第四百三十二話 ガルアー二・マゼンダの目的
「……その名、誰から聞いた?」
訝し気にヨハンをジッと見るガルアーニ・マゼンダ。
「…………」
カレンから聞いた名であるのだが、カレンはサリー……シトラスの娘であるサリナスの記憶に触れたことでその名を知ることが出来ていた。
(どこまで知ってる?)
名前の出どころを探るような様子。ガルアーニ・マゼンダのその様子をジッと見定める。
「シトラスの関係者だ」
ヨハンの返答を受けたガルアーニ・マゼンダは僅かに目を細めた。
「なるほど。奴の娘か。シトラスを倒したのはやはり貴様たちのようだな。だがそれならば良い」
「どういうことだ?」
「わからなければ知る必要はない」
仲間を倒されたことを意にも介していない。
互いに探り合い。どこまで踏み込んで問い詰めればいいのか。どちらにせよ話の主導権を握る必要がある。
「ここで何をしていた?」
魔族が踏み込んできているのにも何か理由があるはず。
「貴様には関係ない」
「……魔王の復活が関係しているのか?」
ヨハンが持つ手札。情報を切り崩して問いかけるとガルアーニ・マゼンダは再びピクリと眉を動かした。
「どこでそれを?」
数瞬の間をあけてガルアーニ・マゼンダは問いかける。
「シトラスからだ」
「嘘だな。奴には確かにそれを伝えてあったが、奴はそれよりも娘を蘇らせることに執心していた」
ガルアーニ・マゼンダが言うように、シトラスの手記である日記に魔王の復活が少しは書かれていたのだが情報元ではない。
「何を隠しておる?」
「そっちこそ」
このままでは平行線。目的が何であったのかどうにも聞き出せそうにない。しかし、先程の反応からして魔王に関する何らかの動きがあるのだということは推測できた。
(もしかしたらエレナを?)
魔王の呪いを受けている王家の血族。仮にエレナが目的であればどう答えれば良いものなのか。
(いや……――)
つい先ほどエレナと対峙している。その時の様子ではエレナへの干渉は見受けられない。あれから経過した時間と今居る場所を加味してもその兆候も見られない。
それならばもう少し踏み込んでみても問題はないかもしれないと考える。
「――……魔王の復活が近いらしいな」
エレナの存在を隠しつつ、核心であるその言葉を投げかけた。
「…………ふむ」
ヨハンの言葉を受けたガルアーニ・マゼンダは僅かに思案した後にゆっくりと口を開く。
「どういうわけか、貴様は魔族の事情をいくらか知っておるようだな。ここで隠したところで仕方なかろう。確かに貴様の言うように、魔王様の復活はもう間もなくだ」
「それはいつだ?」
「わからぬ。だが器はもう満たされようとしている」
「器?」
「魔王様の器となる者のことだ。心当たりは?」
「…………ない」
しかし内心は違った。実際は心当たりがあった。
(もしかして、エレナが魔王の器?)
ここまで得ている情報では遥か昔に王家が魔王の呪いを受けたということらしいのだが、どうにもその呪いが成就されようとしているのだと。そこから推測されるに、その可能性が否定できない。
「その言葉が偽りであろうとなかろうとどちらでもかまわぬがな」
「つまり、魔王は人間の身体を使って復活するということなんだな?」
そうなると少しでも情報が欲しい。
「左様。もし心当たりがあるようならば気にかけておくことだ。しかし何もできないだろうがな」
「お前は知ってるのか?」
「それを教えてやる義理はない」
シトラスの例にしてもそうだが、カレンが得た情報によると人間は魔族に転生するらしい。いくらか条件があるらしいのだが、基本的には人間が持つ負の感情を根源にしているのだと。
ただしわからないのは魔王の呪いが成就されるというその条件。一体何を条件としているのだろうか。どうにかして聞き出したいのだがこのままでは埒が明かない。
「だったら、話してもらうしかないね」
剣を抜き取り、ガルアーニ・マゼンダへ真っ直ぐに向ける。拘束して聞き出すしかない。
「今は貴様の相手をするつもりはなかったのだが、見逃してもらえないのであれば仕方ないな」
ザッと地面を踏みにじりながらガルアーニ・マゼンダは真っ直ぐにヨハンを射抜いた。
「ふっ!」
一直線、最速でガルアーニ・マゼンダ目掛けて突進する。
「ぬぅ」
余裕をもって見ていたのだが、想定以上の速さにガルアーニ・マゼンダは目を見開いた。
そのまま横薙ぎの一閃を後方に飛び退き躱す。
「フンッ!」
飛び退きながら、ヨハンに向けて手をかざすガルアーニ・マゼンダ。ポゥと黒い光を灯すと、すぐさまヨハン目掛けて飛来した。
放たれた黒弾を、剣の横腹で反射して逸らす。弾かれた黒弾は近くの木の幹に当たると穴を穿った。
「光の矢」
即座に弓引く体勢を取るヨハンの手の中に生まれる輝く弓。穿つ矢が真っ直ぐに放たれ、バシュッとガルアーニ・マゼンダの肩を射抜く。
「……ぐぅ」
矢で射られたガルアーニ・マゼンダは肩を押さえながらギロッとヨハンを睨み付けた。
「なるほど。強い。これならばシトラスが倒されたのにも納得がいくというものよ」
「だったら大人しく捕まるのか?」
「まさか」
そのまま不敵な笑みを浮かべるガルアーニ・マゼンダは上方に手をかざす。
「黒天」
すぐさま手の平が黒い光を伴った輝きを放ち、いくつもの黒弾が雨のようにしてヨハンへ向けて降り注いだ。
「ちっ!」
あまりにも黒弾の数が多い。対抗するため剣へ闘気を流し込み細かく振るう。
「飛燕」
黒弾と飛燕、大きな破裂音を伴った。
「ふむ。これもダメか。ともすればこちらも本気を出さねばなるまいか」
直後、ガルアーニ・マゼンダの身体を黒い瘴気が包んでいく。
「怨叉」
瘴気が形作るのは髑髏。声と言ったらいいものなのか、歪な、呻くような音を上げていた。
「なんだアレは?」
それはこれまで見たことのない魔法。
ヨハンへ向けて飛んでくるその髑髏を形作っている黒い瘴気に向けて剣を振るうのだがまるで手応えがない。
「無駄だ」
「なっ!?」
ガルアーニ・マゼンダが生み出したのは魔法ではなく呪術。通常の攻撃魔法への対応は無力。
「ぐぅうう」
髑髏の瘴気に包まれたヨハンは身体の内側から込み上げてくるなんともいえない不快感。まるでこの世の全てが憎いと思えた。
(こ、このままではダメだっ)
身体の中に張り巡らせる光魔法。恐らくという程度だが、解毒にも用いられる浄化の光が唯一の対抗手段と即座に判断する。
その見解通り、徐々に身体中に感じていた負担は和らいでいった。
「はぁっ、はぁっ!」
息を荒くさせ、すぐさま次の攻撃に備えるためにガルアーニ・マゼンダを見るのだが唖然とする。
「くそっ!」
辺りを見回し、どこにもガルアーニ・マゼンダの姿はなかった。
「逃げられたか。でもどうして?」
あのまま戦っていればどうなっていたのか。優勢だったのはガルアーニ・マゼンダの方。
「ヨハン?」
そこで不意に声を掛けられ、振り返った先にいたのはシェバンニ。
「先生?」
「もう制限時間を過ぎています。みんな待っていますよ?」
「あっ……」
チラと火時計を見ると、全ての火が消失している。二回戦の制限時間を終えたのだとそこで理解する。ガルアーニ・マゼンダがこの場を退いた理由も同時に察した。シェバンニが来たことを感知したのだと。
「すいません」
「何かありましたか?」
「……えっと…………――」
どう答えたらいいものか頭を悩ませる。しかし報告しないわけにはいかない。僅かの思案の後に口を開いた。
「――……先生。少しだけいいですか?」
「? ええ」
ヨハンの表情の深刻さを受けたシェバンニは疑問符を浮かべながらも耳を傾ける。
そうして控室に戻るまでの間、起きた出来事をシェバンニに説明した。




