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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百三十五話 奔走

 

 もう間もなく最終戦の試験が開始される時刻を迎えようとしていた。

 観戦している学生達の事前予想に反してヨハン達チーム4は苦戦しているのだが、それでも挽回の兆しを見せている。対照的に初戦から手堅い立ち回りで流石だと感心されているのはエレナが率いるチーム2。

 最終戦では大きくポイントが動くと予想している者と、このままチーム2が逃げ切り優勝するだろう言っている者に分かれていた。

 しかしポイント差だけ見ればどのチームにも優勝の目がある。どういう結末を迎えるのか学生達は固唾を飲んで見守っているのだが、一部の教師たちは観戦席から姿を消していた。


「さて、それではこれより選抜試験の最終戦を始めます」


 魔導闘技場の中央で選抜された学生達が集められ、シェバンニが大きく声を掛ける。


「ようやく始まるのね。ヨハン、勝てるかしら?」


 観戦席から見下ろすカレン。エレナの立ち回りはカレンから見ても見事としか言いようがない。無駄を極力省いた勝つための戦略。


「ねぇカレンさん。何かあったのかな?」

「え?」


 ふと周囲を見回しながらニーナが抱く疑問。


「さぁ? どうして?」

「いやだって先生たちがそわそわしてるからさ」

「……確かにそうね」


 そういえばと思うのは、少し前にマックス・スカーレット公爵が教師に呼び出されてから戻って来ていない。


「カレン先生。少々よろしいでしょうか?」


 そこに姿を見せるのは、どこか困惑した表情をしているベテランの女性教師。


「え? はい」

「実は……――」


 そのまま僅かに屈むと、そっとカレンに耳打ちした。


「えっ!?」


 女性教師から伝えられたのは連絡通路で起きた殺人事件。まだ犯人が見つかっていないので学生達を混乱させないために極秘裏に動いているのだと。


「なにかお手伝いできることは?」

「既に騎士団には要請していますのであとは騎士団と衛兵で犯人は捜します。ですのでカレン先生はこのまま試験に付いておいてください」

「よろしいのですか?」

「はい。いくら学園の教師になられたとはいえ、さすがに皇女様を殺人事件に巻き込むわけにはいきません。一応報告として耳に入れさせてもらった次第です」

「……そうですか」

「では失礼します」


 それだけ伝えると女性教師は観戦席から姿を消していく。


「なんだったの?」

「…………」


 ニーナは無言でジッと見られることに首を傾げた。


(ニーナなら何かわかるかしら?)


 竜人族としての魔眼。捜査に手を出さなくてもいいと言われたものの、犯人が捕まっていないともなれば気にもなる。


「どしたのさ?」

「大きな声出さないでね」

「うん?」

「実はね。闘技場内で殺人事件が起きたらしいの」

「……へぇ」

「あら? 驚かないのね」

「まぁそういうこともあるのかなって」

「何言ってるのよ。普通はないわよ」


 思わず呆れて額を押さえるのだが、隣できょろきょろと辺りを見回したニーナを不思議に思う。


「……どうしてそう思うの?」

「よくわかんないけど、なんか嫌な感じがずっとしてたからねぇ」


 指で輪を作り、闘技場を覗き込むようにして見るニーナ。

 二回戦、黒煙と共に視ていた妙な気配。今はもう視えなくなっているのだが完全に気配がなくなったわけではない。


「もしかして、あの時に言っていたのって」

「うん。確証はないけどね」


 何か物的な証拠があるわけではない。あくまでも憶測と可能性。


「はぁ」


 大きく溜め息を吐くカレン。


「だったらそういうことはもっと早く教えなさいよ」

「調べようとしたら止めたのはカレンさんじゃない」

「それもそうだけど。いいわ、わかったわ。一応ニーナはそのまま見ておいて。それで何かあったら教えて。わたしはわたしで微精霊を飛ばしておくから」

「りょーかい」


 そうしてスッと目を瞑るカレンは周囲に漂う微精霊の気配を感じ取る。


(ごめんなさい。何かわかったら教えてちょうだい)


 心の中で送る声。まだ可視化されていないカレンの周囲に漂っていた微精霊たちはカレンの願いに応えるようにしてフワッと辺り一帯に飛んでいった。

 とはいえ意思を持たない微精霊。調べるといっても何かが明確にわかるわけではない。異変らしきものを感じ取ったらその感覚的な刺激をカレンに伝達するといった程度。その刺激の分類によってどの程度の危険度なのかと察するつもり。


 そうして周囲が動き始めている中、シェバンニは杖を上方にかざす。放たれる魔力に呼応して魔導闘技場は地響きを上げて三度その姿を変えようとしている。


「次がどうなるにせよ油断はしない」


 辺りを見回しながら話すテレーゼ。二回戦を終え、最終戦を前にして最下位に転落してしまったチーム1にはもう後がない。


「無茶はしなくていいわよ」


 モニカとしても気合が空回りされても困る。


「そうはいかないさ。剣姫に頼ってばかりというわけにもいかないからね。結果を残さないと姉にどやされるのさ」

「……結構厳しいのねそのお姉さん」

「無論、私の姉だからな」


 遠征に出ていた姉が予定よりも早く王都に帰還しており、最終戦が始まる少し前に姿を見せて声を掛けられていた。


『どうして姉さんが?』

『いや、帰還して休暇になったのだがテレーゼが試験に選抜されたと聞いて見に来たのさ』

『……それはどうも』


 そのまま肩をポンと叩かれどこかへ行っている。短いやり取りに過ぎなかったのだが、確実にどこかで見ているその姉、キリュウ・ダゼルド騎士団第七中隊隊長。


(私を気に掛けるとは姉にしては珍しいこともあるものだ)


 歳が離れているだけでなく、キリュウが騎士団に所属していることと自身が寮に入っていることもあって最近ではほとんど顔を合わしていない。

 しかし実際のところ、キリュウ・ダゼルドがこの場に姿を見せたのは帰還してすぐの報告の為。

 魔導闘技場で起きた殺人事件。非番に入ったのだが妹がいるということも合わせて聞いていたので気になって見に来ていた。


「うむ。あれがスフィアの言っていた剣姫か。なるほど、美しい。噂通りの実力者であるならば是非とも第七中隊(うち)に欲しいな」


 観戦席の最上段から見下ろし、テレーゼと話しているモニカの姿を赤髪の女性騎士、キリュウ・ダゼルドは笑みを浮かべて捉える。


「これ以上キリュウさんの隊を強くしてどうするのですか。もっとバランス良く分配してください。だいたいモニカは騎士団に入るとは言っていませんよ?」


 キリュウ・ダゼルドの背後に姿を見せる水色の髪の女性騎士、スフィア・フロイア騎士団第一中隊所属の小隊長。


「おや? 捜査はもう良いのか?」

「今私の隊を中心に規制線を敷いています。しかしどうにも目的がわからないのです」


 騎士団第一中隊所属の小隊が複数捜査に駆り出されている。

 今回の試験では王国の新しい技術の試運転。元々は古代の遺産であるのだが、その研究所の職員が殺されたということで外部の手の者による情報奪取、技術盗難かと思われていたのだがどうにもそうではないらしい。他に荒らされた場所や襲われた職員がいないというのだから。


「であれば偶発的な事故」

「それはありません。明らかに明確な殺意の下で斬られています。怨恨の可能性もありますが、そういった情報も入っていませんので短絡的な行いとも取れないこともないのです……」


 現場検証から推測される情報。


「ふむ。それは不可解だな」

「でもキリュウさんは休んでいて下さいね。帰って来たばかりなのですから」

「そうだな。ではよろしく頼む」

「了解しました」


 そうして敬礼したスフィアは廊下に続く道に入っていく。


「……まだ内部に犯人が潜んでいるとすればこのまま終わるまい」


 スフィアにああは言われたものの、キリュウ・ダゼルドは僅かに身体を震わせた。

 独特な感性。卓越した経験則とも言える研ぎ澄まされた感度。どこか不穏な空気が闘技場内に流れているのを感じ取っていた。



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