第四百四十一話 乱戦模様
「か、カレンさん!」
「わ、わかってるわ!」
明らかにゴンザが醸し出す気配が変わっている。
ニーナの眼にはどす黒い瘴気が映っており、それには覚えがあった。
「あれって、レグルスの時と同じ……?」
「それってまさか!?」
とはいうものの、カレンも感じていた。どこか微精霊が一斉にざわついて危険を告げている。
「はやくシェバンニ先生に伝えないと!」
「ちょっと待って!」
ガタンと立ち上がるカレンなのだが、ニーナが引き留めるようにグイっと袖を引っ張った。
「……あっち」
そっと指差す先は魔導闘技場の上段、管制室がある場所。外壁に囲われた場所なのだが、そこに視えるのは闘技場に映る以上の圧倒的な瘴気。
「何が起きているの?」
ニーナに言われたことで微精霊が反応を示しているのはそこが一番大きいのだと感じ取る。
「どうするのさ?」
「どうするって……――」
状況の理解が追い付かないままでのニーナの問いに僅かに逡巡するカレン。しかし迷っている暇はない。
「――……わたし達はあっちに向かうわ!」
真剣な眼差しを管制室の方角に顔を向けた。
「いいの?」
「ええ。だってあそこには彼がいるもの」
魔導闘技場。恥ずかしくて正面切って口には出せないものの、兄と同じぐらいに信頼している婚約者。その彼がいるのであれば任せられる。
であれば今優先して向かう先は別行動がいいはず。
「それもそっか」
「いくわよ」
「りょーかい」
カレンとニーナ、学生達が状況の変化に気付かずに歓声を上げて声援を送る中、魔導闘技場の内部、廊下へ向けて駆けてゆく。
◆
生み出された大量の水。その中に身を潜めるサナは我慢が強いられていた。
「私が倒れたら負けちゃう」
改めてどうして自分が最終戦のリーダーをしているのか、そう考える。
責任が重くのしかかっている。恐らく負けたとしてもヨハンは怒らないだろうがゴンザは確実に怒る。しかし問題はそれだけではない。時間が過ぎるごとに積み重なっていく妙な緊張感。原因もはっきりとわかっていた。
「……みんな真剣なんだものね」
勝つために真剣。もうこの最終戦しか残されていない。
ヨハンから託されたこと、ゴンザの後方支援なのだが実際には躊躇してしまっている。
「ゴンザくん、どうして?」
傍若無人だということは以前から知っていたのだが、思い出すのは二回戦のこと。あそこまでの無茶をするものなのかと。
「ううん」
しかしそうも言っていられない。これは試験。
「とにかく今は勝つことが先」
そうして戦況がどうなっているのか見定めるために僅かに顔を水面から覗かせた。
「ウインド!」
「え?」
聞き覚えのある声と共にいくつもの風の刃が迫って来る。
「あっ……――」
それがユーリによって放たれたものだと察すると同時に大きく跳躍して水面から飛び出した。
風の刃はサナがいた場所を切り裂き、シュウッと霧散していく。
「――……しまった」
偶然の遭遇などではない。サナの能力を知るユーリだからこその選択。ヨハンとモニカが戦っている隙、その戦局を見極めてサナを追っていた。
一つ向こうの浮島にいるユーリとテレーゼ。
「また水中に潜られると厄介だ」
「ああ。だから囲むぞ」
二手に分かれてサナを挟むユーリとテレーゼ。
「ユーリ?」
「すまないなサナ。ここは勝たせてもらう」
「私も負けるつもりはないよ?」
ユーリに向けてニコリと微笑むサナ。
自信がないわけではない。むしろ何故かここで勝たなければまた追い付かないところに行かれる気がしてならない。
(大丈夫。私にだってできる)
緊張が心臓を握り潰しそう。鼓動の音を鎮めるために大きく息を吸い込んだ。
「いくよユーリ」
大きく吐き出しながらテレーゼへの警戒をしつつユーリに向けて跳ねるようにして駆け出す。
◆
戦況を見極めていたエレナ達なのだが、互いに潰し合うのであれば願ったり叶ったり。
見通しも良いので状況の分析もでき、何よりリーダーが倒れたらそのチームは活動できなくなるのでポイントの計算も容易い。
「それにしても退屈だな」
「自分としては楽ができて良いのだけどな」
エレナからは待機の指示のみ。このままいけばそれほど労をせずとも優勝が舞い込んで来る。
(彼はいったいどうしてあれほどの力を?)
わからないのはゴンザの戦いぶり。およそこれまでのエレナが知るゴンザではなかった。
(あれは?)
思案に耽りながら、ふと周囲を見回すと観戦席から立ち上がる二人の女性。カレンとニーナの姿を見つける。
(あんなに慌てて、どこにいきますの?)
思い当たることは何もない。
しかし遠くに見えるその様子からして、試験の観戦よりも大事な何かがあるのだと。
(そういえば先程から変な感覚がありますわね)
胸の中のざわつき。どこか警鐘を鳴らしているかのよう。
「ぼーっとするなッ!」
「え?」
ガっとサイバルによって抱きかかえられた。
直後、エレナが居た場所へドンっと勢いよく落ちてくる衝撃。
「惜しかった」
真っ直ぐに見える圧倒的な気配を放っている少年。この試験に於いて誰よりも注目されていた存在。
「……ヨハンさん」
「珍しいね。エレナがあんな隙を見せるだなんて」
スッと地面に下ろされる中、目の前のヨハンは首を傾げながら問い掛けてくる。
「え、ええ。油断していましたわ」
確かに油断に他ならない。抱いた僅かな違和感、不快感とも思えるのだが、とにかくそのことによって生まれた集中力の欠如。
結果、ヨハンの接近に気付かなかった。
「ごめんね。とにかくここは勝たせてもらうよ」
「できるようでしたらどうぞ」
笑みを浮かべながら余裕があるのだと装う。他の誰かであればその言葉に嘘はないのだが目の前の相手だけは違った。
勝たせてもらう、その言葉は真実たり得るのだと。冗談で言っているわけではないのだと。
(もう後には引けませんわね)
ここまで接近された以上、応戦するしかない。
敗退しないためにはリーダーであるエレナが真っ先に退避すればいいのだが、そうするとサイバルとロイスを落とされてポイントを稼がれるだけ。その間に他の誰かを倒せればいいのだが、確実に乱戦になってしまい、そうなれば戦局次第では一気に逆転されてしまう。




