第四百三十九話 剣姫と竜殺し(仮)
モニカと対峙しているヨハンがチラリと見るゴンザはもう間もなくカニエス達に到達しようとしていた。
(大丈夫かな?)
二回戦の話を聞いたことでゴンザが一線を越えないかと一抹の不安を拭えないのだが、もうそのことについては任せてしまっている。
(さすがにこれだけいると無茶はしないと思うけど)
周囲を見渡す中には多くの学生達が観戦しているだけでなくカレンとニーナの姿も見えた。
一回戦や二回戦とは違いこの最終戦は大量の水があるとはいえ遮蔽物はない。これだけ大勢の目がある中では無茶もしにくいだろうという結論。
「どうかしたの?」
「いやべつに」
首を傾げているモニカの問い。
「そぅ。だったらそれは余裕ってわけね」
直後、グンッと浮島を踏み抜いて跳躍するモニカ。すぐさま目の前に姿を見せる。
「はぁっ!」
振り切られる剣戟に対して呼応するように剣を交えて応戦するといくつもの鋭い金属音を辺り一帯に響かせた。
「さ、さすが!」
「剣速だけは負けるわけにはいかないのよ」
それがモニカの自信を保っている最大限の自尊心。剣姫と呼ばれることはむず痒い以外のなにものでもない。父ヨシュアが聞けば喜ぶだろうが、母ヘレンが耳にすれば大声で笑うだろうということが容易に想像できる。
しかし、とはいうものの、認められていることは素直に嬉しかった。
(だめ、まだ足りない)
素人には剣筋さえ目で追えない程の剣技。だがその自信がある剣も目の前のヨハンには簡単にいなされている。
「ヨハンの方こそ剣聖仕込みの剣の腕よね」
「まぁ」
流麗さや華麗さがあれば良いというものではない。力強さそのものが違っていた。
「申し訳ないけど、モニカにはここで負けてもらうよ」
「そうね」
剣を振り下ろすモニカは剣を当てるなり空を舞い、そのままヨハンの後方に飛び降りる。
「やれるものならやってみて!」
モニカの足下でパリッと音を鳴らす小さな音。
「紫電」
帯電による体内への刺激を受けながらヨハン目掛けて突進した。
高速と化した閃光はそのまま横薙ぎに剣を一閃する。
「ぐっ!」
ドゴッと金属音を立てるのは、刹那の瞬間、間に差し込まれていた剣。
「ほんと凄いわね」
直撃させることは適わなかったのだが、それでも突進力によって向上した斬撃によりヨハンは後方へ大きく吹き飛んだ。
バシャバシャとヨハンの身体が水切り石のように水面を何度も跳ねる。そのままザブンと水中に沈んでいった。
「でもさすがに今のなら」
確かな感触。多少のダメージは負わせられたはず。
「つぅぅぅ、いててっ」
水中で先程のモニカの攻撃を思い返す。見上げる水面から薄っすらと見えるモニカの影。
(あれだけの威力、そう何度も使えないはず)
闘気と魔力を掛け合わせた技。モニカの才能の凄さに驚嘆するものの、その技は驚異的な威力を生み出せる反面、魔力の消費だけでなく疲労感や倦怠感が相当なものだということはヨハン自身も既に体感していた。
「大丈夫ヨハンくん?」
水中に身を隠していたところ、突然ヨハンが飛び込んで来たことにサナは慌てて泳いできている。
(大丈夫だよ)
指で輪を作り、問題ないという仕草をしてすぐさま遠くの浮島を指差した。それはサナに頼んでおいたこと。サナは顔を振りすぐさまヨハンの目を見る。
(おねがい)
小さく頷くと、サナも僅かに逡巡を抱きながらコクッと小さく頷き返す。そうしてヨハンが指差した先、ゴンザが向かって行った浮島へ泳いでいった。
(さて)
このまま素直に浮かび上がったところで格好の的。良い標的にされてしまう。であれば気を引く必要がある。
剣に僅かに闘気を流し込んで軽く振るい、光る斬撃をその場に留めた。
(つぎ……)
浮島を回るように泳ぎ、次々と剣を軽く振るう。合計四つの剣閃、飛燕を水中に留めた。
そもそも闘気を凝縮すること自体にかなりの練度を要するだけでなく、魔法維持と同じ要領でその場に剣閃を留めておくのも相当な難度。飛燕程度の小さな剣閃でしかそれはできない。加えて複雑な動きも生み出せないので直線的な動きのみ。しかし陽動としては十分。
「――……あれ?」
水中に沈んでいったきり全く浮かび上がってこないヨハンに対してモニカは疑問が浮かぶ。しかしそれでもヨハンはあの程度では倒せないだろうということは理解していた。
「どこから?」
そうなれば隙を窺っているはず。目線を周囲に走らせると、背後の水面が僅かに隆起するのが視界に入った。
「そこっ!」
すぐさま応戦する様に剣を振るおうとしたのだがハッとなりピタと止める。
「ちっ!」
それがヨハンではなく生み出された斬撃波なのだと理解した。
「これも剣閃」
性質が異なるがその剣の極意は知っている。ヨハンが扱えるということも。話には聞いていただけでなく一度見せてもらってもいる。ただしそれは二度目。一度目はアトムに基礎の斬撃である剣閃は見せてもらっていた。
『自分だけの剣閃、かぁ』
そうしてモニカが辿り着いたのが紫電。その利便性と多様性の先に生み出した技。自身の最大の長所である速さを一層に引き立てるものへと。
『(ほんとヨハンは凄いわね)』
闘気の扱いの最高峰、高みである剣術の極意であるにも関わらず、生み出せる剣閃の種類に違いを付けているのだから。そんなこと、普通はできない。
「だったら!」
目の前で水飛沫を上げながら真上に飛んだ剣閃は陽動なのだと理解する。そのままモニカは警戒を最大限に引き上げ、次に浮かび上がる場所にヨハンが姿を見せると剣を構えた。
「なっ!?」
しかし次に水面が隆起したのは三方向同時。そのどれかにヨハンがいるのだと、慌てて気配を探しながら目線を左右に動かす。
「え?」
だがモニカは思わず呆気に取られた。
前方と左右、その三か所から同時に飛び出したのはどれも小さな斬撃。剣閃である。一体どうしてこれだけの剣閃を水中で維持していたのかという疑問を抱くのだが、そもそもそれを成し遂げた技量にも大いに驚く。
「どこっ!?」
そんなことが頭の片隅を過るのだが、今はそれどころではない。飛び出したどの場所にもヨハンの姿はなかった。
「ここだよっ!」
「まさかっ!?」
不意に背後から聞こえる声。そこは最初に飛燕が飛び出した場所。
「僕の勝ちだね!」
「きゃあ!」
振り切られるヨハンの斬撃を躱すことができなかったモニカは後方に大きく吹き飛ばされる。
「――……凄まじいな」
魔導闘技場の最上段で見下ろしているのは王立騎士団第七中隊のキリュウ・ダゼルド中隊長。
これが本当に学生達の試験なのかと。まるで至高の剣を目指す者の戦いを見せられている風に映る。自分達が学生だった当時を思い返してもこれだけの戦いが繰り広げられたのだろうかという疑問を抱く中、抱いた疑問に対してすぐさま小さく左右に首を振った。
「違うな。剣姫であればこそか」
それだけの二つ名を得ていることに納得するのだが、同時に確認できたこともある。
「なるほど。そしてあれが噂の竜殺し、というわけか」
本当の意味での竜殺しの異名はスフィンクスのメンバーが既に得ているのだが、巨大飛竜を討伐したことで一部ではヨハンのことをそう呼ぶ者もいる。しかしキリュウは知らない。それが父の後を継いでいるということを。
「さて、我が最愛の妹はこの局面に対してどう対処する?」
キリュウが目線を走らせると、そこには既に交戦状態に入っていたゴンザとカニエス達チーム5。




