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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百三十四話 素直になれない心

 

「くそっ! あの野郎どうなってんだ?」


 チーム5の控室ではまだ痛みが残る身体をおしながらレインが悔しさを露わにしていた。


「落ち着きなさいレイン。まだ負けが決まったわけじゃないわ」

「けどどう考えてもおかしいだろ!?」


 試験の結果は次の最終戦で決まる。しかし納得がいかないのは、ゴンザの劇的な力の向上の理由がわからない。明らかに異常だった。


「……すまんナナシー。俺が余計なことをしなければ」


 ナナシーの言う通りに動かなければ良かったのだと。


「ううん。結果こそああなっちゃったけど、別に私は怒ってないわよ。むしろレインが怒ってくれたことはちょっと嬉しかったな」

「ナナシー……」

「アイツのしたことを私は許せないもの」

「……ああ」


 二人だけの会話。


「…………」


 その様子を、居合わせることの出来なかったマリンはジッと見ているしかない。

 先に敗退したマリンは控室に傷だらけで戻ってきたレインとナナシーを見て信じられないでいた。共にその強さは抜きんでたものだと知っていたのだが、敗退に追い込まれた相手がカニエス達だと聞いた時には大いに驚く。しかしそれ以上に驚いたのはその直前まで繰り広げられていたというゴンザとの戦いのこと。


(いったいなにが?)


 疑問を抱くのだが、同時に胸の中に抱く妙な痛み。レインとナナシーのやり取りを目の当たりにして不快感が込み上げてくる。


(大体どうしてレインがゴンザに負けるのよ)


 納得がいかない。確かに二人の順位は一つだけしか違わないのだが、四位のレインと五位のゴンザには大きな壁があると考えていた。話を聞いている内に込み上げてくる妙な苛立ち。それと同時に己の力不足の実感。


(わたくしになにができるというの?)


 試験開始前、予めわかっていたことだけれども、この期に及んで単体戦力を持ち合わせていないことが憎い。正直なところ、二人には伝えていなかったが組み合わせが決まった時点、レインとナナシーがいれば試験で上位の成績を、それどころか上手くいけば一位さえ狙えると思っていた。だが結果は現状三位。まだ最終戦が残されているとはいえ、エレナ達チーム1が二回戦でポイントの積み重ねをできていないとはいっても実質的な差は広がっている。


「とにかく、次はエルフがリーダーなのだから負ける事は許さないわよ?」

「……そうね」


 そうなると掛けられる言葉は限られていた。

 レインがナナシーを自身よりも強いと断言したことからして最終戦のリーダーにナナシーを据えていたのだが、妙に自信のない表情を見てマリンは疑問符を浮かべる。


「どうかしたのかしら?」

「ううん。やれるだけ頑張るけど、負けちゃったらごめんね」

「ふぅん。ようやく殊勝な態度が取れるようになったのね」


 口ではそう言うものの、今気弱な態度を取られるとそれはそれで落ち着かない。試験で好成績を残すためにはいつものように強気を見せて欲しかった。


「おいマリン。もうちょっと考えて言えよ」

「何がですの?」

「ナナシーだってきついんだぜ? その、色々あってよぉ」

「はんっ!」


 すぐにナナシーを気遣うレインの態度も気に食わない。


「んだよそれっ!?」


 あからさまに態度を悪くするマリンにレインも苛立つ。


「ナナシー、ナナシー、ナナシー、もう聞き飽きましたわ!」

「だいたい何をそんなに怒ってんだよ?」

「……え?」


 語気を強めて問われたのだが思わず返事に困った。自分自身でも怒りの理由がわからないのだから答えようがない。


「知りませんわっ!」

「ほんと自由なお嬢様だなお前は。我儘にも程があるぞ」

「なんですってっ!?」


 最近では自重してきたはずなのにそれでも尚悪態を吐かれることが心苦しくさせる。思わず目尻に涙を浮かべそうになるのだが、今泣き顔を見せるわけにはいかない。


(どうしてわたくしがこんな思いを…………)


 必死に堪えて俯いていると、不意に得る頭頂部のほんの少しの重み。


「そんな調子だと、困るんだよ」


 穏やかな語り掛け。何かと思い僅かに視線を上げると、正面には笑顔のレイン。頭の重みはレインの手の平。


「え? え? ええっ!?」


 さっきまで怒っていたのにどうして今ニッコリと微笑まれているのかわからず、困惑と羞恥のままに思わず視線を逸らしてしまった。


「そ、それってどういうことですの?」


 頬を赤らめながら問い掛ける。


「だってお前がいないと俺が困るんだよ」

「それって……?」

「さっきは守り切れなくてすまなかったな。約束したのにな。マリン、お前を護るって」

「い、いいですわ。相手はあのヨハンなのですから仕方ありませんもの」


 別に責める気もなかったのだが、不意に優しく語り掛けられることがどこか心地良い。


「そう言ってくれると助かるけど、やっぱお前がいねぇと、なんかこう作戦がいまいちしっくりこなくてな」

「わたくしでも役に立っていると?」

「あたりまえじゃねぇかよ。当然だって。俺の頭じゃこんな複雑な状況で上手く考えられねぇもん。だから次は切り替えてすげぇ作戦を考えてくれ。頼りにしてるからさ」

「……レイン」


 これだけ真っ直ぐに気持ちをぶつけられると気持ちが昂る。その期待を裏切らないように応えたい。そうすることで目の前の彼が喜んでくれるのなら。


「わかったわ。次の最終戦、勝ちますわよ!」


 勝気な表情でレインに笑いかけた。


「そうだよ。その調子だマリン。二人でナナシーのために頑張ろうぜ?」


 その言葉を聞いた途端、マリンは目を丸くさせる。


「は?」

「ん?」


 思わず間抜けな声を発した。


「どうしてわたくしがエルフの為に頑張らなければいけないの?」

「いやお前つい今さっきわかったって言ったじゃねぇかよ?」

「確かに言いましたが?」


 しかしそれはエルフのためではなく、レインのため。

 どうにも噛み合っていない感じがする。


「なんだ? だってお前ナナシーのことで怒ってたんだろ? ポイントを稼げずに俺達が負けたから。しかもゴンザに」

「…………」


 確かにそれはその通りなのだが、それとこれとはまた別の話。傷だらけの二人を見た時、特にレインを見て、負けて来たことによる怒りよりも心配の方が大きく上回っている。ポイントどうこうは二の次だった。


「だからさ、ナナシーが次は勝てるようにしっかり作戦を考えてくれ。ナナシーはこんなもんじゃねぇんだぞってしっかり認めさせないとな」


 ガシッと左肩に乗せられる手の平。力強さ。頼ってもらえることで仲間なのだと認めてもらっているそれは確かに嬉しいのだが、無意識の内にマリンは右手の平をレインの顔目掛けて振り切っている。


「ぶほっ!」


 痛烈な破裂音が控室内に響き渡った。


「ってぇ! なにしやがんだ!」

「いえ、最終戦に向けて気合を入れてあげただけですわ。それがなにか?」


 ニコリと浮かべられる冷笑を見てレインは背筋を寒くさせる。


「い、いや、なんでも……が、頑張ろうぜ」

「ええ」


 既視感を覚えるエレナに通ずるその笑み。


(何をやっているのかしらこの二人は?)


 傍目で見ていたナナシーにはその掛け合いが全く理解出来なかった。


(まぁでも確かに負けられないわ。次は。ありがとう。おかげで気合入った)


 しかしどこか気持ちを落ち着けられる。次の最終戦に向けて気持ちの整理をすることができた。



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