第四百三十八話 意外な繋がり
『――……じゃあ、お母さんS級だったんですね』
そうしてエリザに教えてもらった少しの母の話。黒い閃光という二つ名を得たそのソロの冒険者のことを。しかしエリザも一時期しか行動を共にしなかったこともあり、最近どうしているかなどの近況を聞かなかったのだが、ある時エレナからモニカの母のことを聞いたのだと。
『ごめんね、もっと早く教えてあげたらよかったわね。ヘレンも秘密にしてたみたいだから』
『いえ、お母さんが話したがらないから無理に知りたいとも思ってなかったですし』
母を強い強いとは思っていたのだがまるで想像以上。しかし母がああまでも話したがらなかったのでもう聞かないようにしていた。
『どうかしましたか?』
妙にニヤニヤとした笑みをエリザから向けられている。
『ううん。ヘレンも幸せだったんだなぁって』
『えっと……』
『モニカちゃんを見ていればわかるもの。こんなに素直に、真っ直ぐに育つってことは愛されて育ったのだなって』
『そんなこと……』
褒められることは嬉しいのだが、妙な恥ずかしさも込み上げて来た。
『で、でもそれならヨハンだってそうですよ』
『え? ヨハンが?』
『はい。ヨハンってあんなに強いのに、自信家でもないですし、いつも努力を怠らない姿を見せられていると私も負けられないなって。驕って手を抜いてくれたら私も追い付けるんでしょうけど、全くでした』
『……ふぅん』
『でもほんとそういうところ、素敵だなって思うんですよね』
早く帰って来ないかなと思いを馳せたことは一度や二度ではない。また一緒に出掛けたいと思うのだが、それ以上に強くなった自分を見て欲しい。
『ふふっ。ありがと。でもそれだとやっぱり困ったわねぇ』
『えっ?』
『自慢じゃないけど、あの子競争率高いみたいね。モニカちゃんは大丈夫なの?』
『……?』
『ほらっ、エレナちゃんの気持ちはもちろんだけど、どうやら貴族も囲い込みたいみたいなのよね』
エリザの言葉を聞いた途端、モニカはハッとなり顔を赤らめる。その言葉の意味をようやく理解した。
『あっ、やっ、そ、それは、その……――』
好意を寄せる人の母親を前にしてどう口にすればいいものか困惑する。既に情報の共有としてエレナからその辺りの話はいくらか聞いていた。
巨大飛竜を討伐したヨハンを王国の貴族連中がその驚異的な強さ欲しさに婚姻を持ち掛けようとしているのだと。しかし、カールス・カトレア侯爵がローファス王の命令を受けてその動きを抑制しているのだと。
『――……わ、私は、まだそんなつもりじゃ…………』
ローファス王のその命令を訝し気に思ったこともある。いくら親友の息子だからといってそこまで肩入れする必要があるのかという疑問。
もしかすればエレナの父であるローファス王がエレナの相手にヨハンを選ばせようとしているのではないかと。しかしエレナ自身はそういう気配は見られないと否定していたのだが、それでも商人の娘であることをいくらか不安に思う時もあった。
『まだってことはやっぱりそうなのね』
『あっ……』
『心配しないで』
『え?』
『先に言っておくわね。母親としての私としては、あの子が選んだ子なら誰だっていいと思ってるの。誰だって良いって言うと語弊があるけど、要はあの子自身の意思を尊重したいのよね』
『……そ、そうですか』
照れて視線を泳がせながら顔を赤らめているモニカを微笑ましそうに見るエリザ。
そう言うのは、エリザ――エリザ・カトレア侯爵令嬢自身がかつてそうあったから。身分や立場に囚われない一人としての感情を大事にしたい。想いの強さがあればそれは何よりも強い。
『ま、そんな先の話は今は置いておいて、とにかく早く会えるといいわね』
『…………はい』
もじもじとさせ俯き加減になりながらもモニカはエリザにニコッと微笑む。
「――……この機会、逃さないわ」
脳裏を過った会話。そうしてようやく迎えた現在地の確認。強くなった自覚と自負、現時点でどの程度の差があるのか。
最初は戸惑いを抱いた試験内容だったが、こうして対峙することでヨハンの横に並べているのかという確認をする絶好の機会。チームが最下位に転落した今、負けるわけにはいかないからこその緊張感。
「ふぅ」
微かに息を吐いてそのまま小さく呟く。
「覚悟してよねヨハン」
甘えなど抱かない。
剣先を真っ直ぐヨハンへ向けた。
「……うん」
その眼差しからはモニカの覚悟がはっきりと伝わって来る。
「おいおい、こりゃあ見物だぜ」
嬉々としているレイン。ここにきてまさかヨハンとモニカが対峙するのを目にするとは思ってもいなかった。
「……マズいわね」
「ん?」
唇に指先を持っていき思案に耽るマリン。
「どうした?」
「このままではエレナ達が優位に立ちすぎるわ」
開始直後にすぐさま動いた局面。その戦局。
どう考えても一位であるエレナ達チーム2を差し置いて下位同士がここで潰し合うのは一位を目指す上では得策ではない。互いに消耗するということはエレナ達の優勝の目を上げさせることに繋がる。
「……そらそうだよな」
「だったら私たちはエレナ達を狙いにいくの?」
「…………」
ナナシーのその提案も間違いではない。どの選択が今一番必要なのか。
「……いえ」
しかし悩んだ末にマリンはその提案を否定した。
エレナ達チーム2と自分達チーム5の違い。その決定的なものとして、マリン自身が戦えない以上総合力ではどうしても劣るという考え。
「カニエス達を救けに入りますわ」
現在カニエス達に迫っているのはゴンザただ一人。二回戦での話を真実だとしても今なら六対一に持ち込める。
「まぁアイツ相当に怒ってたものね」
「それもありますがこれ以上掻き回されるのはゴメンですわ」
本音を言えば真っ先にエレナ達を全員で落としにかかりたかったのだが、今はゴンザただ一人を落とすことを最優先にしなければならない。正直なところ、打算や計算がなくただただ感情のままに動き回るゴンザが厄介極まりない。
(まったく、仕方ありませんわね)
これまでであれば放置しておいても問題なかった存在なのだが、聞くところによるその奇妙な強さが真実であればまるで話が変わってしまう。今の状態を見過ごし、仮にエレナ達を残して複数のチームが疲弊すれば逆転の可能性が著しく下がる。
そうしてマリン達はゴンザの背を追うようにして浮島を飛び越えて行った。




