第四百三十 話 ルールの縛りと放棄
「どう、いうこと?」
疑問を抱きながらも目に見える状況の理解はできる。同じチームのゴンザが他チームのレインとナナシーを相手にして戦っているのだということは。しかしわからないのはそういうことではない。
目の前でパチパチと燃える森。森に火を点けたのはゴンザなのだろうという推測もできるのだが、一番理解できないのは今のこの戦況。
見て取れる今の状況は、地面に伏しているレインと僅かに焦燥感を見せているナナシー。対するのはいくつもの切り傷を負いながらも圧倒しているかのような余裕を見せているゴンザ。
「なに邪魔してくれてんだテメェ?」
苛立ちを隠そうともせずサナを射抜くようにしてゴンザに見られることに若干怖気づきそうになるのだが、踵に力を込めてはっきりと見つめ返す。
「そ、それ以上したらレインくんが死んじゃうよ」
「あ?」
どう考えてもサナが知るレインとナナシーは自身を上回る強者。ゴンザにしてももちろんそうであるのだが、その二人を相手取ってゴンザが圧倒できるとはとても思えない。疑問を払拭できないまま、次に浮かべたゴンザの笑みが異様とも言えるこの状況の中で一番気味が悪かった。そのままゆっくりと口を開く。
「死んだら事故だ、んなもん」
背筋を寒くさせる何か。
(……ゴンザくん)
無礼千万を地でいくゴンザなのだが、ニタっと浮かべる笑みは明らかに一線を越えていた。
確かに不慮の事故で死亡する事例はいくつもあるが、学内の授業に於いて対人戦ではなるべく人を殺さないようにも教えられている。そのため、授業の一環での過剰な暴力には罰則が設けられているのでもちろんなのだが、冒険者としての活動にしても捕虜にした方が何かと事情を聞き出しやすいという理由が添えられている。
(レインくん……ナナシー……――)
それだというのにゴンザの先程の笑みはそれとは真逆。まるで殺しをなんとも思わないその悪辣さ。それほどまでにゴンザを怒らせる何かをしたのか疑問に思うのだが、サナが知るレインとナナシーはそのような人間性ではない。
「だいたいてめぇはどっちの味方なんだよ?」
「え?」
小さく呻き声を上げて倒れ伏しているレインの眼前に剣先を向ける。
「俺とコイツラ、今この状況で俺を攻撃してる余裕があるのかっつってんだ」
「そ、それは……――」
返答に迷いが生じていた。しかし既に頭の中で答えはわかっている。ただ、今は試験中。
「――……今は、ゴンザくん、の、味方だよ?」
それでも口籠りながらも少しだけ言葉を口にして笑みを向けた。
「へぇ。わかってんだったらいいんだよ。だったらさっきのは見逃してやるぜ。だが次はもう邪魔すんなよ?」
そのまま剣を大きく振り上げる。
「死ねやレインッ!」
一切の迷いを見せることなく、怒声を放ちながら一直線に剣を振り下ろした。
「ぶべらっ!」
しかし剣を振り下ろしきることなくゴンザは大量の水と共に横に吹き飛ばされる。轟々と燃える木々のいくらかもその水によってジュッと音を立てて炭を見せていた。
「テメェっ!?」
吹き飛ばされた先で勢いよく起き上がったゴンザはどすどすとサナに向かって詰め寄る。
「ぶっ殺すぞ!?」
その距離はもう目と鼻の先。しかしここで顔を逸らすわけにはいかない。
「ゴンザくん」
「あ?」
「私はね、ゴンザくんの言ってることは間違ってると思うの」
「あん? コイツラは敵だぞ?」
「でも……」
ゴンザの目を見つめ返しながらはっきりと口を開いた。
「やっぱり人殺しは良くないよ。同じ仲間なんだし」
「は?」
「今は普段とは違うチームで、こうして試験をしているけど、いつ誰がどこで仲間になるのかなんてわからないじゃない」
「何言ってんだてめぇ?」
サナは動向を見守っているナナシーに向けてチラッと視線を向ける。
「ナナシーだってそうだよ。ゴンザくんは知らないけど、私も前にナナシーとサイバルくんと戦ったことがあるの。それはもうボコボコにされたけどね」
思い出すだけでもそれなりに苦い思い出。圧倒的な敗北感。
「んなもんテメェ程度の実力じゃ当り前だろうがよ。だいたいそれがどうしたってんだ」
「でもね、今日まで私とユーリはナナシー達と一緒に過ごしてきたの。たぶん、それなりに仲良くはなれたと思う」
「だからそれがどうした?」
サナの言葉の意味がゴンザには理解できない。
「確かに彼女は時々わけもわからないことを言うけど、それでも基本的には人間と共存したいだけなの。ううん、もっと簡単な話ね。ただ単純に仲良くなりたいだけなの。エルフ全員がそういうわけじゃないみたいだけどね」
「あん?」
パーティーを組んだ当初は上手くやれるかどうか自信はなかった。わだかまりがないかと聞かれれば返答にはいくらか困りはするものの、しかし今はそのナナシーとサイバルに対する理解もある程度はできている。
「だから、ダメなの」
「何がダメなんだってんだ!?」
いくらか言葉にはされるのだがゴンザにはサナが言いたいことが全く理解できていない。そもそも、ナナシーにもまだ戦える力は残されているのだが、サナが言いたいのは戦闘に関することや試験に関してのことなどではない。
「レインくんはヨハンくんの大事な友達なの」
「は?」
「私にしたってそうなんだけど、でもやっぱりレインくんの一番の友達はヨハンくんだから。例え試験だからってヨハンくんの友達が殺されるのを黙ってなんて見ていられないよ」
止めに入った最大の理由を口にして、サナは物憂げな笑みをゴンザに向けた。
「…………」
思わず呆気に取られるゴンザは、告げられた言葉の意味をすぐに理解出来ずに頭の中でゆっくりと咀嚼する。
「…………わかったよ」
そのまま数秒を要してその言葉の意味を理解したゴンザは小さく口を開いた。
「ごめんね、ゴンザくん」
「いいってことよ。だったら……――」
小さく口角を上げるゴンザ。
「え?」
「――……だったらてめぇもぶっ殺してやらぁ!」
「あっ……」
目の前には大剣を大きく横薙ぎに振るっているゴンザの姿が視界に入る。
まるで予期していなかった展開に対して、困惑するサナは思わず足が竦んでしまっていた。
「サナっ!」
刹那の瞬間、大剣がサナに到達する前にサナの身体をいくつもの蔓がまとわりつく。そのまま後方へ素早く引っ張られると、サナが元居た場所を豪快な風切り音を上げながら大剣が通過した。
「ナナシー!?」
ドサッとナナシーの横、地面に倒れるなり蔓はすぐにほどけていく。その蔓がナナシーによるものだとサナは即座に理解した。
「避けなさい! 死にたいのっ!?」
「ご、ごめんなさい」
間一髪の危機を助けてもらったのだが、ナナシーはサナに顔を向けることなく真剣な眼差しでゴンザの方を見ている。
「テメェら、揃いも揃ってマジでどういうつもりだ?」
「それはこっちのセリフよ。あなたこそどういうつもりなの? サナは味方なのでしょ?」
間違いなくサナを殺すつもりで振るわれていた大剣。助けに入らなければ下手をすれば即死。少なくとも確実に致命傷は負っていた。
「わけのわかんねぇことだべってやがるから黙らせてやろうとな。邪魔なんだよ。どうせそいつがいなくなったところでリーダーはあの糞野郎だからな」
「……そう」
あの糞野郎。ゴンザのチームでここにいないのはヨハンだけ。
つまり、チーム4の二回戦のリーダーがヨハンなのだと。そうなると三回戦のリーダーはサナになるのだということが確定したのだが、今はもうそんなことどうでもいい。
「やっぱりあなたはここで倒しておかなければいけないみたいね。それも完膚なきまでに」
先のことなど考えられない。でないとこのままでは誰かが死ぬ。
「いいぜ。だが、先にアイツを始末してからだな」
親指をレインに向けるゴンザ。
「それもダメよ」
「あ?」
「二回戦の私達のリーダーはレインなのだから、彼が倒れたら私抜けなければいけないもの」
「…………チッ。めんどくせぇルールだな」
小さく舌打ちするゴンザは溜め息を吐きながらレインから目を逸らした。
「ゴメン、サナ」
「なに?」
チラッと見るだけに留めるナナシーは小さく口を開く。
「……私じゃ勝てないかも」
それ程に今のゴンザは驚異的。一体何が起きてそんなことになったのかまるで理解できないのだが、悠長なことは言っていられない。
「私が戦っている間にレインを連れて行って」
「でも……」
そうであればレインは少なくとも殺されずにすむ。
「いいから」
ニコリと微笑まれたことでナナシーの覚悟を受け取った。




