出来ないために言葉少なめにしているが、シグラム王国の王家の習わし。慣例。王族であろうとも有事の際には指揮官を務めることも厭わないその姿勢は兵の士気を高めるのだと。それが自身と兵の命を守ることにもつながるという。
「確かにそう言われれば退くわけにはいかないね」
「ああ。わからないでもないな」
ロイスとサイバル。共にエレナを守るために立ち塞がる様にして前に立った。
「二人の気配が変わった?」
ヨハンが正面に捉えるエレナ達。明確に何がというわけではないが、目つきや醸し出す雰囲気が大きく違うように見える。
「これは気を引き締めないとね」
油断をしていると足下を掬われかねない。
「ではいざ尋常に……――」
グッと前傾姿勢になるエレナ達三人。玉砕覚悟で飛び込んでくるとは思えない以上周囲の様子に対して大きく気を配ると不意に妙な気配を得た。
「ちょ、ちょっと待ってエレナ!」
大きく腕を伸ばしてエレナに向けて手の平を振る。
戦闘が始まったことによって鋭敏になっている感覚。感知能力。
「どうかしましたか?」
踏み込みを留まったエレナは直立して疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「なにかが起きる」
「なにか、とは?」
「わからないけど嫌な感じが……」
しかし明らかに不穏な気配が周囲を覆っている。
一体どうしたのかとサイバルとロイスが顔を見合わせている中、ヨハンは水面に顔を向けていた。
古代の遺産の技術を基にして造られた魔道闘技場、試験の最終戦として生み出されたいくつもの浮島と取り囲んでいる膨大な水。誰も気づかないその水中深くではポコポコと夥しい数の気泡が発生していた。




