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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百三十三話 変動

 

 控室に着くまでの間、シェバンニへ魔族がこの試験会場である魔道闘技場に姿を見せたことを報告しておいた。


「先程の話、こちらでも調べておきます」

「はい」

「しかし、あなたは今は試験に集中しておいてください」

「いいんですか?」

「ええ。試験を中断するにしても、詳細が掴めないようであれば理由になりませんもの」

「……わかりました」


 そうしてヨハンは控室に入っていく。その後ろ姿を見送りながらシェバンニは思案に耽った。


(まだ魔族には魔王の器が誰なのかは掴めていないようですね)


 それだけはせめてもの救い。そのために動いている人物たちがいるのだから。


(ガルドフ。残された時間はそうないようですよ)


 現在シェバンニは校長代理。本来の校長であるガルドフはアトムたちと共に大賢者パバールの下に赴いている。

 そのままシェバンニは控室の前を後にした。


「ヨハンくん!」


 控室に入るなりがしっとサナに抱き着かれる。


「どうしたのサナ?」


 突然の抱擁に思わず困惑した。しかし困惑しているのはサナにしても同じ。その瞳は潤んでいる。

 一体どうしたのかと疑問に思っていると、サナは服の裾をつまんでヨハンの身を屈ませそっと耳打ちしてきた。


「あのね、ゴンザくんが怖かったの」

「ゴンザが?」


 そのままゴンザを見ると、明らかに怒気を孕めながらヨハンを睨み付けている。しかしその様子は割といつものこと。


「けっ!」


 とはいえ、確かに言われてみれば床に唾を吐くゴンザの態度はいつも以上に悪い。


「何をもたもたしてやがったんだテメェはよぉ?」

「ごめん。待たせたみたいだね」

「こっちは待ちくたびれてんだ!」


 そのままピッとゴンザが投げ出す一枚の羊皮紙。二回戦も含めた結果が記された紙。


 チーム1:0点

 チーム2:9点

 チーム3:1点

 チーム4:3点

 チーム5:2点


 となっていた。


「……そっか」


 この結果から受け取れるのは、ゴンザが誰も倒せず戻って来ているということ。サナがテレーゼを、ヨハンがマリンを倒した分の得点しか加算されていない。


「あのクソ野郎ども。次に会ったら覚えてやがれッ!」


 カニエス達チーム3を追いかけていたゴンザなのだが、もう少しというところで制限時間を迎えて教師たちによって制止されている。


「お前のクソアマもだッ!」

「え?」


 他のチームの得点推移を見ていると、突然怒りの矛先がヨハンにも向けられた。クソアマと言われてもどうにもピンとこない。


「ゴンザくん、カレン先生に止められたみたいなの」


 怒りが抑えきれずに止めに入った教師たちを振りほどいたのだが、そこに居合わせたカレンによって展開された魔法障壁。壊そうにも壊せなかったことが余計に腹立たしかったのだと。カレンが教師であるにも関わらず、ヨハンの婚約者だということは学生間で広く知れ渡っていた。


「そうなんだ」

「あとね――」


 サナが続けて伝えようとしたこと、ゴンザとナナシーたちとの戦い。蛮行を越えた凶行とも思える行為。試験のその最中、自身へ危害を加えようとしたことを話そうとしたのだがゴンザが立ち上がったことでサナは身体をビクッとさせる。


「サナ?」


 その様子を疑問に思ったのだが、どすどすと歩いてくるゴンザはヨハンの胸倉を掴んだ。


「糞野郎。次はそこの乳でかがリーダーだろ? どうすんだ?」

「次の試験場所がどうなるかにもよるけど、これで僕たちは現状二位になったんだからサナを守りながらエレナ達を倒すのが一番だね。あと、放してもらってもいい?」


 それが試験で一位になる一番の近道。


「チッ! 全員倒せばいいに決まってるだろ」


 ヨハンの服を放すと同時にギロリと睨みつけられる。


「それができたら苦労しないよ」

「はんっ。何言ってやがるテメェ。もう少しであのエルフのクソアマを倒せたんだぜ?」

「エルフのくそアマって……」


 該当するのは一人しかいない。


「それってナナシーのこと?」

「あ? 他に誰がいるよ?」

「だよね」


 余裕の笑みを浮かべるゴンザ。目の前のゴンザの自信から見るに嘘とも思えない。


「でも……」


 しかしヨハンが知るナナシーの実力の高さと一回戦でゴンザと対峙していた戦況を振り返ってみても、とても今のゴンザに勝てるとは思わない。


(どういうことだろう?)


 内心で抱く疑問をどうにも不思議に思っていた。


「どこいくのゴンザくん?」

「便所だよ」

「……あっそぅ」


 バタンと控室を出ていくゴンザの後ろ姿をサナと二人見送る。


「二回戦の前にも行ってたよね? 緊張してるのかな?」

「……そういう柄じゃないと思うけど。あっそうそう、ちょっと聞いてもらっていい?」

「え? うん。どうしたの」


 いつも以上の落ち着きのなさを見せていたゴンザのことをサナはヨハンに話して聞かせた。



「――……チッ。 くそ、どうなってやがる」


 一人魔導闘技場の長い廊下を歩いているゴンザ。イラつきが収まらない。


「あのままあそこにいたらアイツをぶっ殺しちまうぜ」


 明確な殺意。ヨハンの顔を見るだけで吐き気を催す。目の前からいなくなって欲しい。


「きみ、こっちは立ち入り禁止だよ?」

「あん?」


 用を足しに控室を出たわけではないので気の向くままに歩いていたらいつのまにか見知らぬ場所に来ていた。

 ゴンザに声を掛けて来たのは魔導闘技場を管理している魔道具研究所の職員。その先には闘技場のシステムを統括管理している管制室。


「うぜぇ」

「がはっ!」


 大剣を横薙ぎに払うと目の前の男は吐血しながら前のめりに倒れて絶命する。


「チッ。こんなもんなんの憂さ晴らしにもならねぇ」


 この衝動を抑える為に振るった剣なのだが、苛立ちが静まるどころか真逆。床に倒れている男を見ているとどこからかふつふつと沸き上がって来る感情。これまでにも盗賊などを斬ったことはあるのだが、その時以上に得る昂り。

 胸元に押し込んだガルアー二・マゼンダから渡された黒い玉が仄かに光を灯している。


「ふむ。どうやら順調のようだな」

「あ?」


 不意に聞こえる声に反応して振り返ると、そこにローブ姿の老爺がいた。


「テメェ。見られた以上……」


 グッと大剣を振るおうとしたのだが、思い留まりスッと剣を下げる。


「いや、なにもんだてめぇ?」


 人が殺されているにも関わらず動揺もせず冷静に話し掛けて来られていることがどうにも奇妙に思えた。


「王の器ではなかったがこれもまた一興。それはそれで楽しめようというものよ」


 ジッと目を細めて値踏みする様にゴンザを見る。


「なにいってんだてめぇ」

「いやなに、少し手を貸してやろうと思ってな。そのままではせっかく転生したところでどうにもならんしの」

「あん?」

「ではまた後でな」


 スッと影に姿を消す老爺、魔族ガルアー二・マゼンダ。確認したいことは終えていた。


「ちっ。なんだあのヤロウ」


 しかしどうにも他の学生達に抱くような不快感がない。むしろ親近感すら覚えた。



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