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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
学年末試験 二学年編
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第四百二十九話 狂気

 

 燃える森の中で何度も交差する二つの影。


「おいおい、マジでどうなってやがんだ?」


 レインが呆気に取られるのは、ナナシーがすぐにゴンザを倒すと思っていたのだがまるで倒しきれない。それどころか息を切らせ始めているのはナナシーの方。


「クックック。テメェ、やっぱりその程度じゃねぇかよ?」

「……はぁ、はぁ。言って、くれるわね」


 一回戦とはまるで別人。確かにその時の印象が残っていたのは否定しないが、そんなレベルでの話ではない。


「お、俺も!」


 加勢しようと踏み込もうとしたのだが、ドンっと目の前の地面が爆ぜる。


「レイン。てめぇはあとでじっくりと料理してやるから大人しく順番を待ってやがれ」


 片手をかざして魔法を放っていた。


「大丈夫よレイン」


 軽く目が合うナナシーは笑みを浮かべている。

 現在のリーダーはレインが務めている。下手に参戦してレインが倒されでもすればその時点で終了してしまう。


(けどよぉ……)


 このまま後手に回っていてもいいものかと。

 主たる作戦勘案者であるマリンが敗退したことによって今は二人だけ。果たしてどう動くのが正解なのか。

 考えがまとまらないまま、ナナシーは真っ直ぐにゴンザを射抜く。


「どうやったのか知らないけど、どうやらあなたは力を身に付けたみたいね」

「あん?」


 ナナシーの言葉の意味を全く理解できないゴンザは一瞬だけキョトンと目を丸くさせるのだが、すぐに口角を上げた。


「おいおい。言い訳かよ。みっともねぇな。テメェらエルフなんぞ時代錯誤な種族がいつまでも人間様よりも強いとか勘違いするなよな?」

「そういう減らず口をいつまで叩けるのか見物ね」

「ごちゃごちゃくっちゃべってねぇでいいからかかってきな、だっけか?」


 そのままくいッと指を一本、招き寄せるようにして動かす。


「……ふぅ。仕方ないわね」


 小さく息を吐いて、ナナシーはブツブツと詠唱を始める。


「清き深緑が持ち得し生命の源よ。我に力を貸したまえ」


 いくつもの燃える木々の中、熱風に揺らされる未だ燃え移っていない木の枝がバサバサと激しさを増して葉を地面に落としていった。

 木の揺れが激しくなったことに気付かないゴンザなのだが、ナナシーがスッと手の平をゴンザに向けた途端、小さな魔方陣がゴンザを取り囲むようにいくつも現れる。ゴンザはすぐさま眼球を動かして魔方陣に目を送った。


「落葉刃」


 ナナシーが小さく呟いた直後、中空を舞う木の葉がポッと小さく光を灯すと同時にゴンザの身体に描かれる魔方陣に向かってまるで鋭利な刃物かのように、鋭い刃となっていくつも襲い掛かる。それはさながら的を目掛けたナイフの投擲かのよう。


「ぬおっ!?」


 突然襲い掛かる木の葉に驚きを隠しきれないゴンザは身体にいくつも切り傷を負っていった。


「チッ!」


 ブンッと大きく大剣を振るい、木の葉を切り払うのだが、如何せん数が多い。全てを切り払うことができないどころか的もまた小さい。ブシュブシュと切り傷から血が滲み出ていく。


「このやろう。手の込んだことしやがって!」

「降参するなら今の内よ? でも今さら謝っても許さないけどね」

「ハッ! 誰が降参するだって?」


 剣で切り払うことを諦めたゴンザは対象をナナシー一人に絞った。木の葉で傷を負うにせよ、一枚一枚の威力はたかが知れている。


「こんなもん、テメェを倒せば済む話じゃねぇかよ」


 術者を倒せばいいと考え、ドンっとゴンザは一直線にナナシーに向かって踏み込んでいった。


「懲りないわね」


 確かに踏み込みの速度は劇的に向上しているのは間違いない。しかし回避に専念すれば十分に躱しきれる。


「はっ!」


 軽く跳躍して、ゴンザを飛び越えるようにして反対側に移った。


「え?」


 しかしゴンザは躱されたことを意にも介さず、そのまま大剣を大きく振るいナナシーの背後にあった樹を両断する。


「上手く躱したじゃねぇかよ」

「…………」


 疑問を抱きながら先程の攻撃の意図を読み解こうとするのだが、それよりも早くゴンザが次にする動きで確信を得た。


「やっぱ動くやつはめんどくせぇな」


 斬り倒した木の横にあった樹木に向けて背を向けながらも大剣を片腕で軽々と振るう。

 ザンッと音を立てる木は真横に斬られると、バササッと地面に向けて大きく倒れた。


「こいつみてぇにジッとしてろ。殺してやるからよぉ」


 ニヤニヤとしているのは、ゴンザにはナナシーの怒りが手に取るようにわかる。

 ギンッと睨みつけられるその双眸にははっきりとした敵意が向けられていた。


「あなた、調子に乗り過ぎよ」

「だったら止めてみな」


 樹をこいつと言った辺りからしてもそう。ナナシーが、エルフが生命を脈々と感じさせるその木々達を愛おしんでいることを知っている。だからこそゴンザはわざと木を切り倒していた。

 そしてもう一つ。斬り倒したことで明らかに落葉刃によって襲い掛かられる木の葉の勢いが緩んでいる。


(これ以上は……)


 落葉刃は長時間行使できる魔法ではない。無数の刃の分だけまだ生きている葉を使わなければならない。これ以上斬り倒されれば木々が大きく負担を強いられる。


 チラリとレインを視界に捉えるのだが、すぐさま否定する様に小さく首を振った。四の五の言っていられない状況かもしれないのだが、これはあくまでも試験の一環。エルフとしての私情、種族としての事情や感情を混同させるべきではない。

 必死に自制を効かせて、リーダーであるレインがこの場をやり過ごすことも同時に進めなければいけないと考えた。


「こないようなら全部切ってやるぜ! その方がスッキリするだろ?」


 再び木に向けて剣を構えるゴンザ。これ以上好き勝手させるわけにはいかない。

 奥歯を噛みながらゴンザに向けて踏み込んでいく。


「おいおい。余裕がないんじゃねぇのか? まるでこっちが人質を取ってるみたいじゃねぇかよ」


 ニヤニヤとしながらナナシーの拳圧を躱しながら大剣を横薙ぎに振るった。


「あぐっ!」


 凄まじい衝撃を腹部に受けたナナシーは勢いよく吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと地面を転がりながらもバッと両手を地面に着けて勢いよく起き上がった。


(こいつ……あんなの普通死んでるわよ)


 闘気を扱えない者であれば間違いなく真っ二つに両断され即死している程の一撃。

 およそ学生らしくない、それどころかナナシーが知る人間らしくない行動。確かに自身を相手にするのに遠慮はいらないのだが、その加減のなさにどこか狂気染みたモノを得る。


「――……あっ!」


 次の瞬間、思わず小さく漏れ出る声。ゴンザの背後から両手に持つ短剣を振るっているのはレイン。


「てめぇは後回しだって言っただろうが!」


 レインの気配を察知したゴンザは屈んで短剣を躱すなり後方に蹴りを放った。


「ごっ!」


 呻き声を上げるレインは後ろに吹き飛ばされる。


「んの野郎ッ」


 クルっと半回転するレインは木の幹を大きく蹴り抜いて再びゴンザ目掛けて迫った。


「うぜぇ!」


 レイン目掛けて大剣を振るおうとするのだが、地面から素早く伸びる蔓がゴンザの身体にまとわりつき、それは大剣を振り上げている腕にも絡みつく。


「ナイスアシストっ!」


 ゴンザに向けて手をかざしているナナシーの援護。


(こいつ相手に遠慮はいらねぇっ!)


 闘気を扱えない者に対して闘気を用いた攻撃をすることは禁じられていた。身体強化を施さなければその一撃によって生命を危ぶめることになるのだからだと。

 しかし、くすんだ色はしているものの、間違いなくゴンザは闘気を使っている。今まで見たこともない色をしていたのだが、もう断定していた。


 迷うことなくゴンザに向けて両の手の短剣を瞬時に振るうのだが、ブチブチと鳴らす音と共にレインが直後に得る肩への強烈な鈍痛。


「がはっ!」


 大剣を受けて地面に叩きつけられる。


「レインっ!」


 ナナシーが声を上げるのは、間違いなくゴンザを拘束していた蔓なのだが、蔓は引き千切られた上でレインへ向けて反撃を加えていた。


「死ねやっ!」

「ぐぅ」

「レインッ!」


 意識を朦朧とさせているレインに向けて再び振り下ろそうとしている大剣。次の一撃を喰らえば意識を刈り取るどころか命すら危うい。

 グッと地面を踏み抜いて加勢に向かおうとするナナシーなのだが、視界の端を横切る大きな青い塊。それが水の塊なのだとすぐに理解したナナシーは思わず目で追ってしまう。


「ぶはっ」


 顔面に巨大な水撃を受けたゴンザは僅かに後退りした。


「誰だッ!?」


 ポタポタと滴を垂らしながら、突然の攻撃に怒りを露わにしたゴンザは水撃が放たれた方角を見やる。


「…………ゴンザくん。それ以上はだめよ」

「あ?」


 ゴンザとナナシーの視線の先に映ったのは、戸惑いと困惑を抱いているサナの姿があった。



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