第四百四十 話 蠢く感情
「……今のテレーゼには荷が重いな」
正直なところ、キリュウから見る妹テレーゼ・ダゼルドは身内の贔屓目を抜きにしてもその実力は騎士団の一般騎士を大きく越えている。しかしながら先程目にしたヨハンとモニカの戦闘にはまだ遠く及ばないという見解を抱いていた。あそこまで明らかに抜きんでた実力者は極少数。王国中を探してもそうそう見つからない。
「まったく。これが冒険者を目指すというのも嘆かわしい」
最近の若者でこの戦いに見合うことができる騎士でキリュウが思い当たるのはたった二名。騎士団長や英雄を除いた後輩に限った話なのだが、スフィア・フロイアとアーサー・ランスレイのみ。それ程に稀有な存在。
いくら妹であるテレーゼが学内屈指の実力上位者とはいえ、そのスフィアやアーサーと比肩する程の化け物と比較されることを微かに不憫にも思える。
「だがここで一皮むけるかどうかが鍵となる」
キリュウも良く知るシェバンニの性格上、この展開は想像できていたはず。これだけ実力差が開いているのをシェバンニが知らないはずがない。そうなれば試験の目的は選抜とはいえいくらかは個々に焦点が異なる。
「……豊作年、か」
そもそも王女であるエレナ――エレナ・スカーレットの類い稀なる実力の高さは幼少期から既に知っていた。キリュウ自身も騎士団入団から一年経った頃、不意に行われることになった模擬戦、まだ幼いエレナとの模擬戦で危うく敗北しそうになったのだから。
それだけならまだいい。しかし当時はそれだけでは終わらなかった。かつて所属していた隊、騎士団内部の再編によって改めて組み直された、英雄オズガー・マクシミリオン率いる第五中隊。大隊長の職を後進であるアマルガスに譲った直後のその英雄によって受けた「情けない」の一言。結果、鍛錬という名のしごきを受けてしまう始末。
「ふぅ」
それがあるからこそアーサーに負けず劣らずの今の立場に就けることになったとはいえ、思わず溜息が漏れ出る程に思い出したくない苦い過去。
豊作年と言われているのもその王女がいたからだと思っていたのだが実際は違っているのだと。先頭に立つ人物は噂の竜殺し。まさかと思っていたのだがこうなると認めざるを得ない。
「さて、どうなるやら」
加えて最近になってエルフを受け入れたというのだから尚更驚く。まさか自身の生きている間にエルフと再び手を取り合うことになるとは思ってもみなかった。
当時学生だったキリュウも話には聞いているエルフの里襲撃事件。内々に色々と処理されていたのだが、騎士団に入ってから資料を見たところあまりにも凄惨な事件。
たった十七年。人間にすれば長い年月であっても長寿のエルフにとってはそうではない。一体どうしてこれほどまで早期に歩み寄れたのか不思議でならない。
「そのエルフが選ばれているのか」
そうして視線を向けた先にある一際大きな浮島の上では乱戦が繰り広げられていた。
「…………テメェらふざけんなよッ!」
「別にふざけていないわよ?」
怒りを露わにしているゴンザは大剣を振るうのだがそのどれもが空を切っている。ゴンザの周囲を高速で動き回っているのはナナシー。
ぐるっと身体を回しながらその姿を追いかけるのだが、突如としてドンっと激しく音を立てるのは背中に受ける衝撃。ゴンザの背に魔法が着弾した。
「て、めぇッ!」
肩越しに誰の手によるものかと確認すると、そこにはカニエスの姿。
「ざけんなっ!」
ナナシーを追いかけるのをやめ、すぐさまカニエスに向かって行く。
「マリン!」
「大丈夫よっ!」
ナナシーとカニエスとゴンザがいるその大きな浮島から僅かに離れた小さな浮島。そこにはレインとマリンの姿。そしてそれはマリンの固有魔法が届く限界距離。
ゴンザがカニエスに迫るのを確認するなり両の手をカニエスに向けて伸ばした。
「【与えるべき寵愛】」
「さすがはマリン様!」
固有魔法の能力、それは対象の身体能力、魔力特性を一時的に格段に底上げするというもの。しかし無条件で使用できるわけではない。一度使用すれば再び使用するのに時間差を要する。ここぞという場面でしか使えない魔法。加えて代償として使用者は数秒動けなくなるのだから。
「死にさらせッ!」
「いえいえ」
カニエスはゴンザが迫り大剣を振り下ろす中、これまで見せたことのない速さで躱した。
「よくやるわよカニエス」
「ああ。俺にはとても真似できないな」
マリンを良く知るカニエスだからこそ信じられた作戦。本来二回戦で使用するつもりだったのだがマリンがヨハンによって倒されたことで最終戦へと持ち越されている。
とはいうものの、いくら利害の一致があるとはいえ、経験したこともない魔法を使われることをシリカとオルランドには信じきれずにいた。結果、二人は遠くから拙いながらもゴンザを牽制するようにして魔法を射ている。
「あのくそアマっ!」
当初ゴンザは想定以上のカニエスの動きに驚き困惑していた。それがようやくマリンによるものだと理解するのと同時に先に倒すべきはマリンだと判断して大剣を大きく投擲している。しかし初撃は失敗に終わっていた。
意図したものではないとはいえ、与えるべき寵愛によって動けなくなっているマリンにとってその攻撃は絶体絶命で致命的。
「チッ。やっぱり先に殺らねぇと」
再び大剣を大きく放り投げるのだが、これもまた失敗。
「よっと」
レインはマリンを抱きかかえ、隣にある浮島目掛けて跳躍する。ザンッと浮島に刺さる大剣。
「くそレインがっ!」
信頼できる護衛。守りに徹したレイン。
(さすがに二回目はマズいしな)
二回戦、自身が参戦したことによるマリンの敗退とチームの敗退。最終戦はマリンを守ることのみに専念している。
だからこそマリンはそんなレインがいることで安心して【与えるべき寵愛】を使うことができていた。
「ダメじゃない。武器を手放しちゃ」
すぐさまレイン目掛けて追撃を仕掛けられないのはナナシーのせい。後ろを見せるとすぐに矢を射かけられるだけでなく、近距離戦にも持ち込まれる。
「黙れッ、くそエルフ!」
攻撃をいなしながら、大剣を取りに向かうのだがその間にいくつか被弾した。
「ぐっ!」
厄介なのはシリカとオルランドにしてもそう。そちらに向かおうとしても距離があり過ぎる。その間に狙い撃ちにされてしまう。
「うぜぇうぜぇうぜぇッ!」
どこまでもチョロチョロと動き回り逃げ回られることが億劫でしかない。ナナシー以外の攻撃の威力も微々たるもの。だからといって放置してナナシーに向かえば何度もこうして気を逸らされてばかり。
「これが連携というものよ? どう、わかった?」
「…………あ?」
ナナシーとしても内心腹立たしい気持ちもあったのだが、今は勝てればそれでいい。卑怯とも思わない。むしろ人間と結託して戦うことは嬉しくすらあった。
「あなたもいい加減ヨハンを頼ったら?」
「だまれッ!」
ゴオッと物凄い勢いでナナシーを睨みつけるゴンザ。これまでで一番の殺気。




